ジェームズたちが去った後、はリリーに向かって頭を下げた。どうしても、彼女にはもう一度謝らなければならないと思った。
「ごめん!言えなくて……この前のことも。私の考えを押し付けたりして」
「ううん。私の方こそ、ごめんなさい。あなたの本当の気持ちを軽く考えていた。でも、話してくれて、とても嬉しかった」
リリーは首を横に振って、ふと笑った。
「お互い、もう言いっこなしにしましょう。今まで通り
18. The dawn is BREAKING
夜明け
「オハヨウ」
ルーン文字学。は、眠そうに欠伸をしながら教室に入ってきたシリウスを、いつもの席に着きながら見上げて言った。ああと短く応え、シリウスはいつものようにの後ろの席に腰掛ける。
気まずい。は内心で汗を掻いた。昨日、真実を全て告げた。みんな、力になると言ってくれた。けれども、自分の身に起こった真実を全て話した今、自分が着ていた殻のようなものが剥がれたような心地がして、その身軽さに途惑っていた。内面を全部見通されているような。裸になったような。でも、とても気持ちがいい。これがほんとうのわたし。本当の自分を受け入れてもらった安心感。
でも、シリウスは、昨日の独白にどう感じただろう。彼はあまり自分の感情を表に出さない。もちろん、嬉しい時や楽しい時は笑顔を見せるけれど。滅多に動じない、と言った方が当てはまるかもしれない。シリウスはどう思っているのだろうか。協力するとは言ってくれたものの、ジェームズたちの手前そう言ったのではないか、……。
シリウスを信じないなんて、最低。けれど、ことシリウスに関しては、彼の言動が気になって仕方なかった。シリウスにどう思われているのか。嫌われて、いないか。
振り返ってシリウスに話しかけようか、何を話そうか迷っていると、教室内が僅かにざわめき始めた。何だろうと辺りを見回すと、一人のレイヴンクローの男子と目が合った。
「今日の授業、休みらしいよ」
先生が風邪を拗らせた、らしい。そんな今更、教室に来てしまってから休講と言われても。部屋を去ろうかどうか思案に暮れていると、シリウスが伸びをするのが横目に見えた。
「あーあ。これが休講になってもなあ」
ジェームズたちも授業がある。ルーン文字が休みになったところで、シリウスはすることがないのだろう。も同感だった。ルーン文字が休講になっても嬉しくはない。
「あ、OWLの勉強でもすれば?」
はシリウスの方に身体を向け、言った。
「あー、もうすぐか。でも、別に今から勉強する必要はないな」
「……それはそれは。余計なことを申しました」
「ああ、でも、魔法史は真面目にやっとかないと不味い」
魔法史の時間、シリウスは寝ているか、ジェームズとこそこそと話をしているかのどちらかだったことを思い返した。リーマスでさえも、魔法史の授業中には何度か欠伸をする。
「面白いのに、魔法史」
「お前の頭の中どうなってるんだ?」
「私、歴史って好きなんだ。何年に何があったとか、誰が活躍したとか、憶えるの楽しいでしょ」
楽しくない、とシリウスは強く首を横に振った。
マグルの学校に通っていた頃も、歴史の授業が好きだった。自分が生まれていない時代に何があったのか。それを想像することが好きだった。魔法関係の歴史なら、尚更。けれど、こうした考えはかなりの少数派らしい。
「って変わってるよな」
シリウスの言葉に、は唇を引きつらせた。
「それって、良い意味、悪い意味?」
「意味はない」
どうせ悪い意味なんでしょ、とは心を暗くした。その様子が顔に出ていたのか、シリウスは苦笑してもう一度、「本当に意味はないんだよ、そう思っただけで」と言った。
「まあ、どちらかというと……良い意味だと、思う」
どちらかというと、ね。はその言葉を呑み込む。シリウスは何かを言おうと口を開きかけたが、眉根を寄せて考えた挙句、口を閉ざした。そうして再び、口を開く。
「そういえば、プロングズが」
「プロングズ?」
「ああ、ジェームズのあだ名。アニメーガスになれた記念に決めたんだ」
「へえ。もしかして、ジェームズがアニメーガスになった時、鹿だから?鹿の角……プロングズ」
「よく分かったな」
まあねと得意気に言ってみせると、シリウスは口元に笑みを浮かべた。
「リーマスがムーニー。ピーターが、ワームテール。……俺は、パッドフット」
「パッドフット……へえ。誰が付けたの?」
「ムーニー……リーマスだ。黒い犬のことを地方ではそう呼ぶとか何とか」
さすが4人で決めたことあって、なかなかセンスが良いなあと思った。感心していると、シリウスが「もう一人」と言った。悪戯っぽい笑みを浮かべながら。
