ただ、足を動かしていた。あそこへ行けばきっと楽になれると、確信めいた思いを抱きながら。
湖を見渡せる場所。学生時代、みんなで集った、この場所。ここは、今でも心を落ち着かせる、不思議な力を持っていた。月の白い光で、水面はきらきらと輝いている。
は木にもたれかかり、座った。さわさわと、温かな風が頬を撫ぜる。

ヴォルデモートが蘇った。ジェームズとリリーを殺した奴が。いつかこの時が来るかもしれないと思ってはいたが、とうとうやってきてしまった     
そして、尊い命が一つ、失われた。犯人が傍にいたのに、気づけなかった。
ハリー。辛い思いをしているだろう。
そして先ほどの、セブルスの話。『ワームテールが、クラウチとムーディを襲った』。
ピーター。戻ってしまったんだ、奴の下に。

目を閉じて風の音を聞いていると、心が安らいだ。
ヴォルデモートが復活。また、あの暗い時代がやって来るのか    

 

92. History REPEATS itself
ふたたび

 

!」

呼ばれて、はっと目を開けた。首を横に向かせると、シリウスが駆け寄って来るのが見えた。慌てているようだった。

「大丈夫か!?」

ああ、心配してくれているのか。はふと身体に温かいものが流れてくるのを感じた。

「うん、大丈夫」

小さく答えると、シリウスはの前までやって来て、屈んだ。

「ポンフリーが探していた。てっきり、部屋にいるのかと」
「風に当たりたかったの    シリウスは、どうしてここに?」
「ああ、ダンブルドアに呼ばれて……ハリーに付き添っていた」
「ハリーは、大丈夫なの?」

ああ、とシリウスは頷いた。

「辛かっただろう。だが、よく戻って来てくれた    話は聞いたのか?」
「大体はね……」
「そうか。ダンブルドアが    恐らくまた、騎士団を設立させるつもりなんだ。それで、俺はこれから、リーマスのところへ行く。昔のメンバーにも連絡を取るつもりだ」

そう、とは呟いた。またか。また、闘いか。戦がはじまるのか。

「ただ、ファッジの奴が、ヴォルデモートの復活を認めようとはしないんだ。今回は……いや、今回も、魔法省の後ろ盾はなしだな」
「そうだろうね……」
「おい、大丈夫か?」

シリウスはの顔色を窺うように、じっと眺めた。もうだいぶ良くなったつもりだが、彼にはそうは見えないようだった。

「倒れたんだって?」
「大丈夫。外の空気を吸ったら、随分良くなったから」

シリウスはじっと何かを考え込むように俯き、顔を上げた。

    フィンスターのことと、何か関係があるのか?」
「えっ?」

は声を上げた。そんなことを、思いつきもしなかった。しかし、シリウスは真剣な様子だった。

「前にもこういうことがあっただろう?ヴォルデモートが復活したせいで、フィンスターの影響も現れたのかもしれない」
「違うと思う」

は笑みを作った。シリウスが憶えていてくれたのは、嬉しかった。でも、すぐに『何か』が押し寄せてきて、胸が暗くなった。これからのこと、死んだ生徒のこと、……。

「そうじゃなくて……私は、また、あの暗い時代がやって来るのが、嫌なのよ」

ヴォルデモート。死喰い人。ピーター。闘いの日々。暗い日々。そして。

「きっと、また、誰かが死ぬ    今日のように」

また誰かを失うことを考えなくてはならない。そんなの、嫌だ。

「セドリックはね、代表選手に選ばれてとても嬉しそうだった。両親も、スプラウト先生も。でもそれが結果的に彼の死を招くことになった。そんなこと、誰が予想したと思う?誰が考えたと思う?幸福が不幸に一変する、なんて」

は胸の中の痞えを吐き出すように、一気にしゃべった。シリウスは黙って聞いていた。

「彼は、頭が良くて、クィディッチも上手くて、ハンサムで、人気者で、生徒の模範で……死ぬのは、そういう人ばかり」

そして、一体次は、誰が死ぬのか。既に、そう考えてしまっている自分がいる。

「ねえ、シリウス    約束して。絶対に死なない、って」

「そうじゃないと、私……次に、大切な人が死んでしまったら」

先ほどの、ディゴリー夫妻とスプラウトの涙に涸れた声が蘇ってくる。どうしてこの子が、と。
きっと、悲しくて、悔しくて、歯痒いだろう。13年前の、のように。
両親を失っても、ジェームズとリリーと、シリウスとリーマスと、かつては、ピーターが、いてくれたから、生きて来られた。ジェームズとリリーを失っても、シリウスとリーマスが生きていてくれたから、やって来られた。でも、今度誰かを失ったら、シリウスかリーマスのどちらか一人でも失ってしまったら、悲しみに潰れてしまうだろう。今度こそ。

「……。お前も約束してくれ。お前は死にかけたことがあるだろう?俺よりも、お前が    

は項垂れ、首を横に振った。

「シリウス、言ったでしょう?自分が死ぬよりも、死なれることの方が怖い、って。私も、そう思うのよ。だから」
「俺だってそうだ」

シリウスは強く言って、の頭を引き寄せ、肩を抱いた。

「もう誰も失いたくない。もうあんな思いはご免だ」

は目を閉じた。
シリウスの匂い、シリウスの温もり、シリウスの声。
なつかしい。
辛いことが全部、薄らいでいくような気さえした。何も考えずに、ずっと、こうしていたい。

    13年前……あの時、ヴォルデモートの殺人魔法を受けて、倒れただろう。そのことを、夢に見たことがあった」
「……うん?」
「もし、その時、が死んでいたら……俺はきっと、一生後悔していたと思う」
「後悔?」

ああと答え、シリウスは戸惑いながらも、を抱く腕に力を込めた。

「どうして守れなかったんだろう    いや、その前に……どうしてお前から離れたんだ、って」

は沈黙した。というよりも、言葉が出てこなかった。何と言うべきか分からなかった。

「だから、今度は……」

シリウスは言いかけて、口を噤んだ。それ以来彼は閉口したままだったので、どうしたのだろうと思っては顔を上げた。シリウスはから腕を放し、無理に作ったような笑いを浮かべた。

「いや、お前にはリーマスがいるんだったな」
「それは」
「でも、『親友』として守るから    

はどう弁解しようかとあれこれ考えたが、上手い言葉が出てこなかった。それにはまず、ダンスパーティのことから説明しなくてはならない。が黙っていると、シリウスはすくっと立ち上がった。

「たぶん、も騎士団に入ることになるだろうな。その時は、また会えるだろう」

そうか。また近いうちに会えるのか、……。
それならとは弁解することを諦め、シリウスの顔を見上げた。

「今度はきちんと、ふくろう便をちょうだいね」
「ん……ああ……でも、今度はダンブルドアから直接聞いた方が早いだろう?」
「うーん、それもそうだけど。でも、私、考えたら、シリウスからふくろう便を貰った記憶がないなあ」
「そうか?」

シリウスは頭を掻いた。

「それならそのうち、な」
「そのうち、ねえ」
    一人で戻れるか?」
「うん……大丈夫」

が笑みを浮かべると、シリウスはそうかと言って黒い犬の姿になった。じゃあとでも言うように軽く尾を振り、去って行く。
そうだ。幸いなことは、騎士団が再結成されれば、またシリウスと、恐らくリーマスとも共に過ごせる時間が増えるということ。
くよくよするのは、これで終わり。もっと辛い思いをしている人は、沢山いるのだから。
その悲しみを再び生み出さないためにも、力を尽くそう。

 

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08/1/16