三章:The color of dawn...27





 五エ門は先ほど注文を済ませたばかりだというので、私もすぐに定食をオーダーした。何を食べようかじっくり選んでいる余裕がなくって、内容もよく見ずに本日のおすすめをチョイス。ウエイターが去ってから、私はまじまじと五エ門を見つめてしまった。それにしても、まだ実感が湧かない。こんなところで五エ門に会うなんて。

「びっくりした。五エ門、どうしてここに?」

 私は驚きを隠さず、言った。五エ門の仕事のパートナーたちは   アメリカに行ったと聞いたのに。

「この国を去る前に、この店で一度食事をしたくてな。殿が教えてくれた店なのだろう?」

 そうか、そうだった。和食が食べたいという五エ門の話を   ルパンから聞いて、いくつかお店を紹介したのだった。わざわざ来てくれたなんて、うれしい。

「気に入ってもらえるといいなあ。でも、……昨日の件、ニュースで見たよ。大丈夫?こんな街中にいて」
「ああ。拙者はシドニーここでは表立って行動していないからな」

 声を落として訊ねる私に、五エ門は堂々と頷く。でも、その着物姿、相当目立つと思うけどなあ。

「じゃあ、これから、五エ門もアメリカに行くの?」
「いや。拙者はしばらく別行動を取る。日本に戻って修行をしようかと思ってな」
「修行、か……」

 “五エ門は”しばらく別行動ということは、ルパンたちのアメリカ行きは間違いないのだろう。

「修行って、どんなことをするの?やっぱり剣術?」
「それもあるが、精神面の鍛錬も欠かせないな」
「精神面…」

 滝に打たれたり、お寺で瞑想したり、そういう光景が目に浮かんだ。

「私も鍛えたいなあ」

 ぽつりと漏らすと、五エ門は目を細めた。少しの間沈黙が続く。五エ門は、ためらいがちに口を開いた。

「先日は   邪魔立てしてしまったようで、すまなかった」

 “先日”というのがいつのことを指すのかすぐに把握できなくて、眉根を寄せる。五エ門と会ったのは   そう、あの日のことか。ヴィクトリア号の後、……。

「ううん。邪魔だなんて、そんな」

 そんな関係じゃないもの。そう言おうとして、言葉に詰まってしまった。あの日のできごとが、さっと頭を駆け巡る。甘酸っぱい想い出。でも、今となっては、もう蓋をしてしまいたいような気がする。

「いや。殿が帰ってしまった後、ルパンに怒られた」
「えっ?」

伏せた目を上げると、五エ門が苦笑していた。

「デートの邪魔をするな、と」

 ぐっ、と喉からこみ上げるものを感じる。なにが   “デート”よ。ルパンってば、ほんっとうに調子がいい。五エ門に邪魔をされただなんて思ってないくせに。不二子さんと楽しそうに電話をしていたくせに。

「また……ルパンにとっては、女性と食事することが全部“デート”なんでしょう」
「うむ、そうかもしれないな」

 ほうら、やっぱり。五エ門も認めているんだ。

「それに、聡明な殿がルパンなどと恋仲になるはずがないか」
「うん、そう、もちろん」

 ははは、と笑う顔が引きつってしまう。残念ながら、私は“聡明”じゃなかったな……。
    ふと。五エ門に、聞いてみたいことが浮かんできた。でも、聞きたくないような、聞いてしまったらますます愚かになりそうな、そんな質問。けれど、一度浮かんできてしまったら、聞きたい欲求に勝つことはできなかった。

「ねえ、五エ門……。ルパン……私のことを、何か言っていた?」

 さりげなく訊ねてみせて、そうしてしまってから、深く後悔した。やっぱり言わなければ良かった。もうルパンのことなんて、気にかけなければいいのに。この期に及んで、まだ何かを期待してしまっている。五エ門は何度か瞬きをした。

殿のことを?ルパンが?」

 聞かなかったことにしてと言おうか迷ったけれど。のちのち、聞いておけば良かったと後悔するような気がして、私は思い切って口を開いた。五エ門の返答によっては、きっぱり諦めがつくかもしれない。

