はそっと言った。
「それには……私にとって、すごく大きな勇気が必要で。すごく、怖い。でもリリーに聞いてもらいたい。知ってもらいたい。だから……」
「ええ、聞くわ」
「時間がかかるかもしれない。でも、言うから。きっと」
リリーは微笑む。
「うん。待ってる」
13. holiday ATMOSPHERE
最後の週末
けれども、それから1年が過ぎても結局まだ言えず仕舞いだった。
アバダ ケダブラ。ヴォルデモート。闇の魔法使い。祖父。父と母の死。あまりにも重過ぎることだから。それらのことをすべて告げても、リリーは嫌いにならずにいてくれるかもしれない。でも、彼女にも重いものを背負わせることになる。優しい彼女なら、きっと一緒になって悩んでしまうだろう。彼女を困らせたくない。苦しみを与えたくない。でも、逆の立場だったら?リリーが重いものを背負っているとしたら、話して欲しいと思う。
でも、言えない。まだ言えない。これは理屈じゃない。こわいんだ。やっぱり、まだ。
ホグワーツ、4年目。
あなたの好きな科目は?そう聞かれたら、変身術と答えるかもしれない。マクゴナガルのことが好きだったから。あるいは、魔法史と答えるかもしれない。魔法界の歴史を深く学んでいくことは、にとっては楽しいことだった。至極珍しいことのようだったけれど。
でも、一番居心地の良い授業は
は、前の席ですやすやと寝息を立てるシリウスをぼんやりと眺めていた。問題演習の時間。が終える数十分前にそれを終了させていたシリウスは、早々と眠ってしまっていた。本当、天才って羨ましいこと。
窓から温かい日差しが降り注いでくる。とシリウスは、決まって窓側の席を選んだ。時折ぼうっと外を眺めることもできるし、こういう日は気持ちがいいから。
もシリウスも、顔見知りはお互いのみだから、自然とこうして前後の席に着いていた。ルーン文字という授業が始まって、もう1年が経つ。この穏やかな時間が、愛おしかった。特に、シリウスよりも後に教室に入って、彼の後ろの席に座る時。彼が背後にいると思うと授業に一心に集中できないことがあった。一方、彼が前にいるとそうした緊張からは解放された。それに、ぼんやり眺めることが好きだった。シリウスの背中を。シリウスの横顔を、黒い髪を、整った目鼻立ちを。けれども、そうするたびに
シリウスはこうして眠っていることも多かったが、試験もできるし、質問にもきちんと答えられるので、先生はとりたてて文句は言わなかった(時折注意することはあるけれども)。まったく、羨ましい。
しかし、たまに珍しく真剣に教科書を読んでいることもあった。さりげなく中身を覗いてみると、ルーン文字は一つも見当たらない。後で尋ねてみると、全く関係のない本だった。
「アニメーガス?」
「そう。もう少しなんだ」
狼人間のリーマス。その親友のために何か良い方法はないかと、彼らは考えた。その答えがアニメーガス。人狼化すると、人は襲うが動物は襲わないという。そこで、いつでも動物に変身できる身体になれば、と思いついたらしい。ただ、それにはかなりの努力と知識が必要だった。頭の良い2人も相当苦労していた。それに、魔法省への登録をせずアニメーガスになることは違法。は止めようかと思った。危険過ぎる。万が一、怪我をしたら?魔法省に見つかったら?そう尋ねても、いつも大丈夫と返ってくるので、は何も言えなかった。それに。もし実現すれば、リーマスはどれだけ喜ぶだろう。
面白そうだろ、とシリウスは言う。けれども本当はリーマスを想ってのことなのだと、は感じた。
その日、は図書館への道を歩いていた。ルーン文字の試験勉強のために。
その途中にジェームズに出遭った。クィディッチの練習帰りのようだった。彼は宣言通り2年生でグリフィンドールのクィディッチチームに選出され、今やチームのエースだった。
「やあ、!」
ジェームズはいつもの明るい声で言った。紅いユニフォームが似合っている。
「ジェームズ、練習帰り?」
「うん、そう。君は?」
「図書館に行くところ」
「そっか。勉強?」
「そう。ルーン文字で試験があって」
「ああ。そういえばシリウスも言ってたっけ」
1年生の時は、より少し背が高い程度だったジェームズ。それが今は、彼の方が頭一つ分大きかった。こうして並ぶとよく分かる。
「あのさあ……に、聞きたいことがあって」
ジェームズは少し言い難そうに切り出した。
「何?」
「エバンズのこと。彼女、誰か好きな人はいるのかな?付き合ってる人とか」
「……いないと思うよ」
少なくとも、そういう話はリリーから出たことがない。実は片思いの人がいるのかもしれないけれど。
それにしても、こんなことを聞いてくるなんて、まさか。案の定、ジェームズはほっとした様子を見せた。
「そっか。……でもさ……実はこの前、ホグズミードに一緒に行かないか、って誘ったんだ。そうしたら、きっぱり断わられちゃって」
『私、ジェームズ・ポッターって好きになれそうにないわ』
リリーは以前、そう言っていた。現に、今もそうだ。難しい呪文をやって見せびらかしたり、セブルスに呪いをかけたりと、そうしたジェームズの行為をリリーはひどく嫌っていた。も、初めはジェームズのことが苦手だった。でも、……。
