自身も、彼が憶えていてくれて嬉しい、と思っていた。あの夜、あのできごとを。
けれど。それから17年、彼が言った通り、彼の身に降りかかったことは辛いことばかりではなかったろうか。親友、ジェームズ・ポッター、ピーター・ペティグリューの死。彼らを裏切ったシリウス・ブラック。
そして、
彼がときどき、寂しげな、哀しげな瞳を見せるのは、そのせいか。
嬉しそうに、親友たちのことを語るリーマス。あの表情、きっと、彼らのことがとても大切だったのだろう。
今は、独り。彼ひとりが、ここにいる。
私には、何ができるだろう。
それでも。もう二度と人を愛することができないとさえ思い詰めた私が、恋をすることができた。
だから、がんばってみよう。
彼が、私と出逢ったことがきっかけで音楽を好いてくれたのは、紛れもない事実なのだから。
生徒たちがもっとも楽しみにしている週末
その前日の授業は、生徒の間にはどこか落ち着きのなさが漂っていて、教師はいつも苦労をしていた。
はしゃぎながらホグズミード村へ向かってゆく生徒たちを見ていると、「」、と声をかけられた。振り返ると、ルーピンが立っていた。
「これから、何か予定はあるかい?」
「いいえ」
「それなら、頼みがあるんだ」
「私にできることなら、何でも」
そう答えると、ルーピンはにっこりと笑った。
「なら、ついてきてくれるかい?」
校庭に出て、暴れ柳のふもとに来た時、とうとうは「どこへ行くんですか」と尋ねたが、ルーピンは笑って「いいから」と答えるだけだった。その柳のふもとは、驚いたことに通路に繋がっており、薄暗いそこを通り抜けると、古びた屋敷の中に出た。
「叫びの屋敷。聞いたことはあるだろう?」
ホグズミード村のはずれに立っている屋敷。その名の通り、悲鳴が聞こえるため、幽霊屋敷と考えられ、ここへ近づこうとする者は誰もいなかった。
「幽霊の正体は、私さ」
人狼化したルーピンが、学生時代、ここで過ごしていたという。
こんな、古くて、埃っぽいところに、独りで。
「すまないね、こんなところに連れてきてしまって」
でも、とルーピンが案内した部屋の中には、グランドピアノが置かれていた。
「君のピアノが聴きたかったんだ。使えるかな、そのピアノ」
埃を大量に被っているが、鍵盤を叩いてみるときちんと音は出たし、音の乱れもなかった。大丈夫そうですよ、と告げると、ルーピンは杖を取り出し、ピアノの汚れを払った。
「それじゃあ、この前のスコーンのお礼に。リクエストは?」
「任せるよ」
はピアノの椅子の埃を払い、ルーピンはソファを叩いて腰掛けた。
小さな演奏会。演奏者は一人、観客も一人。けれど、には充分な舞台だった。
奏でた曲は、ランゲの『花の歌』。春の陽気が漂う今にぴったりの曲だと思い、その曲を選んだ。
丁寧にリズムを刻み鍵盤を叩き、音を奏でてゆく。途中、曲の最高潮のパートが、は好きだった。左手の和音と、右手のオクターブのハーモニー。もう少し手が大きければ、もっと優雅に、壮大に奏でられるのに、と思ったけれども、自分の持てるすべての力を込めて、弾いた。
「すばらしいね。きれいな曲だ。もしかして、『花の歌』かな?ランゲの」
曲が終わると、ルーピンは手を叩いた。
「そうです」
「そうか。勉強したんだよ、いろいろと」
得意気にルーピンが言ってみせるので、は笑った。
「ルーピン先生は、何か楽器をやられるんですか?」
「いや、
「えっ?」
「リーマス、で構わないよ。昔もそうだったろう?」
「そう、ですけど……」
「君にとってはこの前のことだろう?」
そう、だけれども。
は、白黒の鍵盤を見つめ、そっと息を吐き、呟いた。
「リーマス」
彼に視線を向けると、笑顔を向けてくれていた。
この笑顔が、好きなんだ。
「ああ、そうだ。リクエスト、思いついたんだが、いいかな」
「紅茶一杯で、手を打ちましょう」
「いくらでも出すよ、それじゃあ」
笑い合い、リーマスは言った。
「英雄ポロネーズを」
は頷き、鍵盤に手を載せた。
彼が笑ってくれるのなら、なんだって。
ああ、きっと、これが恋のちからなんだ。
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07.11.18
♪『花の歌 ランゲ』
調律してないんじゃという突っ込みは、魔法によって解決されるということで(苦笑)