今はただ動いていたかった。止まりたくはなかった。立ち止まれば思い返してしまうから。
けれども、溢れる思いは止められなくて、時折洪水のように胸の中を荒らしていく。
それが去ることを、ただじっと耐えることしか今の自分にはできなかった。
けれども、私には、耐え抜けるその場所がある。

 

「おお、すまなかったな、

大きな包みを渡すと、ハグリッドは歯を見せてにっと笑った。彼は包装紙を開けて中身を確認すると、大きく頷く。ホグズミードでしか売られていない、その中身の買い物をは依頼された。

「そう、そう。これだ。ファングの奴、腹壊しちまうとこれしか食べねえんだ」
「ファングは、大丈夫なの?」

机の下でぐったりと寝そべっている巨大な犬を見て、は尋ねた。

「ああ、心配はねえ。食い過ぎだ。単なる、な」

再び肉をくるくると紙に包み、ハグリッドは言う。
犬。大きな犬、……。

「どうだ?。折角だから、茶でも」

危うく妄想に引き込まれそうになったを、ハグリッドが引き戻してくれた。
うんと答えると、彼はよし、とウインクを返した。

 

「ホグズミードはどうだった?」

ハグリッドが淹れてくれたハーブティーを啜る。奇妙な香りがしたが、味は悪くはなかった。

「だいぶ落ち着いてきたみたい」
「そうか……そうだな    あれからもう半年、か」

ハグリッドは噛み締めるように呟いた。
ヴォルデモートが力を失い、逃亡して、暗闇の時代が終わってから、6ヶ月。
そして     ジェームズとリリー、ピーターがこの世から去って、シリウスが投獄されてから、1年の半分が過ぎた。早いものだ。毎日が目まぐるしく、空虚に過ぎてゆく。

「でも、魔法省は相変わらずごたついてるようだな。死喰い人の処刑に手を焼いてる、とか」

も一度、死喰い人の裁判をダンブルドアと傍聴しに行ったことがあった。彼の証言がなければの身も危うかったことを、その時に改めて痛感した。フィンスターに意識を奪われていた時、想像以上に多くの人間をこの手にかけたらしい。
償いたい。けれども、どうやって?私の意志ではなかったのに。それでもやはり、この身体が犯した罪。見て見ぬふりはできない。
いや。もうその罰は充分過ぎる程受けたのではないか。もっとも大切だったものが、奪われてしまったのだから。

    ともあれ、その裁判は、苛立ちを隠すことができないものだった。死喰い人は皆、『帝王に無理矢理脅されて』とか『服従の呪文を掛けられて』だとか、見え透いた嘘を吐く。だが、それを偽りだと断言できる証拠がない。故に保留にされる判決が多かった。
しかし、ヴォルデモートが失脚してもなお、忠実に彼の意志に従い続けた死喰い人もいた。その中でも目立っていたのが、レストレンジ。ロドルファスとベラトリックス夫婦は、フランクとアリスを拷問し、ヴォルデモートの居場所を吐かせようとした。正気を失ってしまったフランクとアリスは、聖マンゴ病院に入院することになったが、容態は良くない、という。レストレンジらはアズカバンに送られたが     怒りと悔しさは、消えなかった。

「死喰い人なんて、みーんなアズカバン送りにしっちまえばいいのに」

声を荒げたハグリッドに、は我に返る。

「シリウス・ブラックのように」

ハグリッドはの様子を窺いつつも、嫌悪の色を込めはっきりと言った。彼のように、シリウスがジェームズとリリーを裏切り、ピーターを殺害したと信じ込む者は多い。初めからずっと、帝王のスパイだった、と。いや。そう考える者がほとんどだった。
けれども、はどうしてもそうは思えなかった。シリウスがどれほどジェームズたちを大切に思っていたのか、分かっているから。彼は絶対に、友を裏切るようなことはしない。
     けれども、どんなにそう訴えても、耳を傾ける者はいなかった。確固たる証拠がないから。自分ひとりの意見だけでは、ちっぽけすぎるものだった。

「まったく、俺があの時奴にハリーを渡してたら、どうなってたか」

ハグリッド。もう、やめて。シリウスとジェームズの仲を、はっきりと知らないくせに。
危うく出掛かった言葉を、怒りと共に呑み込む。代わりに別のことを口にした。

「……ハリーは、無事にリリーの妹のところ、だよね」
「ああ。しっかり預けた」

リリーの妹。たしか、ペチュニアというんだっけ。は記憶を探った。彼女とは、エバンズ家へ遊びに行った時に会っている。挨拶をしても、むっつりとした表情で応えてくれなかった女の子。
彼女が、ハリーを預かる?大丈夫だろうか。けれども、リリーの血縁者ならば心配はないだろうと、ダンブルドアが言っていた。リリーの残した犠牲のしるし。そのお陰で、ハリーは生き残った、……。

「どうだ?もう一杯いるか?」

再びハグリッドの言葉にはっとする。空になった自分のカップを見やり、は首を振った。

「ううん。そろそろ、戻る」
「そうか」

が立ち上がると、ハグリッドも腰を上げる。

「お茶、ありがとう」
「いや。    また、な。いつでも来いや。今度は茶菓子でも用意しておく」

は曖昧に笑い、頷く。
きっと、彼なりに気を遣ってくれている。
彼の真っ直ぐな気持ちは、分かっているんだ。
ただ、それが少し、辛いだけ    

 

 

外に出ると、日が傾きかけていた。オレンジ色に染まる丘。こんなに美しい色があるんだというほど、神秘的な光景だった。草原や空が燃えているような。
そういえば、あの時も。シリウスと別れたあの日、ホグズミードの部屋からも、こんな空が見えたっけ。あの時は、ただ彼の無事を願って、別れた。それがまさか、こんなことになるなんて    

思い出したことを、は激しく後悔した。胸がぎゅうと縮こまる。
堪らずに、首に下げたリングを握り締めた。
こうすると、ほんの少しだけ、気持ちがすっと鎮まってゆく。

「……信じてるから、ね」

そう呟いた声が、どうか風に乗って、彼のもとに届けばいいのに。

 

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08/1/7