リリーとジェームズはどうしているだろう。うまくいっているだろうか。がぼんやりと考えている傍では、シリウスとリーマスがチェスをし、ピーターはそれを眺めている。
リリーが戻って来たら、何と言おう。ごめん、リリー。ハニーデュークスではぐれてから、具合が悪くなって。先に戻って来ちゃったんだ。本当にごめん。
そう頭の中で繰り返すたびに胸が痛んだ。彼女に嘘を重ねるのはもう嫌だった。でも、ジェームズの真剣な想いが伝わってきて、どうにか力になりたいと思った。けれど、リリーを欺くようなことをするべきではなかったんだ。もっとよく考えれば。
ばん。突然、談話室の扉が勢いよく開けられ、一人の生徒が入ってきた。ははっとし、シリウスとリーマスはチェスをする手を止め、ピーターも顔を上げた。
入って来たのは赤毛の少女。その表情は怒りに満ちていた。
14. DIVIDED heart
離れてしまったこころ
リリーの表情に、は絶望的な思いに駆られた。もう駄目かもしれない。もう手遅れかもしれない。リリーがこれほど怒りを顕わにすることは、今までになかった。遅れてジェームズが入って来る。彼の顔は困惑に満ちていた。リリーはの顔を見るなり、ずいずいと歩み寄って来て、言った。
「、どういうこと?」
口調は冷静だったが、その声には明らかに怒りの色が含まれていた。
「ご、ごめん……リリー。ハニーデュークスではぐれて
「シリウス・ブラックと一緒にいたわけね」
「それは」
「エバンズ、落ち着いて」
「あなたは黙ってて」
リリーのきっぱりとした口調に、ジェームズは言葉を続けられなかった。シリウスもリーマスもピーターも、唖然と様子を窺っていた。
「何人かが見たそうよ。三本の箒で仲睦まじく買い物をしていたブラックと、を」
リリーは鋭い目つきでを見た。憤慨しているのはもちろん、その目には軽蔑の色が宿っていた。
「リリー、私」
「ブラックと一緒にいたかったのなら、そう言って欲しかったわ」
「ちが」
「こんなことまでして!はっきりと言って欲しかった!言い出したのは誰!??ポッター?それとも、ブラック?」
リリーはとジェームズの顔を交互に見やった。
「僕だ」
きっぱりとそう言って、ジェームズは右手を上げた。は咄嗟のことに声が出なかった。違うのに。
「どういうつもり、ポッター?」
「僕が君と一緒にいたかったんだ。だから、に頼んで」
「最低ね。人に頼んでそういうことをして。平気なの?人を騙すような真似をして」
「違う!リリー、違うよ。私が言ったんだよ。ジェームズじゃない」
リリーは鋭い目線をジェームズからに向けた。
「リリーはジェームズを避けてばっかりだから。ジェームズのことを知れば、って思って」
「だから、こんなことをしたの?私の気持ちを無視して?」
胸ががくん、と下がったような気がした。リリーはわたしを失望した。
「。あなたが誰と付き合おうと自由よ。でも、私はポッターたちとはお付き合いしたくないの。だから、私を巻き込むのはやめてほしいわ」
「私は
リリーは眉をひそめ、ジェームズははっとした。
「でも、ジェームズは本当は、リリーが思っているような人じゃない」
「あなたが彼をどう思おうと勝手だわ。でも、私には私の勝手がある。それを蔑ろにして欲しくない」
「分かってる。本当にごめん。リリーに黙ってたこと、本当に謝る」
「そう思ってる?本当に?、本当はブラックと一緒にいたかっただけじゃないの?」
は顔を歪めた。シリウスがどんな顔をしているのかは、の位置からは分らなかった。
シリウスと一緒にいたかった。そういうわけじゃない。でも、結果的に、シリウスと一緒に過ごした時間は……丘を越えて行った道も談話室でも、彼との会話と彼と過ごした時間は
突然湧いてきた感情に、は途惑った。今はこんなこと考えてる場合じゃない。
が黙っていると、リリーは声を鎮めて言った。
「いいわ、別に。もう何でもいい。……前に、言っていたわよね。私に話したい大切なことがある、って。どうせそれも、ポッターやブラックは知っているんでしょ?」
「ちがう……誰にも
首を振りながら、は言った。
「もう、いいわ、
ため息と共に吐き出すように言って、リリーは寝室の方へと去った。
はしばらく呆然としていた。
最低だ、私。リリーを傷つけた。リリーの気持ちを蔑ろにしてしまっていた。どうにかなると思っていた。ジェームズのことを知ってくれれば、と。けれど、本当はリリーの心は繊細で。傷つけてしまった。そして、ジェームズのことも。彼の力になりたいと思ったけれど、彼のことも傷つけてしまっただろう。大切な人なのに。最低。最低だ、本当に。
「ごめんよ、」
