「そういうの、本人に聞いた方がいいんじゃないか?」

ブラックは迷惑そうに言った。

「ええ。でも、リーマスはきっと、絶対、『うん』とは言わないと思うから。たとえそうだったとしても」
「……確かに」

ブラックは、空き教室の椅子に腰掛けて、右肘を机の上につき、その上に顎を載せた。

「なんで、リーマスはリリーが好きなんだ、って思ったんだ?」
「なんとなく……リーマスの表情とか、アナタの顔とか」
「俺の?」
「だから、聞きたかったの。アナタがどう思ってるかって」

うーん、と唸って、彼は今度は腕を組んだ。

「正直、さ    ジェームズがリリーを好きになる前から、リーマスはリリーが好きなんじゃないか、って思ってたんだ。リリーも、はじめはジェームズのこと嫌ってて    知ってるだろ?でも、リーマスにだけは好意的だった。だから、あの2人はよく話してて……ジェームズじゃなく、リリーはリーマスと付き合うことになるかも、って思ってた」

ずっと一人で思い描いてきたことを語り出すように、彼は慎重に続けた。

「でも、ジェームズがリリーのことを好きだって俺たちに言った時、リーマスは素直に『応援する』って言った。今もそうだ。あの2人が付き合ってるのを見守ってる。本当のあいつの気持ちは分からないけどな。それに、あいつは    後ろめたいことがあって、    あいつが勝手に思い込んでるだけで、俺たちはそうは思わないけど    そういうことがあるから、誰かを好きになるとか、そういうことはないのかもしれない」
「狼人間だから?」
「そう…………って、なんで知ってるんだ?」

ブラックは腕を解き、身を乗り出した。迂闊に口にしてしまった は、内心で唇を噛んだ。ポリジュース薬で、実際にここにいる子に変身するんじゃなかった。『この子』は、後で彼に何か言われてしまうかもしれない。

「……私、ここの人間じゃないの」
「はあ?」
「ポリジュースで変身してるだけ。だから、この子には後で何も聞かないでね。知らないと思うから」
「ちょっと待てよ。なら、あんたは何者なんだ?」
「通りすがりの者です」
「リーマスとはどういう関係なんだよ」
「どういう関係でもありません」
「好きなんだな、あいつのこと」
「そういうわけじゃない」

ちがう。ちがう、ちがう。

「あいつ、いいやつだから……だからさ、そうやって、簡単に諦めないでほしいんだよ」

この人が本当に、13人もの人を殺し、アズカバンに入れられ脱走した、あのシリウス・ブラックだろうか。どこからどう見ても、容姿端麗の、友達思いの、わりとクールな少年にしか見えない。
『いいやつだから』。    そんなこと、分かってるよ。

「……ありがとう。ごめんね、変なことを聞いて」
「え?いや、ちょっと」

は、彼に引きとめられる前に、早々に部屋を退散した。

 

「あのね、ホグズミードに、マグルの商品を扱った小さな店があって、そこにレコードがひとつあったんだ」

リーマスは胸を弾ませながら、正方形の包みを抱いてやって来た。

「なんのレコード?」
「ラフマニノフ」
「ラフマニノフ!」

はリーマスからレコードを受け取り、月明かりに照らして文字を読んだ。

「『ピアノ協奏曲』ね。第2番の2楽章……私、すごく好き、これ」
「どんな曲?」
「きれいな曲。はじまりは静かで、ロマンチックで、でも少しずつ盛り上がっていくの。ピアノの音色と、ヴァイオリンの音の調和が、すごく身に染みるの」
「へえ……プレーヤーがないから聴けないのが残念だなあ」

は、ピアノの前に立ち、簡単にピアノ部分の旋律を弾いて聴かせた。

「ラフマニノフのピアノ協奏曲は、他にも良い曲ばかりよ。機会があったら聴いてみて」
「うん、そうする」

微笑むリーマスに、は実はね、と切り出した。

「この前、ダンブルドアに透明の呪文をかけてもらって、昼間の校内にでかけたの」
「えっ、本当?」
「うん。リーマスも見つけたよ」
「ええっ?僕、おかしなことしてなかった?」
「ううん。友達も、見たよ。ジェームズ、シリウス、ピーター。……それに、リリーさん」
「ああ、リリー。彼女も友達だよ」
「……ジェームズと、付き合ってるんだって?結構話題のカップルなのね」
「そうだよ。秀才で人気者同士だからね」

リーマスの様子には、何の動揺も含まれてはいなかった。ただ、友人同士が付き合っているんだ、という何でもない口調。けれど、だからこそ、その裏には何か隠されているのではないか、と思ってしまう。

「ジェームズは、チェリーパイって騒いでたなあ」
「すごくよく食べるよ、ジェームズは。今度、見てよ。呆れるくらいすごいから」

うん、と笑って答えたけれど、もうその機会はないだろう、と思った。
もう、昼間のホグワーツに出かけていくことはないだろう。

「あのね……リーマス。もう、ここには来ない方がいいと思うの」
「え、どうして?」

リーマスは、大事そうに抱えていたレコードをソファの上に置き、尋ねた。

「見つかったら大変だし」
「大丈夫だよ。秘密道具もあるし」
「でも、万が一、っていうこともあるよ」
「……迷惑だった?それなら、帰るよ」
「ううん、……」

そうじゃない。けれど、『そうだ』と答えられればどんなに良かっただろう。

「リーマスは、……どうしてここに来るの?」
「もっと音楽の話がしたいからだよ。君のピアノが聴きたいから……音楽が、すごく良いものだ、って気づいたから。    久しぶりなんだ。初めてかもしれない。こんなに、何かに感動したことは」

リーマスは、ピアノを見つめながら言った。

「迷惑だったなら、ごめん。でも、もしそうじゃないなら、またここにピアノを聴かせてもらいに来たいんだ」

だめ、と言いたい。迷惑なんだよ、と。
でも。でも、私だって、リーマスと音楽の話をしたい。リーマスに会いたい。

『好きなんだな、あいつのこと』。

そうかもしれない。こんな風に思ったのは、生まれてはじめて。
恋愛することに傷ついて、疲れて。今も、そう。リーマスがリリーを好きなのかもしれないと知った時、リーマスに恋人がいるかもしれないと考えた時、胸が痛んだ。けれど、この痛みは、昔負ったあの鋭い痛みではなくて、温かくて、切ないもの。

そうか。
    これが、恋なんだ。

「うん、……ありがとう」

たとえ、今のリーマスが私のことを忘れてしまっても。
帰ったら、ルーピンとたくさん、話をしよう。
胸に抱いたこの感情は、掻き消さずに。

 

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07.10.27