テーブルの上にバタービールが出され、シリウスは瓶の蓋を開けながら詰問した。
不死鳥の騎士団の会合が終わり、2人は互いの恋人に先に帰るよう伝え、三本の箒にやって来た。懐かしい。学生だった頃は、授業を抜け出してここに来たこともあったっけ。
「なんのこと?」
「俺が、いつ、取っ換え引っ換え付き合ったって?」
「それ言ったの、リリーだよ」
瓶の中身をグラスに空け、互いのそれを合わせる。かちん、と乾いた音が鳴った。
55. TWO sides of the same coin
おもてうら
「とうとう結婚、か。リリー・ポッター……お前、あんなに嫌われてたのにな」
「あはは、照れるなあ。でも、あの頃を思い返すと、奇跡みたいだよ、今が」
「結婚って、どんな気分なんだ?」
「べつに変わりないさ。リリーと、だからね。ちょっと特別な儀式、っていう感じかな」
「へえ」
「あ、もしかして、結婚に興味あり?」
「いーや。俺にはずっと先の話のような気がする」
懐かしいバタービールの味。青春の味。2人はあっという間に一杯目の瓶を空にした。
「あの子……ソフィア、は?」
それまでの流れのように、ジェームズはさらっと尋ねたが、空気が僅かにぎこちないものに変わるのが分かった。ジェームズは、自分のグラスとシリウスのグラスにバタービールを並々と注ぐ。この際、洗いざらいを聞いておこうと思った。
「いつから付き合ってるんだ?」
「
2ヶ月、ね。ジェームズは口の中で繰り返す。
「で?それまでに、一体何人の子と付き合った?」
渋い顔をして、シリウスは軽く首を振った。
「べつに、俺は付き合ったとかそういうつもりはない。ただ」
「ただ?」
言葉を切り、シリウスはグラスの中で揺れる水面を眺めた。
沈黙するシリウスに、ジェームズは言う。
「卒業して。一番初めに告白して来た女の子と、付き合っただろ」
ホグワーツを卒業した後は、魔法省に入るつもりだった2人。省に入るには、試験に合格をする必要があった。しかし、2人が卒業した当時は、この状勢で試験を延期していた
ともあれ、その学校で、ホグワーツの生徒だった何人かとも会った。シリウスは、そこで、彼のことが好きだったというレイヴィンクローだった少女から告白をされた。本人は否定しているが、あれは『付き合った』、という状態に近いと、ジェームズは思っていた。
『好きだったんです。付き合ってくれませんか?』という女子に対し、『……べつに』と答えるシリウス。
べつに良いのか悪いのかはっきりしなかったが、それから2人は連絡先を交換しあい、度々会っているようだった。
肯定はしなかったとはいえ、そもそも『あの』シリウスが告白を否定しなかったことが、ジェームズには至極意外だった。学生時代には、告白をされても一度も付き合おうとしなかった、彼が。
レイヴンクローの少女は美人だったが、ジェームズはあまり好きにはなれなかった。どうしても、『彼女』と比べてしまう。少々内向的だけれども、誰よりも自分たちのことを考えてくれていた。少なくともあの時はそうだったと思いたい。
「だから、俺は付き合った覚えはないって」
シリウスにしてみれば、ただ相手が『付き合って欲しい、好きだ』と言うから、『べつに』と答えただけ。べつに、どうでも良かった。付き合おうが付き合うまいが。
そもそも、付き合うって何だよ
「……それから後は、僕の見た限り、君の隣にいた女の子は……ソフィアを含めて3人」
言い張るシリウスを無視し、ジェームズは言った。
「ソフィアには、本気なのか?」
「……」
シリウスは
一心にシリウスを想った。それにやっと気づき、向き合い、応えたシリウス。けれどもは、彼に別れを告げた。表には見せないが、シリウスは傷ついただろう。愛情ということで、シリウスを傷つけてはならなかったのに。
だから、本人は否定しているが
そこまで考え、ジェームズは考えすぎかと自嘲的に笑った。
「本気になれる……と思う」
ぽつりと言ったシリウスに、ジェームズは我に返り、そうかと答える。
「
ジェームズが問うと、シリウスは僅かに身を強張らせた。
「おかしいも何も、あいつがああ言ったのなら、それが真実だろ」
「そうかもしれない。でも僕には、信じられないんだ。あのが、僕らを……リリーを、