「……リリーのこと、好き?」
思い切って尋ねると、ジェームズは照れたように、ほんの少しだけ頬をピンク色に染め、頭を掻いた。
「うーん……気になる、んだ。だから、もう少し彼女を知りたいと思う」
そういえば。近頃、ジェームズの視線がリリーに向いているような気がしていた。ジェームズとリリー。どうなんだろう。お似合い、だろうか。2人とも頭がいいし、容姿端麗だし、人気者だし。良いカップルにはなるかもしれない。ただ、そのためにジェームズが乗り越えなければならない山は、巨大。リリーのジェームズ嫌いが直らなければ。そのためには、ジェームズの良さを知らなければ。
ジェームズの良さ。友達思いで、気遣いが上手い。人を元気にさせる力を持っている。それは大っぴらで押し付けがましいものではなくて、自然なもの。人見知りをするでさえ、彼の魅力に惹かれた。リリーも本当のジェームズを知れば。彼女は今見ている表面的な彼ではなくて。
「リリー、何て言って断わった?」
「あいにくだけど、他に一緒に回る人がいるから、って」
、今度のホグズミード、一緒に行きましょう。先日のリリーの言葉。いつも、週末はリリーと過ごしていた。ホグズミードに行くこともあったし、学校に残ることもあった。けれど、たった一度でもいいから、ジェームズとの時間があれば。2人でゆっくり話し合う機会があれば。
「その一緒に回る人って……私のことだと思う」
「ああ、そっか。そうだよね。良かった、のことか」
「……リリーと一緒に行きたい?」
「そりゃあ、できれば」
でも、リリーはジェームズが好きではない。きっと、真っ向から誘っても駄目だろう。
ジェームズの表面しか知らないリリー。彼を深く知れば、きっと、……。
「偶然を装って、リリーと2人きりになればいいよ」
「どういうこと?」
「私がうまくリリーとはぐれるから、ジェームズもシリウスとはぐれたとか言って、2人で私を探せば良いんじゃない?」
「ああ、なるほど!良いアイデアだね」
ジェームズは声を弾ませていた。リリーへの嘘は心苦しいけれども、ジェームズの良さを知るいい機会だと思うから。リリーも彼の良さを知って、この思いが間違いでないことを彼女にはっきりさせて欲しい。ジェームズはとても素敵な人なのだと。太陽のような人なのだと。出逢って良かったと思える人なんだ、と。
4年生で最後のホグズミード週末。ダンブルドアのサインがあったので、もホグズミードに行くことができた。その許可証のダンブルドアのサインの部分は、他には見せないようにしていた。今日の嘘は、それだけではない、……。
前からハニーデュークスに行こうと話していたとリリーは、店に向かっていた。
「今日は、いっぱい買おうと思ってるの。前はあまり買わなかったものね。後で、一緒に食べましょ」
リリーの言葉に、は胸が痛んだ。けれども、今更引き返すことはできない。大丈夫。リリーもきっと、分かってくれる。
ハニーデュークスは生徒で溢れかえっていた。好都合な場所。リリーがかごにお菓子を入れるのに夢中になっている間に、はそっと彼女から離れ、店の外へ出た。
ジェームズは近くのベンチに座っていたが、を見るなり立ち上がった。
「がんばって」
「ありがとう!」
ジェームズは目を輝かせ、店の中に入って行った。
これで、あとは時間を潰すだけ。2人に見つからないように。さあて、どうしよう。
疲れがどっと出てきて、ふうと大きなため息を吐くと、不意に背後から声をかけられた。
「」
その声に驚いて振り返ると
「ジェームズは、行ったのか?」
「……うん」
シリウスがここにいてはまずいじゃないか。ジェームズとはぐれたことになっているのだから。がどうやってシリウスをここから遠ざけようかと考えていた時、彼が先に口を開いた。
「それじゃあ、行くか」
彼の言葉が理解できず、は目を瞬いた。その様子に、シリウスは眉をひそめる。
「ジェームズのやつ、言ってないな。あいつがエバンズを取ると、が一人になるだろ?だから、リーマスとピーターと俺でとホグズミードを回ろう、ってことになったんだ。でも、リーマスの具合が良くなくて……満月が近くてさ。で、ピーターがリーマスの付き添いで、俺がここに来た、ってこと」
それは、つまり
ちょ、ちょっと待って。どうして。どうしてそんなことになるの。
「でも、リーマスは?付き添ってあげた方がいいよ」
「だから、ピーターが一緒だって」
「2人で付き添ってあげなよ。私、一人で大丈夫だから」
「せっかくの4年最後の週末を一人で過ごさせるなんて。って、ジェームズが」
「でもさ」
「早くここを離れるぞ。ジェームズたちと鉢合わせになるだろ」
えええええちょっと待って!いや、いや、無理!シリウスと2人でホグズミードなんて、無理!
内心で叫びながらも、頭は真っ白で、思考が停止してしまっていた。だから、早くとと急き立てるシリウスについていくことしか、できなかった。
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07/7/27