春になった。しかし、その麗らかな陽気とは裏腹に、屋敷には重い空気が流れていた。
ハリーが、フルーパウダーでこの屋敷の暖炉にやって来た。そこで、セブルスが閉心術の訓練を中止したことを聞いた(シリウスはそのことに憤慨していた)。
さらに、その後、フレッドとジョージがホグワーツから逃亡したという情報が入ってきた。それを聞いたモリーは卒倒したが、他のメンバーは、アーサーを含め、落ち着いていた。むしろ、納得する者もいた。彼らがホグワーツを退学してダイアゴン横丁に店を持ちたいと言っていたことは、皆知っていた。それに、アンブリッジの卑劣さはここにも伝わっていたし(そのことについてはも語った)、彼女に立ち向かうようにして去って行った双子は、ホグワーツでは英雄扱いされているらしい。アーサーやリーマスがモリーを宥め、彼女も渋々納得したようだが、アーサーの怪我やパーシーの離反、ビルとチャーリーにもいつ危険が及ぶか分からないという状態で、モリーの顔はやせこけてしまっていた。

「ああ……ダンブルドアがホグワーツにいてくれれば、こんなことには」

モリーはぽつりと漏らす。ファッジやアンブリッジら魔法省の圧力があり、ダンブルドアは少し前にホグワーツを去っていた。彼とはパトローナスで連絡は取れるが、詳細な所在は分からなかった。

 

103. All things are only transitory
ゆっくりと、忍び這い出でるように

 

夏が近づいてくる。その夜は、風が強かった。熱気を含んだ強風が、窓を揺らす。
ひゅう、がたがた。
読書に集中したくとも、その音がやけに耳について、できなかった。シリウスを誘ってチェスでもしようか。そう考えた矢先、こんこんと戸が叩かれ、は思わず身を強張らせ、ベッドから跳ね起きた。

「はい?」
、来てくれないか。バックビークが怪我をしたんだ」

声の主は、シリウス。しかしは眉をひそめた。
バックビークが怪我?バックビークは処刑されたことになっているから、外に出したことはない。なのに、傷を負ったとはどういうことだろう。
疑問を抱きつつ、まずは状況を確かめようと、は立ち上がりドアを開けた。

 

「たぶん、クリーチャーだろう」

シリウスはヒッポグリフの脚に布を巻きながら言った。バックビークは心なしか腹を立てているように見えたが、大人しく手当てを受けていた。怪我とはいうものの、それほど大したものではなかった。軽い切り傷のようだが、放っておくと化膿しそうなので、薬を塗る。

「クリーチャーが?一体、どうして」

そういえば、最近そのしもべ妖精はあまり姿を見せない。

「さあ。癇癪を起こしたのか、俺への嫌がらせか。あいつの考えていることはよく分からない」

シリウスは冷ややかに言う。

「分かりたいとも思わないが」

    シリウスは、いつもそうだった。ブラック家に関わることを話す時は、いつも、こうやって冷たい瞳をする。まるで自分とは関係ないという風に、第三者的に。
そうだろうか。本当に、クリーチャーがバックビークに怪我をさせたのだろうか。一体、何のために?シリウスがクリーチャーを疎んでいるから、そう言っているのか。
彼がバックビークに布を巻きつけているのをぼんやりと眺めていると、銀の物体が飛んできてはっとした。

「パトローナス……セブルスから?」

がぽつりと言うと、シリウスは顔を上げてしかめた。

「何だって?」
「アンブリッジの襲撃を受けてハグリッドが逃亡……マクゴナガルが負傷、聖マンゴへ!?」

は声を荒げた。何ごとかとバックビークがきゅうと鳴く。それも耳に入らずに、頭に血が上っていった。どうやら、マクゴナガルはアンブリッジら魔法省の人間に失神術を受けて倒れたらしい。なんということだろう。アンブリッジのやりたい放題ではないか。ホグワーツを離れるべきではなかったのかもしれない。マクゴナガルを負傷させるなんて、許せない。
が怒りを噛み締めていると、手当てを終えたシリウスが立ち上がった。

「失神術なら大事はないと思うが    ホグワーツが心配だな」

本当だ。ダンブルドアの不在の上に、マクゴナガルやハグリッドまでいなくなってしまっては、ホグワーツはアンブリッジの、魔法省の思うがままになってしまう。

「セブルスは、ダンブルドアにも知らせたでしょうね」
「そうだな。ともかく、もうしばらくしたら皆帰って来るだろう。下で待とう」

シリウスはぽんとの肩を叩く。本当なら、すぐにでも聖マンゴへ行きたかった。ハグリッドが無事か確かめたかった。けれども、勝手な行動はできない。シリウスは、その悔しさを察してくれているのだろう。彼も、いや、彼の方が、ずっと歯痒く辛い思いをしているというのに。

    風の音が、やけに耳についた。

 

