ダイアゴン横丁でハグリッドに頼まれた買い物をしていると、思わぬ人物に呼び止められた。
「エリック、」
咄嗟に名前で呼んでしまっていた。
エリック・ニルソン。かつてホグワーツで同級生だった彼。そして、
「時間、あるか?良かったら」
エリックは親指で、喫茶店を指差した。
53. the wisdom of AGE
月日の経験者は語る
「意外だな。こんなところで」
向かいでコーヒーをすするエリックを、は見つめた。心なしか、顔色が良くないような。
「今、何やってるんだ?ブラックと麗しい生活でもしてるのか?」
エリックは、茶化すような口調の中にも、どこか探りを入れてくるような様子があった。
は、動じることなく、平然と首を横に振ってみせる。
「シリウスとは、もう」
「だろうな。あいつ、違う女といたし」
シリウスのことは、もういいの。笑みを浮かべながらそう言い、運ばれてきた紅茶に目を落とした。ティーカップの横には砂糖とミルクがついている。ストレートが好きだったは、それらをカップの外によけた。エリックは、その動作をじっと見つめていた。
「ふうん。訳ありか?それとも、あいつの浮気が原因?」
「私が冷めちゃったのよ」
「はあ?だって、お前」
エリックは言葉を切って、を繁々と見つめる。
は笑みを保たせたまま、紅茶に口をつける。単に渋いだけの味。インスタントだなあ、これ。
「それはもうどうでもいいの。それより、アナタはここで何してたの?」
「まあ、ちょっと野暮用で」
「野暮用、って……今、何してるの?」
卒業前の時期は、他人のことを考える余裕なんてなかったから、リリーたち以外の生徒の進路は知らなかった。エリックが今、どうしているのかも。彼は、さらりと驚くべきことを口にした。
「俺?俺は
口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになり、は慌てて飲み込んだ。
死喰い人?死喰い人といえば、ヴォルデモートの配下の、……。
「冗談、でしょ?」
「いや。スリザリンだった奴らの多くは、帝王に従ってる」
「……それは、本心から従ってるの?」
「さあな」
さあな、って。こんなことを事もなげに言ってしまうことが信じられなかったけれど、冗談で言うようなこととも思えない。でも、まさか、死喰い人なんて。
「お前もブラックとのことは聞かれたくないんだろう?お互い様」
「それとこれとは別でしょう。もしアナタが死喰い人なら、」
私たちは対峙することになる。その言葉を、は飲み込んだ。ダンブルドアが立ち上げた組織のことをばらしてしまって良いものか。
「全部、承知の上だよ。魔法省と対立することも、恐らく創られるであろう、反抗組織のことも」
「なのに、どうして」
「世の中には逆らえないものもあるんだよ」
「……それって、……『ニルソン家』のこと?」
「『運命』、かな」
「運命って、そんな」
エリックは、彼がオーダーしたコーヒーを何も入れずに飲み干した。
「なあ、
空になったカップの底を見つめながら、エリックは切り出した。
「ブラックと別れたんなら、俺と付き合わないか?」
「えっ」
おれとつきあわないか。
ぐるぐると、エリックの言葉が頭の中で回っていた。相変わらず、彼は素っ気なく言葉を言いすぎなんだ。だから、簡単にその言葉の意味が飲み込めない。
「あの、その、私は、」
「お前さ、ブラックへの気持ちは変わらないとかなんとか、自信たっぷりに言ってなかったか?」
言った、かもしれない。でも、今は、事情が変わったのだ。
「人の気持ちは変わりやすいものなんだって、エリック、言ったでしょ?その通りだったっていうことよ」
「へえ、ふうん」
「特に、私の心は
「あ、そう。まあ、なんとなく言ってみただけだよ」
エリックは、ふっと鼻で笑う。
ちがう。あなたが嫌いなわけじゃない。ただ、私は、もう。
「じゃあな。今度会う時は、敵同士かもしれないけどな」
笑えない冗談を、けれども真実になりそうなことを口にしながら、エリックは立ち上がった。
「待ってよ!考えなおし、」
の言葉に聞く耳を持たず、エリックは背中を見せて去って行った。
死喰い人。ヴォルデモートの配下。
奴に対峙するため組まれた同盟に所属するなら、エリックとの対立は避けられない。
彼が、本心でヴォルデモートに従っているようには見えなかった。恐らく、『ニルソン家』が帝王に従っているのだろう。だから、エリックは、仕方なく
俺も、グリフィンドールなら良かったのに。
エリックの遠くを見るような目つきを思い出して、は胸から湧き上がってくる苦さを噛み締めた。
なんとか、彼をこちらに連れ戻すことはできないだろうか。できることなら、彼とは争いたくない。
こんこん。扉をノックする音にはっとし、は「はい」、と答えながら、立ち上がった。「わしじゃ」、という声が外から聞こえ、急いで戸を開けた。ダンブルドアだった。
「今、よいかの?」
