八章:Alexander the Great...64
私は、“ルパン”といった不二子さんの顔をまじまじと見つめてしまった。不二子さん、何言っているんだろう。ここには私たちのほかには、離れた場所にカーラの男たちがいるだけなのに。
けれども、不二子さんは確信めいた表情で、牢の外を見ている。
しんと流れる沈黙。
その中で私の心臓は、ルパンという言葉にかき乱されていてうるさい。
たっぷりとした間の後、鉄格子の向こうから「はあ」というため息が聞こえた。
「せーっかく立てた俺サマの計画が」
力ないその声は、紛れもなくルパンのものだった。全身がぞくりと脈打つ。
まさか、ほんとうに
私たちからは死角になっている牢屋の外で、ルパンの声だけが耳に響いた。
不二子さんが何かを返答する間もなく、聞き慣れない男の声が喚いた。驚いているようだった。カーラの言葉だと思う。そうかと思うと、「ちょーっと失礼」というルパンの声とともに、どさり、と何かが倒れる音がする。
いったい、何が起こっているんだろう。誰もが
カーラの男がまとっている外套を頭から羽織り、深々と顔を隠している。彼は手にしていた針金で鉄格子にかかる錠を開けた。一瞬のことだった。彼は驚く私たちを尻目に、牢の中に入って来る。
その身のこなしは、私の目に焼きついていたもので。彼が外套を脱ぎ捨てる以前から、その人物がルパンだとわかった。
私は目を見開いて、ルパンを眺める。さらに驚いたことに、ルパンの後ろからは次元が入ってきた。ぐったりした一人の男を引きずっている。カーラの男、だと思う。次元は、その男を牢の端に置くと手を離した。
先生もジュディさんも私も、その光景にただただ呆気にとられていた。
「不二子ちゃんったら、いつから俺たちに気づいてたわけ?」
ルパンが訊ねると、不二子さんはふふ、と笑った。
「私がここの家に来たときから、よ」
「あーら、そ。うまく紛れ込んだと思ってたんだけっどなー」
「そんなこと言って。本当は私に気づいてほしかったくせに」
「そりゃあびっくりしたさ。次元と俺とでお宝の入り口を探してたら、不二子ちゃんが捕まってるんだもん」
混乱する頭で、私は必死に二人の会話についていこうとする。
つまり。ルパンと次元は、アレキサンダーの遺産を探すためにこの族長の家に潜伏していた、ということだろうか。そこで、私たちを護送するカーラの男たちと入れ替わっていた、ということ?
「あーあ、俺たちの計画を台無しにしてくれちゃって」
ルパンは不二子さんに向けて、おどけて言った。でも私には、自分に向けて言われたような気がして、驚きが急速にしぼんでゆくのを感じた。
ルパンは私がここにいることを、どう思っているんだろう。あんなふうに警告をしてくれた後のことなのに。
「私が声をかけなかったらいつ助けてくれるつもりだったの、ルパン?」
「もちろん様子を見てちゃあんとお助けしましたよ」
「様子を見て、ね」
不二子さんが肩をすくめる。
「それで、ルパンの言う計画ってどういうものだったの?」
「なーいしょ」
「私に隠れてアレキサンダーのお宝を独り占めしようと思ってたのかしら?」
「まっさか、そんなぁ」
「
次元がぽつりと言う。不二子さんがじいっとルパンを睨みつけるように見つめ、ルパンは頬をかいた。
「いんや、俺の中では立派にあったの」
「へえ?それじゃあ聞かせてちょうだいよ、その立派な計画を。どうやってお宝を探し出そうとしてたの?」
「んー、あー、それはだな、……これから調べっとこ」
「なによ、結局そういうことね。そういえば五エ門は一緒じゃないの?」
「ん。連中がな、外国人の男どもと現地のおっさんを崖の上で撃ち落とそうとしてたもんで、五エ門に助けを頼んだのよ」
ジュディさんも同じことを思ったのか、はっと顔を上げて、ルパンに訊いた。
「その男たちというのは、体格のいい白人三人?」
「そうそう。あと、人の良さそうなエジプト人」
「そう……。彼らは、私の知り合いよ。助けてくれたのね」
ジュディさんは深く深く息をつく。ジュディさんの護衛をしていた男の人たちと、ガイドさん。私が逃げたせいで殺されてしまったのかと思っていたけれど、五エ門が助けてくれたんだ。
良かった
私も音を立てずに、大きく息を吐いた。身体中を覆っていた底の見えない暗闇が、少し薄れた気がする。
「ルパン三世。こうして会うのは二度目ね。一度目はピンクダイヤを盗まれた身ではあるけど、今回は心からお礼を言うわ」
「どういたしまして」
深々と頭を下げるジュディさんに、ルパンはにっこりと笑う。