やがて、リーマス、トンクス、ムーディ、キングズリーが本部に戻って来た。モリーが不在だったので、が食事を振舞う。
その最中も、は心が落ち着かなかった。マクゴナガルは、ハグリッドは、無事だろうか。
そして、再びセブルスのパトローナスが、やって来た。

「セブルスは、なんて?」

後片付けを終え、が尋ねると、トンクスが答えた。

「それが、変なの。シリウスはここにいるのか、無事なのか、って。至急返答求む、ってさ」

は眉をひそめる。他のメンバーも当のシリウスも、皆同じように眉根を寄せていた。

「ともかく、至急と言っているのだから、返事を送ろう」

リーマスが杖を取り出し、掲げた。

 

それからしばらくの後、再びセブルスから連絡があった。

「なんだって!?」

パトローナスを受け取ったリーマスが声を上げる。その緊迫した様子に、誰もが顔を強張らせた。

「……ハリーたちが、神秘部に向かったかもしれない」
「「えっ!?」」

皆口々に驚愕の声を漏らす。

「どうして!?」

シリウスが問うと、リーマスは呆然と答えた。

「ハリーは、シリウス……君が神秘部に囚われていると勘違いしたようだ。ヴォルデモートの罠だろう」
「なるほど。ポッターに、シリウスが囚われている映像を送ったわけだな」

ムーディはぽつぽつと独り言のとうに呟く。

「早く助けに行かないと!」

トンクスの声に、シリウスが大きく頷くと、ムーディが首を横に振った。

「シリウス、お前は駄目に決まっておろう」
「いや、マッド・アイ、私も行く。ここでじっとしているわけにはいかない」
「正気か?指名手配されておるのを忘れているわけではなかろう?」
「大丈夫だ、見つからないようにする」
「しかし!」

ムーディが叫びかけた時、トンクスが「ちょっと!」と2人を制した。

「言い争ってる場合じゃないでしょ!行くなら早く!」

リーマスも、腕を組んで神妙な面持ちをしていたが、トンクスの言葉に頷いた。

「行こう、マッド・アイ。シリウスは、こうなっては譲らないよ。なんとしてでもついて来るだろう。それに、今は少しでも戦力が欲しい」

リーマスに諭され、ムーディはむうと唸る。

「しかし、誰かがここに残らねばならん。ダンブルドアへの言づけをしなければ」
「それは、に頼む」

シリウスの言葉に、は目を丸くする。自分の行くつもりでいたは、驚いて我が耳を疑った。

「冗談でしょう?私も、行く」
「いや、駄目だ。恐らく、死喰い人か、もしかするとヴォルデモートとの戦闘になるかもしれない。そうなったら、フィンスターの影響が」
「それは、大丈夫だってば」
「分からないだろう?」
「少なくとも、シリウスが見つかる可能性よりは低いでしょう?」
「すまない、先に行ってくれ」

シリウスがリーマスたちに言うと、彼らは眉を寄せながらも頷き、屋敷の外へ出て行った。

「待ってよ……冗談でしょう、シリウス。リーマスが少しでも戦力が欲しいって、言ったじゃない」
「だから俺が行くんだろう。頼む、分かってくれ。嫌なんだよ、俺は。お前があの時のようになるのは」
「フィンスターはもう死んだんだって。ずっと何の影響もない。奴の声も聞こえないし、意識も感じない」
「なら、ヴォルデモートが復活した時に倒れたのは何故だ?フィンスターが死んだと、100パーセントの保障はないだろ」
「私の身体なのよ。私が一番よく分かってる」

は声を上げ、何度も首を振った。歯痒かった。どうして分かってくれないの?どうして止めるの?力に、なりたい。ハリーたちに危機が迫っているのに。この身体に流れる闇の力は、こういう時にしか使えないのに。

「私も行く    もし、ここで、誰かに何かがあったら、……」

ハリーたちに、子供たちに、騎士団のメンバーに、リーマスに、シリウスに、もしものことがあったら。
そう考えただけでも、ぞっとした。もう誰かを失うのは嫌だ。もう見ているだけなんて、嫌だ。
食い下がりそうにないを見、シリウスは軽く息を吐いて、杖を取り出した。

「仕方ない」
「え、ちょっと……シリウス」

シリウスは杖を上げ、真っ直ぐに向けた。

「もっとも、お前のことだから譲らないだろうとは思っていたが」

独り言のように、シリウスは言う。は状況が呑みこめなかった。
シリウスが、私に、杖を向けている?

「ちょ、っ」
「すまない」

そう素早く言って、シリウスは「ステューピファイ」と唱えた。頭が混乱していたこともあったし、さすが、シリウス    呪文を唱えるのが速かったので、は杖を出す暇がなかった。赤い光線が、を直撃する。
視界が歪む。シリウスが腕を下げるのが見えた。
しかし、意識はそこで途切れ、は倒れた。

 

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08/1/18