頷きながら彼を招き入れ、戸を閉めた。以前と同じように、どうぞと彼を机に促し茶を差し出す。ありがとう、と、ダンブルドアは軽く部屋を見渡した。
「どうじゃ?ここでの生活にも、もう慣れたじゃろう」
「ええ」
思えば、早いもので、ホグワーツを卒業してから間もなく一年が経とうとしていた。
季節は、春。初夏の近い和やかな空気とは対照的な、張り詰めた重い雰囲気が漂っていた。明らかに、ヴォルデモートの影響。それは、じわりじわりと世の中の空気を張り詰めたものにさせていった。
「2度目の会合の予定が立っての。前回からちと時間は経ってしもうたが」
とは言うものの、彼とムーディ、それに一部の者は何度か会って話をしているようだった。
「いつ、ですか?」
「ちょうど7日後じゃ。今回は、ルーピンとペティグリューは参加できぬそうじゃが」
「……そうですか」
僅かにが顔を歪ませるのを見、ダンブルドアは彼女を見つめた。
「
誰に、とは問わずとも分かっていた。そっとダンブルドアから目を逸らし、は頷く。
「何故じゃ?」
「何故、って」
は机の下で、ぎゅうと拳を握り締める。
「怖いのかな?もし、彼らが、君が不老と知ったら、どう思うか」
しばらく悩んでから、はゆっくり頷いた。
「よく分かる。よおく分かるよ。……いや、君の苦しみなど、わしにはほんの僅かしか察してあげられぬのかもしれん」
深い青い瞳。子供のようにきらきらと輝くこともあれば、包み込むような寛大な色を放つこともある、ダンブルドアの瞳。見つめていると、とても穏やかな気持ちになることができた。
「じゃが、。乗り越えてほしい。その苦しみも恐怖も乗り越えて、君には幸せになって欲しい」
の目を、まっすぐに見据えて、ダンブルドアは優しく諭すように語った。
「君は重いものを
トム・リドルにはいなかった、友が。ダンブルドアはそう口にしかけて、やめた。
リドルには、彼を理解する友人が一人としていなかった。ひょっとしたら、そのことが彼をヴォルデモートとたらしめる要因の一つになったのかもしれない。力になれなかったことを、ダンブルドアは悔いていた。だから、自分が彼を止めてみせる。その思いと同時に、一人でも多くの生徒に、幸福な人生を送って欲しいと願っていた。
「でも」
の言葉に、ダンブルドアは我に返る。
「それじゃあ……みんなにも重荷を背負わせることになる……それに……」
「受け入れてもらえなかったら、怖い」
目を伏せて、は頷いた。
「わしなどが言わずとも、君は全部考え、悩んでおるじゃろう。じゃが、言わせておくれ。
信じていない
それは、建前だ。やっぱり私は怖いんだ。
いや、ちがう。ちがう、……わからない、わからない、……。
「君が逆の立場だったらどうじゃ?話してもらえんことの方が辛いと思わんかの」
の混乱を察して、ダンブルドアはさらに語調を柔らかくして言った。
でも、今回は。あの時とはわけが違う。今回は過去のことではなく、現在と……そして、未来に関わることだから。もっと、身体的且つ精神的なことだから。
年を取らない。不老。今はまだ、いい。でも、彼らが年老いたら?それでも笑っていられるほど、自分は強くはない。
「分かっています……でも、……将来のことを考えると、怖いんです。私が若いままで、みんなが年を取って、その時に、ぎくしゃくした関係になることが」
ダンブルドアは大きく首を縦に振った。
「身体など、見た目など、関係ない。こころじゃ。心が通じていれば、ほかは関係がない。ひとのこころは、年齢も、性別も、種族も、国籍も、そんなものを簡単に越えられるものじゃと、わしは思う」
ひとの、こころ。は胸の中でゆっくりと繰り返したつもりだったが、それは声に出されていたようで、ダンブルドアは再び大きく頷いた。
「本当は、彼らを傷つけていることを理解しておろう。君自身の心も傷ついていることを感じておろう。それとも、彼らを想う気持ちは薄れてしまったのか?もしそうでなければ、踏み込む必要がある。彼らを信じて。彼らのこころを。自分のこころを」
『人ってね、行動した時の後悔よりも、行動しなかった時の後悔の方が大きいんですって』。
『自分の気持ちに嘘を吐くことだけはだめ。自分のことって、一番解ってあげられるのは自分なのよ。自分のことは、裏切ってはだめ』。
そう教えてくれたのは、リリー。
このまま時を過ごしても、後悔する……?
わたしのこころは、本当はどうしたい……?
「すまん。老人の説教じゃったの」
ダンブルドアは、悪戯っぽく笑った。
「じゃが、老人の戯言として受け取ってくれてもかまわん。どうするかは、君の自由じゃ。押しつけるつもりは毛頭ない」
ただ、とダンブルドアは笑みを浮かべたまま続けた。無邪気な笑顔。けれど、どこか真剣な。こんな笑い方をする人を、私は知っている。彼と同じように、眼鏡をかけた少年。
「わしは、君に、幸せになってほしい。それだけじゃ」
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07/12/6