ジェームズに声をかけられて、ははっとした。ジェームズは悲痛な面持ちを浮かべていた。
「違う。悪いのは、私。私が言い出したんだから。それで、リリーもジェームズも傷つけて……ごめんね」
ジェームズは首を振る。
「僕が至らなかったんだ。せっかくがチャンスをくれたのに」
「ううん。もっと考えてれば良かった……」
「
リーマスがそっと切り出した。もジェームズも、彼を振り向く。
「さっき、エバンズが言っていただろう?は、『話したい大切なこと』をまだ言っていない。そのことに、もどかしさを感じてるんじゃないかな」
は項垂れた。沈黙が少しの間流れ、ジェームズがそれを破る。
「正直に言おうか。、君は時々、思い詰めたような顔をするよね」
「私が?」
「そう。僕たちの前では絶対にそうしないし、きっとエバンズの前でも見せないようにしてるんだと思う。でも、君が一人でいる時、ふとした時、君は遠い目をする。思い悩んだような表情をする。そのこと、エバンズも気づいてると思う」
1年生の時、リリーに指摘されて以来、気をつけていたのに。それでも、そんな風に見えてしまうことがあるのか。そして、リリーだけでなくジェームズも気づいている。恐らく、リーマスも、シリウスも。
「君を大切に思ってるから、エバンズは話して欲しいと思ってる。何を悩んでるのか。何があったのか。それが、彼女ももどかしいんだろうさ。君の気持ちも解るけどね、」
は黙った。もし、逆の立場だったら、もリリーに話して欲しい、と考えるだろう。そして、もしリリーが告白してくれないのなら、思い悩むはずだ。どうして?私たち、友達でしょ?私、頼りない?
「それにさ。……できれば、僕だって力になりたいと思ってるから、ね」
は目を閉じた。結局私は、何も分かっていなかった。
次の日、リリーは口を利いてはくれなかった。話しかけようとしてもかわされてしまう。ジェームズも弁解をしようとしてくれていたが、彼女は聞く耳を持たなかった。
当然だ。それだけのことを、私はしたのだから。
ルーン文字学。授業終了の鐘が鳴っても、はしばらく席を離れずぼんやりとしていた。
「エバンズ、相変わらずか?」
我に返ると、前の席にいたシリウスがこちらを振り向いていた。
「ああ、うん……。ジェームズは?気に病んでない?」
「まあ、それなりに」
「……そっか。悪いことしたなあ、ほんとうに……」
は目を逸らし、机の上の教科書に視線を移した。しかし、シリウスが首を振るのが分かる。
「そうじゃない。あいつ、を責めるなんて気持ち、全然ないよ。俺も、軽率だった。簡単に考えてた。だから、ジェームズに進言したりもしたし……いい機会なんだから、って。
「そんな、シリウスは全然悪くないって」
は顔を上げ、目を丸くした。シリウスは申し訳なさそうな顔をしていた。シリウスに謝られるとは思っていなかった。どうか、そんな顔をしないで。シリウスのそんな顔、見たくない。
「……俺とジェームズも、よく喧嘩するんだ」
唐突に言い出したシリウスの言葉が意外で、はそうなのと尋ねた。
「ああ。今思うと、本当にくだらないことでさ。でも、だからこそあいつとは親友でいられるんだと思う。遠慮して本心を言えない関係は、本当の友達じゃないと、俺は思う」
「でも……あれは、私が一方的にリリーを裏切った形だし」
「俺は、そうは思わない。もエバンズも、本心だっただろ?表面的なジェームズじゃなくて、中身を見てやって欲しい。は、そう思った。エバンズは、……エバンズも、本音を言ったと思うし」
「……うん」
「互いを知るいい機会だと思えよ。だから、あまり気にするな」
胸が、ざわつく。こそこそと。でも、時にはざわざわと身体全体を揺るがすほどに。
そういえば、とシリウスは切り出した。少し明るい口調で。
「……リーマス、嬉しがってた。ピーターも。俺とが戻って来て楽しかった、って。ありがとな」
「私、何もしてないよ。むしろ、シリウスのお陰でレポートがちゃんと形になったし」
は強く首を振った。
「私も
ありがとう、シリウス。
ありがとう、ジェームズ。リーマス。ピーター。
結局私は、逃げていたんだ。真実と向き合うことに。真実を知られて、相手がどう思うかが怖かった。
けれど、それを乗り越えなければ昔のままなんだ。友人がいなくて、大切だと思える人もいなかった、昔のまま。そうならないために、私はホグワーツに来たはずなのに。可能性の詰まった、この場所に。その可能性をどう活かすかは、私次第。その可能性を殺してしまうこともできる。
でも、私は無駄にしたくない。広い空の下に出逢った人。大切だと思える人たちが、ようやくできた。
すべてを話そう。彼らに。
TOP | BACK | NEXT
07/7/29