犠牲者が、また増えた。生徒二人    一人はハリーの親友のハーマイオニー    と、ゴースト。
『秘密の部屋』。一体何なのだろう。学生時代に7年、そして事務をするようになって10年以上ここにいるというのに、ホグワーツには自分の知らない謎が多いなと、は痛感していた。

 

80. ANACHRONISM
思い出に 取り残される

 

は、薄暗い廊下を駆けた。生徒たちは寝静まって、校内には静寂が満ちている。正面玄関を通り、外に出、ハグリッドの小屋へ向かう。
しかしその途中で、目当ての人物に会った。当のハグリッドと、ダンブルドア。そして、縞のスーツを着た白髪頭の男、冷酷な表情をした長いマントを羽織った男。コーネリウス・ファッジとルシウス・マルフォイだった。2人は訝しげに、息を切らせるを眺めた。

「どうかしたのかの?」

問いを投げかけてきたのはダンブルドアだった。月明かりで4人の表情が見て取れる。ダンブルドアは落ち着き払った表情をしているが、ハグリッドは怯えた様子だった。それを見、は口を開く。

「また、無実の者をアズカバンに放り込むんですか?」

はファッジを睨みつけた。彼はぴくりと眉を動かす。

「ハグリッドをアズカバンに連行するんですか?充分な証拠もないのに?」
「念のため、ほんの短い間だけだ。それに、私には大臣としての立場が」
「それが何だっていうんですか?あなたは    魔法省は、いつもそう。体裁ばかり気にして、そのためなら何を犠牲にしても良いと思ってる」

は声を荒げた。怒りがふつふつと込み上げてくる。ファッジは顔を歪めたが、口を開いたのはルシウス・マルフォイだった。

「疑われたとしても仕方あるまい。ハグリッドには前科があるのだから」

彼はを小馬鹿にしたように見下していた。この男。こいつが、どうしてここに。
湧き上がってくる怒りを必死で抑えつつ、は低く言った。

「私にとっては、    死喰い人であったあなたが、何故アズカバン送りにならなかったのかが分かりませんけれども」

ルシウスは片方の眉をぴくりと上げた。

「その件に関しては、裁判で何度も申し上げたはずだ」

『あれは私の本心ではなかったのだ』。悲痛な面持ちで弁解する彼の姿が思い浮かんだ。そんなの、口だけだ。嘘に決まっているのに。

「それに、君にこそ罪があると思うのだが?殿」

こいつも知っているのだろうか。『フィンスター』として、闇の陣営に存在した頃の、のことを。動揺を気取られぬよう、はルシウスを睨んだ。言い返す言葉を頭の中から探る。

「過去をぶり返すのは、賢明とは言えぬ」

ダンブルドアが言い、の傍へ歩み寄った。そして、その肩に手を載せ、そっと耳打ちする。

「君の怒りは解る。じゃが、ここで当り散らしても、君が虚しくなるだけじゃろう?そのことは、、君が一番解っておるはず」

ダンブルドアはゆっくりと顔を離す。の怒りは一気に縮まって、羞恥心に変わっていった。彼は見抜いている。がは、シリウスのことがあるから、ファッジをはじめ魔法省に対して怒りを感じているのだということを。

「わしはしばらくここを離れる」

俯いたに、ダンブルドアは笑みを浮かべた。

「後を頼むぞ」

ぽんとの肩を叩き、ダンブルドアは去って行った。その後ろに、不本意そうな顔をしたファッジとルシウスが続く。

。マルフォイの言ったことは気にするな」

顔を上げると、ハグリッドがすぐ傍にいた。辛いのは、ハグリッドの方なのに、……。

「……大丈夫。ハグリッドこそ、あまり気を揉まなくても心配ないよ。きっと、すぐに戻って来られるから」

ハグリッドはそうだな、と笑ったが、笑いきれていなかった。

 

けれども、の言葉は事実となった。ハグリッドと、そしてダンブルドアは、すぐに戻って来た。事件も、無事解決される。
そう。前回と同じ、あの少年によって。

 

「ハリー、傷はどう?」

は、向かいに腰掛けた少年に問いかける。彼は、「もうすっかり良いです」と答えた。

「良かった。そういえば、防衛術のクラスはキャンセルになったそうね」

アイスティーを差し出すと、ハリーは「はい」と答えて頭を下げる。
ハリーは秘密の部屋の謎を解き明かし、一連の事件の犯人を炙り出した。ヴォルデモートが学生時代に残した日記。それを拾ったハリーの親友、ロンの妹、ジニー・ウィーズリーが、日記の魔力に操られ、起こしたことだった。その経過途中に、ロックハートは『ちょっとした事故』で記憶を失ってしまったそうだ。聖マンゴへ送られるらしい。

「防衛術の先生は長くは続かないわね。次は誰になることか」
「ロックハート以外なら、僕は誰でも良いです」

そうねと笑うと、ハリーも笑った。

「それで……すっかり遅くなってしまったけれど、何か聞きたいことはある?」

両親について教えて欲しい。1年前の、ハリーの願いだった。クィディッチやら学業やらで忙しいハリーと、こうしてゆっくり語らえる時間がなく、その機会は今に延びてしまった。

