「あ、……はい」
が校長室に整理した書類を運んで行くと、ダンブルドアにそう呼び止められた。
「それならば、どうじゃ?これから、わしと」
もちろんですと答えると、ダンブルドアはにこりと微笑を返した。
先日のマクゴナガルの紅茶はレモングラス風味だったが、ダンブルドアが淹れてくれた紅茶は、まさにレモンの味だった。つんと口の中に広がる酸味に顔を歪めてしまうが、さっぱりとして美味しい。
「
目を上げると、ダンブルドアの視線とぶつかった。
「、君は……シリウスがジェームズを裏切ったと考えておるかな?」
心臓がどくんと音を立てる。いきなりそんな言葉をぶつけられるとは思わなかった。
けれど、胸を落ち着かせ、自分の本心をはっきりと告げた。
「私は、……そうは思いません。シリウスが裏切るなんて、そんなこと、絶対に」
ダンブルドアはどう考えているのだろう。は、そう思いながら言葉を紡いだ。ハグリッドでさえも、シリウスがヴォルデモートにジェームズたちを売ったと思っているのだ。
「それは主観的な考えではないのかな」
ダンブルドアはちらり、とが首から提げたものを見やる。
「……主観的に考えても客観的に考えても、私はそう思います」
「どういうことかね」
「シリウスは、……言っていたんです。親友に死なれるくらいなら自分が死んだ方がましだ、って」
急に胸から何かが込み上げてきて、は言葉を切る。『シリウス』『死』
が俯くのを見て、ダンブルドアは苦笑いのような笑みを浮かべる。
「わしも、信じておるよ」
は顔を上げ、本当ですかと尋ねた。
「でも、先生は」
シリウスが秘密の守人であったことを証言したではないか。
は口を噤んだ。彼を責め立てるような言葉は、あまり口にしたくはなかった。
「
考えが見透かされていたのに驚き、は眉根を寄せた。
「それは、事実じゃ。裁判ではわしの主観的な意見は通らん。じゃが、わしはシリウスが裏切ったとは思うておらん。シリウスについて、もっと調査をおこなうべきじゃった」
ダンブルドアは無念そうに肩を落とす。
彼の生徒が3人も亡くなった。彼も、相当のショックを受けているのだろう。シリウスが守人であったことは事実。リーマスと同じように、戸惑いもあったに違いない。も、あの夜、去るシリウスに会っていなければ、疑心を抱いていたかもしれない。
でも。あの夜のシリウスの瞳は、本当に2人の死を悲しむものであった。それに、彼の性格や今までのことを考えれば、彼がジェームズを裏切るなんてありえないことだ。
「すまない、」
突然、頭を下げたダンブルドアに、は目を丸くした。
「先生、」
「すべて、わしのせいじゃ」
ジェームズとリリー、ピーターが死んでしまったこと。シリウスがはっきりとした証拠なくアズカバンへ送られてしまったこと。
最高の魔法使いと謳われておいて、彼らを助けることができなかった。
ダンブルドアの無念さが、彼の下げた頭からひしひしと伝わってきて、も堪らない気持ちになった。
「先生、顔を上げて下さい。私、先生には、とても感謝しているんです」
ダンブルドアはゆっくりと顔を上げた。ブルーの瞳が潤んだようにきらりと輝いていた。
「もし先生が私をホグワーツに呼んでくれなかったら、私に居場所はなかった。それに、みんなとも出逢えなかった。そのきっかけをくれた先生に、言い尽くせないくらい、とても感謝しています。こうして今も、私に居場所を与えてくれている、……」
幸福と不幸は表裏一体だと、は思う。確かに、辛いこともあった。大切な人々を失ったことは、身がちぎれるほど悲しい。けれども、彼らとの思い出はかけがえのないもの。ずっと失われることのないもの。尊いもの。
でも。もしあのままマグルの学校に行っていたら?みんなとは、出逢えなかった。親友はおろか、友達さえできなかったかもしれない。
そう。そうだ。もしヴォルデモートがいなかったら、ジェームズたちは死なずに済んだ。けれども、ヴォルデモートがいなかったら、今の私はここにいないかもしれない。の家系の者たちも死喰い人になどならなかった。フィンスターが家にやって来ることもなかった。両親も死ななかった。ダンブルドアやハグリッドと出会うことはなかった。それ以前に、父が家を抜け出さずに済み、母と会うこともなかったかもしれない。
きっと、運命が巡りめぐって、今の私があるんだ。だから、それを呪っても仕方がない。
それまでのキセキを噛み締めながら、生きてゆくべきなんだ。
定められた運命ではなく、歩んでゆくための運命。
「
ダンブルドアが口を開き、は我に返った。
「居場所は、自分で見つけ、作るものじゃ。わしはそのきっかけを与えただけに過ぎん」
「先生」
「ここで最愛の友を見つけたのは、、他ならぬ君自身じゃ。今ここで働くことを選び、毎日を過ごしているのは君自身じゃ。だから、自分の歩んでいる道に、自信を持ちなさい」
は微笑した。
「先生だって、そうです。先生の歩く道を、誇って下さい。先生の道が、先生の温かい存在が、私を……私たちを、励ましてくれているんです」
ダンブルドアは一瞬驚いたように目を丸くしたが、やがて笑みを広げた。
「ありがとう
またティータイムを共有することを約束し合って、は部屋を去った。
彼女を励まそうと茶に誘ったのに、結局励まされてしまった。
わしの道、か。
百年と生きてきて、時に迷うことがある。道を踏み外してしまったのではと恐れる時もある。けれど、自分の歩んできた道は間違いではなかったと、感じた。
これからも、ひとりでも多くの人に笑ってもらえるように。
そのために進んでいこう。
きっと、その跡にできるのが自分の道なのだから。
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08/1/7