四章:Blues in March...34





 突然の出来事に、何も反応ができなかった。深夜に押し入って来た男たち。数は   七人。男はみな背広を着ていたけれど、誰もかれも人相が良いとは言えなかった。彫りの深い顔立ちに、ナイフのように鋭く尖った目つき。先ほどのものものしい音といい、穏やかな状況ではなかった。

「なんだあ?」

 ルパンが緊迫した雰囲気に似合わない声を上げる。そんなルパンににやりと笑いかけ、ひとりの男が前に出て、エミリオさんに顔を向けた。

「よォ、ジイさん。あんたやっぱり隠してたな」

 この男の腕や手先にはきらびやかな指輪や時計がはめてある。年齢は二十代とか三十代とか、若いような顔つきだけれど、一番態度が大きく、この集団のリーダーのようだった。

   なんだ、お前らは」

 エミリオさんは怯んだ様子を一切見せず、男を睨みつける。

「覚えてねえってか。前にも一度、あんたの家にお邪魔しただろ?病気で頭もやられちまったか?」

 彼が笑うと、背後の男たちも声を立てて下品な笑いを浮かべた。嫌な感じだった。

「人の家に突然押し入って来て、なにか急ぎの用事でも?」

 ルパンがいつもの調子で間に入る。男はルパンを見て不敵に笑い、言った。

「ああ、あるね。大事な用事が」

 何なのだろう、こいつら。ルパンの知り合い、というわけでもなさそう。エミリオさんと面識があるようだけれども。

「なあ、ジイさん。ちょうど客人もいることだしな。教えてくれねぇか?お宝の在りかを、よ」

 お宝。男と同じようにエミリオさんに視線を向けると、エミリオさんの顔には表情がなかった。静かな目で男を見つめている。

「いったい、なんのことだ?」

 その目と同じように、エミリオさんは粛然として答えた。男は笑う。

「俺のオヤジがな、風の噂で聞いたんだと。ナポリの島のどっかに、あの“ルパン一世”が遺したお宝が隠されてる、ってな」

 ルパン一世の宝が。本当にそんなものがあるのだろうか。少なくとも私は、ルパンからもエミリオさんからも、それらしい話は何も聞いていなかった。ルパンの顔を伺いたくなるのをこらえ、男に視線を留める。

「俺のオヤジは、手あたり次第ナポリ界隈の島という島を探して回った。だが、結局見つからずに死んじまった。その志を俺が継いだわけさ。一生懸命に探したが、どうしても見つからない。そんなとき、カプリの街外れに住むジイさんの噂を聞きつけた。なんでも、ツレが死んでもずっと独りで島に居ついていて、コソコソとどこかに出歩いているという。怪しいと思ってジイさんを訪ねてみても、知らん、の一点張り。だが、せっかく見つけた手がかりらしい手がかりだ。ジイさんの様子をちょくちょく見に来てたんだがな」

 男は演説をするように、仰々しく語った。

「そのうちにジイさんが病気になり、くだばっちまう前に真相を話して頂こうかと思っていたところだ。だが、死にぞこないが簡単に口を割ってくれるわけがない。さてどうしたもんかと考えていたところに、運が俺に傾きはじめたのよ   このコテージに出入りする女が現れた」

 男はにやあっと笑って、私を見た。背筋にぞぞっと寒気が走る。

「女を人質にジジイを脅しても良かったがな、頑ななジジイのことだ、首を縦に振らない可能性もある。そこで策をめぐらせた俺は、この部屋に盗聴器を仕掛けた。死に際のジジイが女に何か話すかもしれないと考えたわけだ。が、ジジイは何も話さねぇ」

 後を尾けられていたことも、盗聴器を仕掛けられていたことも、記憶を思い返しても心当たりがなかった。気をつけておけば良かった、と後悔する余地もない。

「そんなとき、お前が現れたのさ   ルパン三世」

 男は、今度はルパンに顔を向ける。ルパンは表情を崩すことなく、男の視線に応えた。
 聞かれていた。全部。こいつは、ルパンの正体をしっていたんだ。私は、ぎり、と奥歯を噛みしめる。

「まさか天下のルパン三世サマが現れるたぁ、驚きだった。だが、俺サマは抜群についてる。やっぱりジジイ、あんたはルパン家に繋がってやがったわけだ。ジジイが口を割らなきゃあ、本人に聞きゃあいいな。おい、ルパン一世のお宝はどこだ?」

 ルパンは肩をすくめる。

「先に名乗るのが筋ってもんじゃないの?」

 ルパンの言葉に、男はふふっと鼻で笑った。

「そうだったな、それは失敬。俺はここらナポリ界隈を牛耳ってるマルカーノのドンだ」
「マルカーノ?聞いたことねぇなあ」

 ルパンのひと言に、男   マルカーノはぴくりと眉を上げた。
 マルカーノ。ドン。ナポリのマフィア、なのか。

「ま、残念ながらお前ほど有名じゃないんでね、ルパン三世。とにかく、お宝の場所を吐いてもらおうか」
「なんのことだかさーっぱり。俺はじいさまからなぁんにも聞いてないね」