「お礼なら後で礼金をはずんでちょうだい、ジュディ」
「不二子。あなた、ルパンと繋がっていたのね」
「あらいやだ、言ってなかった?」
悪戯っぽく微笑む不二子さんに、ジュディさんは「もういいわ」と肩を落とした。怒っているようすはなさそうだった。護衛の人たちの無事がわかって、安堵しているのかもしれない。本当は優しい人なのだろうな、と思う。
「それで、お宝の話に戻しましょ。どうやてこの地下迷路を探していくか、よね」
「そりゃあもう、俺様の長年の勘と経験で」
「その冴えた勘では当たりはついているの?」
不二子さんに詰め寄られ、ルパンは苦笑する。
「それじゃあやっぱり、学者さんたちに協力してもらいましょ」
さらりと言う不二子さんに、奇妙な間が流れる。ルパンが顔を曇らせた。
「いや、協力ってったって」
「やつらが使っている文字を辿ったほうが、手当たりしだいに探すよりは効率がいいんじゃない?」
不二子さんが私を見る。私は思わず「えっ」と声を上げてしまった。
「いやいや、何があるかわかんないんだぞ、学者さんたちなんか連れて行けっか。カーラの連中ももう手段は選ばねぇだろうし」
「そうかしら。ここにいても危険だと思うけど?どうやって彼らを助けるつもり?まさか見捨てるわけがないわよねぇ、ルパン」
「ここに来る前に、ICPOに予告状を出した。とっつぁんは今パリにいるってぇから、ここに来るまでは半日くらいだろ。それまで待ってりゃあ助けは来る。俺たちが連中を引きつけとくから、おとなしくしてりゃあいい」
とっつぁん
ルパンが予告状を出すのはスリルを求めてのことだろうけど、今回は私たちの救出も目的としてくれたのだろう。
「でも、連中からしたら、ジュディたちを生かしておく理由はないわけでしょ?しかも私が逃げたとなったら、余計に殺される可能性は高いんじゃない」
「そりゃあ……」
ルパンは眉根を寄せる。
「私からも言わせてもらうと」
ジュディさんが言う。
「私も不二子と同じ意見だわ。ここでおとなしく捕まっているより、逃げるほうが助かる確率が高いと思う。足手まといになるようだったら、捨て置いてかまわないから」
「んなこと言われて、はいそうですかー、なんて放っておけるか」
「あら、優しいのね、泥棒さん」
「寝覚めが悪ぃだけだよ」
ルパンが大きなため息をつく。
間が開いたところで、先生が「私も」と口を開いた。
「私も、ここでおとなしく死を待つよりは、君たちとともに行きたい。アレクサンドロスの遺産のもとまでたどり着ければ、それをやつらとの交渉の材料にも使えるかもしれない。不本意ではあるが」
先生は、隣の私に視線を向ける。
「教え子のことは私が守る。君たちは思うとおりにやってくれ。こういう場はくぐり慣れているようだから」
先生がこういうことを言うのは、意外だった。でもたしかに、先生の言うとおりだとは思う。ここにいても殺されるだけ。それなら、……。
「そうそう。それに彼女、ここの文字が読めるって言うじゃない?何かの役に立ってくれるかも」
不二子さんの言葉に、ルパンはちらりと私を見る。私はとっさに目をそらしてしまった。ルパンの視線をどう受け止めたらいいかわからなかった。
「わーったよ、はいはい。連れて行きゃあいいんだろ、連れて行きゃあ」
ルパンはがっくりと肩を落とす。
「それじゃあ、あらためて作戦会議ね」
不二子さんがにこりと笑った。
まさかこうなるとは、思わなかった。結局私の最初の望みどおりになってしまった。カーラで先生を助けて
でも、素直に喜べない。ルパンはやっぱり、私たちの介入を良く思っていない。当然だと思う。私たちはルパンや次元、不二子さんとは違って、ただの一般市民。いくらルパンたちとはいえ、そんな私たちを連れてカーラの追撃から逃げられるとは思えなかった。それならここでおとなしく、ICPOが来てくれるのを待ったほうがいいかもしれない。
けれども、先生の言うとおり、アレキサンダーの遺産を見つけることができれば、それを盾にやつらと話し合えるかもしれない。そのうちにICPOが突入してきてくれるかもしれない。この通路は狭いようだから、うまく立ち回れば誰も犠牲にならなくて済むかもしれない
先生とジュディさんの表情を見ると、ふたりとも覚悟を決めたような目をしていた。
これからはたぶん、一瞬の躊躇いが命の危機に繋がることになるかもしれない。尊敬する恩師と、ジュディさんと。ふたりと一緒に、シドニーに帰ろう。不安も迷いも後悔も捨てて、生きてここを出ることに集中しようと、決めた。
(17.9.20)