怖い、怖い、怖い。嫌われてしまうことが。軽蔑されてしまうことが。でも踏み込まなければ何も得られない。ずっとずっと変わらないまま。不幸せでなくとも、幸せではない、曖昧な時間を再び過ごしたいのか。本当に得たいものがあるなら、勇気を出すんだ。
話すんだ。あの時のことを、みんなに。大切な人に。彼らと本当の友人になりたいから。いや、友人を越えた絆が欲しいから。彼らが好きだから。そう胸を張って言える人たちができたから。
回り道をしてしまった。時間がかかってしまった。友達を、リリーを傷つけてしまった。もう遅いかもしれない。でも、私のぜんぶを知ってもらいたい。

 

17. FRIENDS for life
決心

 

その日のルーン文字学で、シリウスは昨晩のことを身振り手振りで胸を弾ませながら語った。
昨晩は、満月。アニメーガスになったジェームズとシリウスとピーターは、叫びの屋敷でリーマスと過ごしたのだという。嬉々として語るシリウス。リーマスの喜ぶ顔や、それを見て嬉しがるジェームズたちの表情が手に取るように理解できた。
リーマスも、狼人間のことで随分悩んだだろうなあ。でも、彼は彼の口からきちんと真実を話した。そこから、リーマスとジェームズたちはようやく本当の親友同士になれたのだと思う。
は、そんなことを考えつつ、シリウスの話を聞いていた。本当に嬉しそう。本当に友達思いだなあ。この前の女の子へのぶっきら棒な態度とは全然違う。でも、そんなシリウスだから    こうして、好意を抱いているのだ。もちろん、友達として。彼のことも、ジェームズのことも、リーマスのことも、ピーターのことも。大切だから。そして、リリーのことも。そう言える人が見つかったから。だから。

「あのさ。……今日、魔法生物飼育学、休みだったよね?ジェームズとリーマスとピーターと、湖のところに来て欲しいんだ。話があるから」

シリウスの話が終わり、適当に間を取った後、は一気に言った。シリウスは一瞬眉をひそめたが、分かった、と言った。

 

「リリー」

早足で歩く赤毛の少女の後ろから、は呼びかけた。しかし彼女は止まることはない。聞こえていないのだろうかと思い、再び「リリー」、と大きな声で言った。ますます足を早めるリリーに、は手を伸ばして彼女の肩を掴む。ようやくリリーは足を止めたが、その表情は硬かった。しかし、構わずには言うべきことを口にした。

「話が、あるんだ」
「私はないわ」

そう言い放って立ち去ろうとする彼女を、今度は手首を掴んで止めた。

「どうしても聞いて欲しい」
「……今更、何かしら」
「その時に話すから。今日の魔法生物の時間、湖に来て」

リリーは眉をひそめた。彼女が口を開く前に、は素早く言った。

「全部、話すから     私を嫌いになるなら、それからにして」

苦笑するに、リリーは僅かに小首を傾げた。

「分かったわ」

そう言うと、リリーはの手をそっと振り解き、去って行った。

 

は、昼食を早めに切り上げ、一人湖畔に向かった。空が青く澄み渡っていることが唯一の救いだった。以前、黒い犬になったシリウスがやって来た木にもたれかかる。その時のことを思い出すと、可笑しさが込み上げてきた。何も知らずに抱きついてしまった私。恥かしさ半分、シリウスが私の姿を認めてやって来てくれた嬉しさ半分。けれどその出来事が頭を掠めたのは、一瞬だった。

胸が早鐘のように動いている。全身の血がどくんどくんと騒いでいる。手が、足が、小刻みに震えた。
怖い。すべてを話したら、彼らはどんな反応をするだろうか。一瞬、いっそ何もなかったことにしようか、と考えた。リリーと仲直りをするだけはして、この場は納めようか。そうして卒業まで、何食わぬ顔で過ごす。それでも良いかもしれない。その選択肢もある。無難な選択。
でも、嫌だ。ようやく大切な人ができた。大切なものを見つけることができた。それを表面上の関係だけで終わらせたくない。全部、壊れてしまうかもしれない。でも、それでもいい。このまま、何も得られないまま、何も変わらないよりはましだ。

かさり、と音がして振り返ると、リリーが立っていた。彼女は相変わらず険しい表情をして、立ち竦んでいる。は起き上がって、リリーを適当なところに座るよう促した。リリーはゆっくりとした動作で、膝を折る。彼女の背にはホグワーツ城。その向かいに、は腰掛けた。

