まさか。そんな。私が?ありえない、何かの間違いだ。ありえない、そんなこと。
は、ダンブルドアが今の言葉を訂正するのを待った。しかし、彼は目を伏せて沈黙したままでいる。堪らずに、は口を開いた。
「そんな、の……間違いです……だって私、7年前からちゃんと、成長してるし」
そう、そうだ。ダンブルドアの取り越し苦労だ。11歳のあの頃から、私はきちんと成長している。背だって伸びた。顔だって、少しは大人っぽくなっているはず。
「フィンスターは、いくつくらいの姿じゃった?」
「え、」
確か、20代前半とか、中頃だった気がする。それをダンブルドアに告げると、彼はゆっくりとふりしぼるように、言った。
「。もし君が年を取らないのだとしたら……彼と同じくらいの姿で成長が止まるはずじゃ」
「そんな!そんな、私、だって、…そんな……」
「そうかもしれん。わしが間違っているのかもしれん。じゃが、それを確かめる術は、ある」
は無言で彼の瞳を見つめた。
本当は泣きたい気分なのに、泣けなかった。あまりにもショックが大きすぎる。未だに、これは夢だ、嘘だ、何かの冗談だ、と思う自分がいる。
「……あやつの力が君に流れたかを確かめるには、実際に呪文を使ってみることじゃ。そして……不老かどうかは、『老け薬』を飲めば分かる」
老け薬?掠れた声で、は繰り返した。
「そうじゃ。飲めば、一時的に、飲んだ分だけ年を取った姿になる。それを飲んでも姿が変わらなければ、君は
不老、ということになるのか。
フィンスターは望んで若返り、望んで年を取らない姿を得た。けれども、私は、そんなものはいらない。いらないのに。ふつうに年をとって、大人になって、ふつうに暮らしていけたらそれでよかったのに。
「
49. NOthing can stop it now
はぐるまはもうとめられない
震える足で、は医務室を後にした。
不老。年を取らない。ずっと、20代の姿のまま。10年後も、20年後も、30年後も、100年後も。
いや、まだ不老かどうかなんて分からないんだ。ダンブルドアの思い違いかもしれない。けれども、こんな気持ちのまま、いつまでもいられない。戻って、ダンブルドアに頼んで、確かめてもらおうか。
でも……怖い。怖い、怖い。
もしジェームズが、リリーが、リーマスが、ピーターが、シリウスが
そんなの、気にしないよ。そう言ってくれるに違いない。けれど、それは『今』だけだ。彼らが成長して、年を取っていって、変わらぬままのの姿を見たら、その時はどうなるだろうか。平然とした表情の裏の、ぎすぎすしたもの。そんな様子をはっきりと思い描くことができて、は身を震わせた。
みんなが好きだから。大切だから。余計な気を遣わせたくない。こんな身体の私を知られたくない。見せたくない。
言えない。言えないよ、……。
ふと、の目の前にひらひらと一枚の葉が舞い降りてきた。立ち止まってぼんやりとその様子を眺めていたが、やがて無意識に杖を取り出し、落ちた葉に向けた。
「エクスハティオ」
そう呟くと、杖先から紅い光が発せられ、落ち葉は跡形もなく消え去った。細い煙が上がり、浮かび、消えてゆく。落ち葉があった場所には、焼け焦げた跡が残った。
こんな呪文、練習したわけでもない。なのに、どうして使えてしまうんだ。
こんなこと、望んでいないのに。闇の力なんていらないのに。不老の身体なんていらないのに。普通に生きていたかった。みんなと、笑って、おじいちゃんになってもおばあちゃんになっても、たまに集まったりして、語り合いたかった。親友同士でいたかった。
わたしは、これから、どうしたらいい?