 ルパンは両肩を上げて言う。男は鼻で一笑した。

「しらばっくれるのはよせよ。ルパン三世サマは女に弱いって聞いたぜ?その女と、ジジイと、どうなってもいいのかな?」

 マルカーノの背後の男たちは、一斉に拳銃を取り出し、ルパンやエミリオさんや私に向けた。黒々と光る銃。息が詰まった。殺される。また、この恐怖だ。こんな思いをするのは、いったい何度目だろう。
 ルパンの表情は変わらない。相変わらず余裕のある様子だったけれど、ルパンのまとう空気がすっと冷え込んだように感じた。

「んー……じいさまが盗んだお宝はぜぇんぶ売っ払っちまった、って聞いてるぜ。あいにくだが、噂はデマなんでないの?」

 銃を向けられているというのにびくとも動じないルパン。こういう場に慣れている余裕なのだろうか。驚いたことに、エミリオさんも動じた気配がなかった。ただ静かに展開を見守っている。

「そうか、そうか。ジジイか女か、殺さなきゃわからないようだな」

 マルカーノはエミリオさんと私を交互に見、ルパンに視線を戻す。じっと視線を交わし合っていたふたりだったけれど、マルカーノが背後の男に静かに命じた。

「女を、殺れ」

 男の銃口がまっすぐに私に向けられる。
 ころされる。身体が凍りついたように動かなかった。エミリオさんが息を呑む気配がした。
 考えを巡らせる暇もなく、男は引き金を引いた。「やめろ!」というルパンの叫び声と、けたたましい銃声が聞こえたのは、同時だった。
 撃たれる   とっさに身を引いて、目を閉じた。右肩に鋭い痛みが走った   けれど、それだけだった。目を開けると、血相を変えたルパンと、にやにやと笑うマルカーノの姿が目に入る。痛みのある右肩に目を向けると、服が破れ、血が滲んでいた。厚い上着を着ていたので、それほど深い傷ではなさそうだったけれど、服が少しずつ赤く染まっていった。しだいに、じんじんと痛み出す。
 ルパンがこちらに歩み寄ろうとするけれど、「動くんじゃねェ!」というマルカーノの声に、ぴたりと止まった。背後の仲間がルパンと私に銃を向けている。

「大人しく話してくれないと、次は女の腕を吹き飛ばすぜ?」
「てめえ、……」

 ルパンはマルカーノを睨みつける。

「もしくは、くたばり損ないのジジイを楽にしてやろうか?」

 ルパンは男を睨み据えたまま、しばらくじっと押し黙っていた。けれど、やがて目を閉じ、観念したというようにふうっと大きく息を吐いた。

   わかった。話してやる。その代わり、ふたりには手ぇ出すなよ」
「いかん!」

 事のゆくえを見守っていたエミリオさんが、声を張り上げた。

「それだけは、絶対に、だめだ!」

 エミリオさんが厳しい表情でルパンを見る。

「おうおう、冷たいねぇ、ジイさん。っていうことは、なんだ?この女はどうなってもいいっていうことか」

 マルカーノがからかうように言うと、エミリオさんはぐっと詰まる。
 エミリオさんの必死の様子を見ていると、よほど人に渡したくない“お宝”なのだと思う。ルパン一世の遺品か何かなのか。それとも、ルパン一世から他人に渡してはならないと、頼まれているのか。
 私のせいで、それがこいつらの手に渡ってしまう。歯がゆかった。こいつらの存在に気づけていたら。ルパンが来るかもしれない、なんて話さなければ良かった。そもそも、ここに来なければ良かった。ううん   でも、そうだったら、エミリオさんが、……。
 今までのことは、自分を責めようにも責めきれなかった。いっそそうできたら良かった。どうにもできなかった、というのが、一番もどかしい。
 私のことなんて気にしないで、なんて言いたかったけれど、恐怖で喉が張りついて、言葉が出てこなかった。死にたくない。でも、私のせいで、ルパン家の大切な宝が奪われてしまうのも、つらい。

   このお嬢さんは何も知らないんだ。解放してやってくれ」

 エミリオさんが絞り出すように言う。

「そうはいかないなぁ。大事な人質だ。何としてでも、ルパン一世の宝が欲しいんだよ。あのルパン家の宝を奪ったとなりゃあ、マルカーノファミリーは一躍大スターだからな」

 マルカーノは喉の奥で笑う。エミリオさんが、ぎゅっと拳を握りしめた。

「きさまらなどに、あれを渡して   

 そう言いかけて、エミリオさんはごほっと嫌な音を立てて咳き込む。口元を押さえた手から血が吹き出した。

 

(16.12.15)