「何の話?私、宿題をしたいから早くして欲しいの」

リリーは突き放すように言った。

「ごめん。もう少しだけ、待って」
「どうして?」
「あと4人、話を聞かせたい人がいるから」

のその言葉に、リリーの顔色はかっと紅くなった。

「まさか……ポッターたちも一緒、なんて言わないわよね」
「うん、そう」
「何?また、何か企んでるのね。もう、たくさんよ!」

リリーは眉を吊り上げて、立ち上がった。も慌てて腰を上げる。

「ま、待って!違う、そうじゃなくて」
「親友だと思ってたのに!」

リリーは力の限りに叫んだ。

「私だけ……私だけがそう思ってたのね……。やっと、本当の友達を見つけられたと思ってたのに……男の子に媚を売ったり、そういうことに現を抜かしたり、はそんなことはしないと思ってたのに……私と同じものを見て、感じてくれていると思ったのに……他の女の子とはちがって    私は所詮、ポッターたちの二の次なんでしょう」
「違う、そんな風に思ったことは一度もない」

はゆっくりと首を横に振った。リリーにそう思わせてしまっていたことが、ショックだった。

「私には、もう両親がいないの」

唐突なの言葉に、リリーは驚愕した。眉を寄せ、口を丸く開け、何と言えば良いのか考えているようだった。本当なの、。同情を誘っているわけじゃないの?どういうこと?彼女の顔には困惑の色が満ちていた。

「それまでは、お父さんとお母さんが私のぜんぶだった。友達が……本当に大切な友達がいなかったから。でも、もうお父さんもお母さんもいない。だから、私は独りだった」

でも。あの、奇跡。ダイアゴン横丁で出逢った眼鏡の男の子。そして、キングズ・クロスで出逢った赤毛の少女。この奇跡を、無駄にしたくはない。

「でも、本当に友達と呼べる人が、大切だと思える人ができた。嫌われたくなくて、怖くて、何も話せなかった。けど、それは間違いだったんだよね。本当の私を知ってもらわないで、どうして大切な友人だって言えるんだろう。真実を知って、リリーは私を嫌いになるかもしれない。それは仕方ない。本当の私を知ってもらって、嫌いになるなら。でも、好きになってもらえるなら、本当の私がいい」
……それは……」
「大好きなんだ、私。リリーのことが。可愛くて、頭が良くて、お転婆で、明るくて、優しくて、人の痛みを受け止めてくれて、でも本当は自分も傷つき易い、リリーが。でも、それとは違った感情で、ジェームズのことも好きなの。ジェームズは気さくで人気者で、時には格好つけたがるけど、本当はすごく気遣いが上手い。リーマスは、繊細で、温かくて、優しくて。ピーターは弟分みたいで、無邪気で。シリウスは、……格好いいのに、それを驕るようなところがなくて、……優しくて、……みんな、それぞれ違ったように、好きなの。大切なんだよ。そんな風に思える人がいなかった私には、すごく、奇跡に近い存在なの。だから、4人にも同じように、本当のことを知ってもらいたかった」

リリーは呆然としていた。怒りの色は消えていたけれども、複雑そうな表情をしていた。
やがて、彼女の背後から4人の人影が見えた。眼鏡の男の子。柔らかい微笑の男の子。小さな男の子。黒髪の、ハンサムな男の子。
とリリーの間に流れる微妙な空気を察してか、ジェームズは明るく言った。

「やあ、待たせてごめんよ。今日のお昼がついつい好物だったもんでね」

は笑った。自然に、笑うことができた。

「わざわざご足労をおかけいたしまして恐縮です」

恭しく頭を下げてみせると、4人は笑った。リリーは相変わらずぼんやりしている。
座って、と5人を促した。4人は円を描くように腰掛け、リリーも黙って膝を折った。もそれを見届けてから、座る。背後には湖。右手から、リリー、ピーター、リーマス、シリウス、ジェームズ。前方にはホグワーツ城。左手には、先ほどもたれかかっていた木。
大丈夫。言える。言うんだ。

「初めに断わっておくと、明るい話ではありません。私自身の、過去に関すること」

過去というとなんだか重苦しい感じがするなあと、内心で自嘲的に笑った。実際、重いことだけれども。ああ、そうだ。このことを話すことで、彼らにも重みを与えてしまうかもしれない。こんなこと、聞くんじゃなかった。そう思われるかも。……いや、もう、彼らにどう思われるかなんて気にするな。限がない。もう、決めたじゃないか。あとは、当たって砕けるだけだ。砕けて、その欠片を拾い集めれば良い。

「本当はさ、言わないままでいようと思ってた。でも、……みんなのこと、大切だと思ってるから……本当の私を知って欲しいから。遅くなったけど、もう遅いかもしれないけど、言うから」

誰も、何も言わなかった。真剣な目をして聴いてくれていた。そのことが、ありがたかった。

「話を聞いたら、私への見方が変わるかもしれない」

それは、堪らなく怖けれど。

「でも、それは、仕方のないことだから。遠慮なく言って欲しい」

さて。前置きが長くなりましたが、ようやく本題に入りましょうか。

 

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07/8/3