「!」
談話室に入るなり、リリーが駆け寄ってくる。「大丈夫なの?」と心配そうに顔を覗き込んでくるリリーに、はうん、と笑う。リリーの目を、直接見ることはできなかった。
彼女に手を引かれるままに歩いて行くと、部屋の隅、仕掛け人の定位置に、彼らはいた。
リリーと同じように、複雑そうな表情を浮かべている。机を囲むように、6人は椅子に掛けた。
「私たち、医務室に行ったの。でも、ポンフリーに追い返されて……ダンブルドアが来てるから、って」
は顔を歪ませてしまわないように、口元をきゅっと結び、両端を上げた。
「そんなに大ごとなの?」
「まさか。あのね……私の時にボガートが変身したのは、私の祖父なの」
さらりとは言うが、5人は驚いた。
「そっか……確か、若返りの薬を飲んだんだよね」
リーマスは優しく言ったが、の胸はちくりと痛んだ。若返り、……不老。
「そう。それで、混乱しちゃって、さ」
そうなの、とリリーは言った。けれども、ジェームズとシリウスは、じっとを見つめていた。決して目を合わせないようにするを。その視線が、痛かった。
闇の魔術が使えることは分かってしまった。問題なのはもう一つの方。年を取らない身体なのかどうか。
いつ、ダンブルドアに言って確かめようか。早い方がいいだろうけれども、その決心がつかなかった。怖かった。真実を、はっきりとした形で突きつけられることが。
「?」
呼ばれてはっとした。顔を上げると、シリウスが傍に立っていた。
「どうした?行かないのか?」
辺りを見渡すと、いつの間にかルーン文字の授業は終わっていて、生徒の姿もなくなっていた。
「あ、……ごめん」
力なく言って羊皮紙をまとめ始めるに、シリウスは眉をひそめた。
「何かあったんだろ」
思わずぴたりと手を止めてしまい、再び動かす。何が?そうさらりと尋ねて、立ち上がった。
「ダンブルドアと。何かあったんだろ?昨日」
「何にもないってば」
そう笑って、は続けた。
「ただ、先生に、『ボガートくらい退散させられないようじゃだめですよ』って注意されてさ」
「それだけじゃないだろ」
もう。こう変な時にだけ、シリウスは鋭いんだから。
「だから、何でも
何でもないって。そう笑ってシリウスの顔を見上げた。けれども、彼の目があまりにも真剣なものだったので、は口を閉ざしてしまった。反射的に、顔を伏せる。
この瞳。すごく好きだけれど、今は、つらい。シリウスの目を見続けたら、わたしはきっと、崩れてしまう。
「何、言われた?」
言えるわけがない。不老かもしれないんだ、なんて。彼の憎む、闇の力を受け継いだ身体なんだ、って。言ったらシリウスはどう思う?どう感じる?
でも。言わないでずっとこのままなんて
黙り込むの名を、シリウスは再び呼ぶ。しばらくしてからは口を開いた。
「『フィンスター・』……知ってる?」
「
知って、いるんだ。それだけ有名なのか、シリウスがたまたま知っていただけなのか。
「どっちの?」
「どっち?」
「何代か前の、闇の魔術師、って?」
「ああ……そう聞いてる」
そうか。昔の方のフィンスターの名を知っていたのか。そういえば以前、彼の家に行った時にも、彼の両親からフィンスターの名が出たことを思い出した。彼らは、祖父の方のフィンスターを知っているのだろうか。もうそんなことは、どうでもいいけれども。
「私の祖父もね、その名前を継いだらしいよ」
シリウスは僅かに目を大きくさせ、そうか、と言った。
「予想以上に、さ……の名って、重かったんだなあ、って思って」
本当はそんなことを気にしているわけではないけれども。とにかく、この場でシリウスをやり過ごすことが第一だった。まだ、言えない。この場では言えない。
「でも、もう大丈夫だから」
そう告げても、シリウスの表情は変わらなかった。
そんな顔、しないで。明るく言うと、シリウスは静かに口を開いた。
「
「……何、言ってるの?」
「お前が、あの夏休みの時、プロングズと来てくれ時は……嬉しかった。でも、俺はお前に何も
「そんなことない」
そんなことないよ。シリウスは私に、たくさんのものをくれた。
毎日が、シリウスがいてくれるだけで、何倍にも輝いた。シリウスがいるという、それだけで。
だからどうか、そんなこと言わないで
「言ったでしょ?私、シリウスがいればそれで」
それで、いいんだよ。そう言おうとしたけれど、できなかった。
シリウスの手が急に伸びて来て、肩を掴まれたかと思うと、ぐいと引き寄せられ
は、何が起きているのか理解できなかった。あまりにもあっという間のできごとだった。ただ、シリウスの温もりが、肩と、唇から伝わってきた。
シリウスとダンスを踊った時も、その距離の近さに戸惑い、彼の温もりを嬉しく感じていた。それが、今は、もっと近い。あんなに遠いと感じていたシリウスが、こんなに近くにいる。
時間が止まってしまえばいいのに、と思った。時間なんか凍りついてしまえ。
けれど、止まったのは
シリウスの顔がゆっくりと離れる。
シリウスはそのまま、そっとを抱き寄せる。照れ隠しのようでも、自然の流れのようでもあった。
「
でも、今は。遠くを見つめる彼女が、消えてしまいそうだった。
「それが……お前を好きだっていうことと同じことだって、……気づくのが、遅かったんだ」
『好きだ』
「お前もそう思ってるなら……悩んでることがあるなら、話して欲しい」
耳元から聞こえるシリウスの声は、胸が締めつけられるくらいに優しかった。
シリウス。大好きだよ
好きだから。シリウスのことが、すごく、すごく。
みんなのことも、大好きだから。
だから。だから、決めなきゃ。決心しなきゃね。
みんなには、幸せになってほしい。
だから。
でも、せめて。涙の痕が乾くまでは、どうか、このままで。
そして翌日、は校長室を、訪れた。
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Truth is on the march; nothing can stop it now.
『真実が進行中である。いまや何ものもそれを止めることはできない』 Emile Zola
07/11/27