「信じられない、……か。でも、それがあいつの本心だったら?」
尋ねるシリウスに、ジェームズは失笑する。
「そうだね、僕が、信じたくないだけなのかも。
「賭ける?何に?」
「に」
「無駄だろ、やめた方がいいんじゃないか?」
そんなこと言うなよ。お前にそう言われると、哀しくなる。
「冷たいなあ。じゃあ、のことは、もう……忘れたわけだ」
「
そうかな。その言葉を、ジェームズは呑み込む。
少なくとも、ジェームズには……恐らくリーマスにもリリーにも、そうは思えなかったはずだ。
の、シリウスへの想い。彼を大切に想う気持ち。それはたしかだった、と思う。
そしてシリウスも
2人なら、あのままずっとあの穏やかな関係が続くと思っていたのに。
「そっかあ。それほどソフィアにぞっこんなのか」
「……」
「一緒に暮らしてるのか?」
「いや」
「でも、家を行き来してたりはするんだろ?」
「……まあな」
「じゃあ、結構深い関係なんだ」
「お前、何が言いたいんだよ」
「べつにー。親友のことを、より知っておきたいと思っただけさ」
「ああ、そうかよ。ソフィアとはまだ何もねーよ」
シリウスは半ばやけになって答えた。そうして、バタービールの入ったグラスを飲み干す。
ソフィアとは。引っ掛かる言い方だ。大いに引っ掛かる。ということは、ソフィア以外の女性とは関係を持った、ということだろう。
そうか、そうか、そうか。シリウスがどんな女性と一夜を過ごそうとも、僕には関係ない。
ただ、
願わくば、シリウスが、本当に愛する女性を見つけられることを。
どこかでとの復縁を望んでいたけれど、それはもう無理なのかもしれない。
「悪かった。口を挟みすぎたね」
大きく吐いたため息と共に言ったジェームズの言葉に、シリウスは答えなかった。
「ああ、そうだ。あの件、了解してくれた?付添い人の件」
「当たり前だろ」
シリウスにようやく笑みが戻って、ジェームズはもう一本、バタービールの蓋を空けた。
ホグズミードから帰り、部屋に戻ってくるなり、はベッドの上に突っ伏した。
結婚。リリーとジェームズが。あのふたりが。信じられない。結婚なんて、私には、この年齢ではまだ未来のことのように思えていたから。
でも、
は、ジェームズからもらった写真を見つめた。
懐かしい、ホグワーツの制服を着た6人。みんな、笑っている。でも、私だけ、心から笑っていない。
リリーの花のような笑顔。彼女のこんな笑みを、ずっと見ていない気がした。
机の奥からそっと、小箱とネックレスを取り出す。時期は違えど、共に、その夫婦にクリスマスのプレゼントでもらったもの。真珠の連なった美しいネックレスと、オルゴールの小箱。
オルゴールのねじを回してみると、勇ましい音階が流れた。ショパンの『軍隊ポロネーズ』、だ。
『踏み込む必要がある。彼らを信じて。彼らのこころを。自分のこころを』
ダンブルドアの言葉。間違っているのだろうか、私のした選択は。話すべきだったのだろうか。
不老。老いない身体。どうしてこうなってしまったのだろう。フィンスターのせいだ。そう、奴があのとき現れなかったら。
は枕に埋めた顔をずらし、横に向けた。
いや、でも。フィンスターが現れなかったら……両親が生きていたなら、ホグワーツに入学することはなかったのかもしれない。マグルの学校に、あのまま通っていたかもしれない。それでも、地獄のような日々だっただろう。つまらなくって、退屈過ぎる日々。ホグワーツに入っていたとしても、グリフィンドールにはなれていなかったかも。リリーたちと打ち解けれれなかったかも。
彼らに出会えたことは、奇跡。そう自分でも言っていたではないか。彼らに出会えて幸せな日を送ることができた。なのに、私はみんなを傷つけることしかできない。みんなに何もできなかった。リリーの泣きそうな顔が、ジェームズに打たれたときの頬の痛さが、リーマスの苦笑いが甦ってくる。
みんな、私ことを思ってくれている……。
「リリー、……」
言葉にして、ぎゅうと胸が締めつけられた。この痛みは、この想いは、ほんものだ。
結局のところ、私みんなのことが好き好きで堪らない。その気持ちを、拭い去ることはできない。
信じてみようか。
信じてみたい。
わたしのこころ。みんなを想うこころを。
TOP | BACK | NEXT
07/12/9