「そう……たとえば……もう会わないとか、なんとか」

 尻すぼみになってしまう。五エ門は眉を寄せ、宙に視線を走らせて考え込んだ。その時間がとても長く感じた。「もしや」、と五エ門が口を開ける。どきりと胸が鳴った。

「ルパンと喧嘩でもしたのか」

 喧嘩。五エ門の発想がなかなか可愛らしい。でも、微笑ましく感じたのは一瞬だった。喧嘩   喧嘩だったら良かったのかもしれない。私の独りよがりだもの、……。

「うん、まあ、そう……ちょっとね」
「そうだったか。だが、ルパンのやつは、殿のことは何も言っていなかった」
「そうなんだ」

 考えたら、それはそうだ。「とは会わないことに決めた」なんて、ルパンが五エ門に言うはずがないもの。

「気にすることはない。殿とルパンの喧嘩なら、確実にルパンが悪いに決まっている。そのうちひょっこり謝罪に来るだろう。それくらいの節度はある男だ」

 強い口調で言う五エ門。論点はずれているのに、五エ門の言葉は不思議と胸を温かくした。五エ門の気遣いが嬉しかった。

「ありがとう、五エ門」

 口元を緩めて微笑むと、五エ門も目元をほころばせた。



 それから、五エ門と私はいろいろな話をした。日本にある美味しい和食のお店について。私が通っている大学について。研究内容について。シドニーの街について。途中で料理が運ばれてきたけれど、適度に盛り上がって、ひとりで食べるときよりも料理が美味しく感じられた。
 ここ数日で、一番穏やかな時間だったかもしれない。
 五エ門との別れは寂しかったけれど、去り際に「ではまた」と言ってくれたことが、とてもうれしかった。

 

 ルパンを忘れよう、そうすべきと決心するたびに、細い糸がまだ切れずに私を揺り動かす。もう期待はすべきじゃない。でも、無理に関係を断ってしまうのは惜しい。五エ門も、次元も。次元にも、もう一度会いたい。命を救ってくれたことのお礼を、きちんともう一度言いたい。
 また会いたいと期待はしない。でも、もう会えないと決めつけないで、日々を過ごしていくのはいいのかなあ、なんて思うようになっていた。

 

 五エ門と別れてから数日後。学会でイタリアに行っていたブライトン教授が戻ってきた。
本当は、ルパンから受け取った石板を手に入れてから、すぐに先生のところに行ったのだけど、先生は出張に出たばかりだった。先生が戻ってきたと知って、すぐに研究室に飛び込んだ。前置きはせず、まず石板を見てもらうことにした。

「これは……」

 先生は、口を大きく開けて石板をぼんやりと眺めた後、震える手でそれを調べはじめた。先生は、「まさか」「信じられない」という言葉を何度も何度も発していた。じっくりと石板を調べ終えた後、大きなため息とともに言った。

「間違いない。これは、壺と腕輪に書かれた文字と同じだ。石板自体に損傷はあるが、文字は読める。とても状態がいい」
「やっぱり」

 私も手元の資料と見比べてそう考えていたけれど、先生の確証がほしかった。

「しかし……こんなものを、どうして君が手に入れられたんだ?いったいどこで?」

 先生は興奮のあまり、強い口調で言った。

「私の知り合いが、ニューヨークに旅行したときに見つけたんだそうです。路地裏の古美術商から買ったのだとか」

 私は用意していた答えを述べる。

「まさか、そんなことが……ニューヨークに?これまで何十年と探してきたというのに、……いや。見つかったのだからそんなことはいい。ともかく、その人物に会ってみたいな。詳しい話が聞きたい」

 私は顔が引きつってしまいそうになるのをこらえる。

「あ、いえ、旅行好きで年中海外を飛び回っているので、今どこにいるのか……。私が考古学を専攻しているのを知っていて、私が興味を持ちそうだと思って、持ってきてくれたんです。でも、私から連絡するのは難しくて……携帯電話を持たない人だから……」

 まさか、ルパン三世だとは言えないけれど、内容はおおむね本当のこと。

「そうか……残念だな……しかし、これはものすごい発見だ。君の友人に感謝しなくては。これで文字の解読が進むだろう。そうなれば、本格的に調査が進むかもしれない」
「本当ですか!?」
「ああ。、アレクサンドロスは君の研究テーマだったが、これはチームを作って取り組んだほうがいい」
「もちろんです!私もチームに入れてくださいますか?」
「ああ。君を中心にチームを作ろう。みんなに相談して、この研究室自体をチームにするか……あとは資金繰りと、専門家にも声をかけて……ああ、忙しくなるな」

 先生は顔を輝かせている。私もじりじりとうれしさが広がっていった。アレキサンダーの財宝。明かされていない歴史。その世紀の大発見に、立ち会えるかもしれない。

「これほど状態のいい文字ははじめてだ。早速解読に取り掛かろう。いやあ、すごいぞ、これは。ありがとう、。そして君の友人も。いや、もともとこれは君の研究テーマだったか。しかし、私もうれしいかぎりだよ」

 先生は私の手を取り、強く握った。

「今度こそ、アレクサンドロスの歴史を解き明かすんだ」

 先生の熱い思いが伝わってくる。これまで幾度となく挫折や辛酸を味わってきたのだろう。
 でも、今度こそは。先生と、仲間と。素晴らしい経験ができることを、幸せに思った。

 

(16.9.18)