「何でもいいんです。学生時代のこととか」

何でも、ね。は口の中で繰り返し、思いを巡らせた。

「リリーは……そうね、とても綺麗で、明るくて頭も良くって、みんなから人気があって。教科はね……何でもできたけれど、呪文学と魔法薬学が得意だったかな。ジェームズは    ジェームズも、明るくて気さくで、とても頭が良くて人気があった。ジェームズの方も何でも得意だったけど、変身術と飛行術が抜群にできたの。でも、悪戯っ子で、マントを使ってあちこち歩いていた」

語りながら、痛感した。彼らは、もう思い出の中の人でしかないのだ、と。
彼らを失った時には、どうしようもなく辛くて、一生立ち直れないかもしれないとさえ思っていた。けれども、時の経過がその傷を癒していった。今でも胸が痛むことはある。しかし、以前の刃のような鋭い痛みではなかった。昔は、あまりの痛みに眠れなくなることや、呆然としてしまうことが度々あった。今は、だいぶ和らいだけれども、……。いつか、この痛みは消えるだろうか。でも、彼らと過ごした日々の思い出は決して忘れないだろうし、忘れたくはないと思った。

「透明マントは、ハリーが持っているのよね」
「はい。去年、ダンブルドアがくれました」
「そう。それでジェームズは色々悪さをして、減点になったこともあったけど    結局、その減点分以上の点を取り戻したのも、ジェームズだった」

もとい、ジェームズ『たち』。ジェームズとシリウスの悪戯を、リーマスが巧みにカバーして、カバーしきれない時には大人しく罰則や減点を受けた。けれど、成績が抜群に良かったジェームズとシリウスは、加点されることも多かった。故に、彼らの悪戯による減点は、グリフィンドールに悪影響を与えることはなかった。抜群のチームワークとコンビネーション。彼らはまさに『最高の』仲間同士だった。

ハリーは笑い、アイスティーに口をつける。こうして、父と母のことを知るのは良いことだろうし、知りたいという彼の気持ちも解る。けれども、が語ることによって、余計にハリーは両親の喪失を痛感してしまうのではないだろうか。
そうだ。ジェームズとリリーを失って、ハリーだってとても辛いはず。両親を失くした痛みはにも解る。しかし、彼にもにも、『親友』という大切で大きな存在がある。だから、前を向いて生きてゆけるのだろう。両親の喪失、不老という事実。それらの傷みからを救ってくれたのは、間違いなく彼ら。
今は     辛い時もあるが、リーマスとシリウスが生きていてくれる。だから今がある。
ハリーの親友であり、恐らく心の支えであろうロンとハーマイオニー。彼らともいつか、こうして、話をしてみたいなとは思った。

さんは    父さんと母さんのこと、本当に好きだったんですね」

ハリーの言葉に、我に返る。

「そう……ね。大好きだった。もちろん今もね。そう見える?」

ハリーはこくりと頷く。

さん、とっても優しい目をしてたから……父さんと母さんのことを話す時」
「そう、……?」
「でもきっと、両親も、さんのことが好きだったんですね」
「えっ」
「なんとなく……本当になんとなくだけど、分かるんです」
    そうね、……」

曖昧には笑った。
ジェームズとリリー。彼らに辛い言葉を投げつけ、傷つけたこともあったし、喧嘩もしたけれど    そうだったと、信じている。

「ハリー!」

突然、別の少年の声が聞こえてきて、は振り向いた。赤毛の少年は、あ、と漏らして、罰の悪そうな顔を作る。

「ごめんなさい、邪魔して」
「いいのよ。おしゃべりをしていただけだから」

が笑うと、彼はほっとしたような表情を浮かべた。赤毛にそばかす。彼が、ロン・ウィーズリー。

「どうしたの?」

ハリーが問うと、ロンはああ、と答える。

「ウッドが君のことを探してて    あっ」

ロンが言いかけた途端、彼の抱えていたネズミが彼の腕をすり抜け、廊下へ走り去ってしまった。

「こら、スキャバーズ!」

ロンは踵を返し、ネズミを追おうとしたが、思い直して再び振り返った。

「あ、それで、そう。ウッドが呼んでるから」
「行った方が良いんじゃない?」

が言うと、ハリーはそうですねと立ち上がった。

「またお話を聞かせてください」
「こちらこそ。今度は、良かったらロンくんとグレンジャーさんも一緒に」

ハリーはにこりと笑って、ネズミを追い、駆け出したロンの後に続いた。
は独りになった部屋で、ふうとため息を吐く。一気に静寂が訪れたような気がした。

(あーあ……私、ネズミにまで嫌われたかな)

ロンが抱えていたネズミ    スキャバーズと言ったか。あのネズミは、この部屋に入ってから急に様子が変わったような気がした。まるで、何かに怯えていたようだった。
私、そんなに怖い形相だったかな。ちょっとしたショックを覚えて、は窓を開けた。

澄み切った青い空。生徒たちの笑い声が聞こえてくる。初夏の風が、部屋の中に吹き込んできた。
温かな、風。そして柔らかな風だった。

 

TOP | BACK | NEXT
08/1/13