「スネイプは、スニベルス」
「セブルスを?」
相変わらず、彼らとセブルスの仲は悪い。廊下で遭遇すると睨み合ったり、意味深な視線を交し合ったりすることはもちろん、酷い時は呪文の打ち合いになる。恐らく、彼らがセブルスにあだ名を付けたのは、からかうためだろう。はただ一つ、彼らのセブルスに対する態度だけは、腑に落ちなかった。
眉をひそめるを見て、シリウスも同様の顔になる。
「は、どうしてあいつの肩を持つんだ?」
「肩を持つとかそんなんじゃなくて……ただ、良くないことを良くない、って思うだけで」
「何が悪いと思う?」
「寄ってたかってセブルスに酷い仕打ちをすること」
「そもそもスニベリーが喧嘩腰なんだよ」
それはシリウスたちのせいでしょう。そう言おうとしたが、やめた。もう何を言っても無駄だ。ジェームズもシリウスも、理由なくセブルスを嫌っている。これは、何か充分な策がないと彼らを止められない。何か考えないと。押し黙るを訝しんで、シリウスは探るような目でを見た。
「……まさか、スニベリーのやつが好きなんじゃないよな?」
一瞬、がつんと頭を叩かれたように、目の前が真っ白になった。何言ってるのシリウス。そんなわけないじゃない。どうしてシリウスがそんなこと言うの!何故か、どうしてか、胸が痛かった。
「……あいにく、それはございません」
声を震わせないように言った。しかし、シリウスは不審そうな顔つきのままだった。怒りのようなふつふつとした熱いものが胃の辺りから込み上げてきて、は半ば自棄になって尋ねた。
「シリウスこそ、どうなの?」
「どう、って?」
「女の子から告白、されるでしょ。好きな子とかいないの?」
シリウスはそんな話はうんざりだ、というように肩を竦めた。
「いないとおかしいか?」
逆に問われて、はたじろぐ。真剣な様子のシリウスに、怒りはすぐに冷めてしまった。
「おかしくは、ないけど」
「けど?」
「……もしかして、男の子が好き、とか?」
「馬鹿」
シリウスは不機嫌そうな表情を崩し、噴き出した。
もうこのことについて尋ねるのはやめよう。シリウスは、自身の恋愛のことについて聞かれることを面倒臭がった。嫌がっていた。ただ、友達と馬鹿やってる方が楽しいと言ったシリウスの言葉を、信じていれば良い。いまのうちは、……。
けれどもは、内心でどこかほっとしたような気持ちがあった。恐らく、リリーやリーマスやピーターが誰かと付き合うということになっても、複雑な心境なのだろうなと思った。友人同士だって、嫉妬はある。
「そういえば、ジェームズがどうしたの?」
「ああ、そうだったな。今度、透明マントで禁書の棚に忍び込もう、って」
「どうして?」
「アニメーガスの資料を探す時にもあそこに行ったんだけど、闇の魔術だとか、あそこにはそういう本も置いてあるんだ」
闇の魔術。どうして、彼らがそんなことを調べる必要があるのだろうか。まさか、……。
「……昨日のことを?」
「そう。昨日も言っただろ?が許されざる呪文を使えたのは変だ、って。闇の魔術について詳しく調べれば、何か分かるんじゃないのか?」
それを相談してくれていたのか。それを調べてくれるというのか。は、あまりの嬉しさに何と答えて良いのか分からなかった。辛うじて、「見つかったらどうするの」と掠れた声で言った。
「俺たちを誰だと思ってるんだよ。アニメーガスの時も見つからなかった。今回も、ばれるはずがない」
どこからそんな自信が生まれてくるのだろうと思ったが、不思議と頼もしく思えた。シリウスなら、ジェームズなら、大丈夫。やってのける、と。
「俺は、さ」
言い難いことを口にしようとしているのか、シリウスは言葉を選びながら、ゆっくりと言う。
「杖に原因があるんじゃないかと思う」
「杖?」
「そう。が拾った杖に。闇の魔術に長けていた、の祖父だっていう男の杖が、何らかの形で作用したんじゃないか?」
驚いた。昨日の話だけで、シリウスはそこまで考えていたのか。
「そういう……杖が特殊な働きをすることって、あるの?」
「さあ。分からないから調べるんだ」
「うん……ありが、とう……でも、」
「俺たちも気になるんだ。だから、調べる。お前に迷惑はかけないからさ」
「迷惑って、別に、そんな」
ただ、心配なだけ。万が一閲覧禁止の棚に忍び込んだことが知れたら、どんな罰を受けるか。まさか、退学になんて、……。
「透明マントがあるんだ。大丈夫だって」
そんなの心配を知ってか知らずか、シリウスは明るく言った。
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07/8/6