新しい教師がやってくる。そこには何の感情も湧いてこなかった。ただ新しい教師が来るのだ、と。そしてその手伝いを私がするのだと。それだけの思いしか、は持たなかった。

 

 大きな扉から入って来た人物を、は見つめた。ダンブルドアとマクゴナガルと握手を交わす男性。
 彼が、リーマス・ジョン・ルーピン。新しい『闇の魔術に対する防衛術』の教師。
 ルーピンは、「お久しぶりです」とマクゴナガルの手を取った。普段は凛々しく眉を上げているマクゴナガルも、嬉しそうに目を細めている。
 ルーピンはホグワーツの生徒だったという。スネイプの同級生だったとダンブルドアが言っていたから、年齢は30代だろうか。しかし、顔色は健康的とは言えず、服装も手を凝らしているとは言い難かった。くたびれた様子が年を感じさせる。じつは貧しい生活を強いられていたなど、何か大変な経験をしているのかもしれない。
 けれども、ルーピンの笑顔には若々しさも残っている。
 それに、綺麗な目、……。
 穏やかで落ち着いた雰囲気に、はひとまず安堵した。スネイプのような無愛想な教師であれば、正直なところ、少しやりにくい。おそらく、当たり障りのない関係を築くことができるだろうと思った。

 ふと、ダンブルドアがに視線を向けた。

「リーマス。こちらが君の準備を手伝ってくれる、じゃ」
「えっ?」

 ダンブルドアの言葉に、ルーピンがあからさまに驚いた表情を見せたので、は途惑った。ルーピンはしばらくをじっと見つめていたが、やがて何かを会得したように頷き、微笑んで、に向き直って手を差し出してきた。はその手を握り返す。

「リーマス・ルーピンです」
です。はじめまして」
   ああ、はじめまして。よろしくお願いします」

 ルーピンの表情には何か不思議なものが含まれているような気がして、は少し落ち着かなかった。私の顔に何かついているのかな、と鏡を見に行きたい衝動に駆られる。しかし、ルーピンは何事もなかったかのように、ダンブルドアとマクゴナガルとともに雑談をはじめたので、は彼らのやり取りを笑みを作って聞くことに徹した。

 

「ここが、ルーピン先生の事務室です」

 扉を開け、そう説明すると、ルーピンは眩しそうに目を細めた。机と椅子、棚以外には何もない、まだ殺風景な部屋。

「私の事務室、か。まさかホグワーツで教えることになるなんて」
「ルーピン先生も、ホグワーツの出身なんですよね。卒業はいつだったんですか?」
「ええと、……16年ほど前、かな」

 16年。その頃はまだ、私は入学してなかったなとは思った。

「スネイプ先生とは同級生だと聞きました」
「ああ、そうだね。セブルスとは知り合いだよ。今回も世話になる」

 ルーピンは意味深げに微笑んだ。そして、大きなスーツケースをいくつか部屋に運び入れる。もそれを手伝い、中身を空の棚に配置していった。本、授業に使う道具、ローブ、……。
 ふと、何枚かレコードが入っていることに気がついた。は手を止め、それを眺める。

「ルーピン先生、音楽を聴かれるんですか?」

 ルーピンは作業を中断し、を振り向く。

「ああ、好きなんだ。ほら、これもある」

 ルーピンはそう言って、一際大きなスーツケースを開ける。その中には蓄音機が入っていた。古いものだったが、傷や汚れなどはなく、大事に扱われていることがわかる。

「すごい!蓄音機ですか。素敵ですね。私も欲しいなと思っているんです」
「そうか」
「私も、音楽がとても好きで」
   へえ。たとえば、どんなものを?」
「よく聴くのは、クラシックと映画音楽とジャズです」
「そうか、……私と趣味が合いそうだね」

 にこりとルーピンは微笑む。そしておもむろに、蓄音機を机に載せ、一枚の大きな黒い輪をその上に載せた。
 綺麗だけれども、どこか物悲しいヴァイオリンの音が静かに聴こえてくる。やがて調和するのは、静かなピアノの演奏。それはしだいにしっとりと力強く、位置を確保してゆく。そして、ヴァイオリンとのハーモニー。美しく、ゆるやかに盛り上がっていく音楽。鳥肌が立った。

「ショパンの『ピアノ協奏曲の第一番』、ですね」

 そう、とルーピンは笑み、区切りのついた音楽を止めた。

「私、この曲、とても好きなんです」

 ルーピンは頷いて、レコードをしまった。

「私もレコードプレイヤーを持っているんですけど、相当古いものなので、壊れてしまうのが怖くてあまり使っていないんです。普段はCDプレイヤーで聴いているんですけど、でもやっぱり、レコードのほうが良いですね」

 祖父から貰った蓄音機は、大切に取ってある。今でも時々、たとえば気分が沈んだ時など、取り出してレコードを聴くことがあった。
 CDの音質は、確かに良い。でも、レコードの音の方が、ははるかに好きだった。CDの音は機械的に整えてあって綺麗。けれど、その分無機質にも聴こえた。レコードは、ノイズが入っていることもあるし、古めかしいと言う人もいるが、それが味があると思っていた。音に温かみがある。

「今もたまに、コンサートに行くことがあるんですけど、……生演奏もとても素晴らしいです」
「そうだろうね」

ははっとして、目を伏せた。しまった。好きなことの話、とりわけ音楽の話になると、夢中になってしまう。初めてあった人間に、こんなに熱っぽく語られては、ルーピンも迷惑に思っただろう。

「すみません……つい」
「いいや。私もいつか、コンサートに行ってみたいと思っていたんだ。やはりこの耳で実際に聴くのが一番だろうからね」

ルーピンの言葉に、反省の念はあっという間に消えた。それなら今度ご一緒しませんか。そんな言葉が頭に浮かんできたが、消した。会ってすぐの男性を誘おうとするなんて、どうかしてる。

「私は、ある人の影響で音楽が好きになったんだ。もちろん、それまでは人並みに好いてはいたが、人並み以上に音楽を好きになって、音楽の素晴らしさに気がつくことができたのは、その人のお陰でね」

ルーピンは、昔を偲ぶように語った。
は素直に嬉しい、と思った。同じく音楽を愛する人間が、同じ職場にいることが。ダンブルドアもフリットウィックもマクゴナガルも音楽を好いてはいたが、マグル出身ではないため、マグル界の音楽やレコードには詳しくなかった。ルーピンはマグルとして生活していたから、マグルのことも知っている。
彼は、本も好いているようだった。マグル界のタイトルの本もいくつか目についた。

彼とは話が合うかもしれない。
しかも、大好きな音楽について。
でも、近づいてはならないと、の中の本能が声を上げていた。

さん?ああ、彼女は私にやたらと近づいてくるが、私のほうは興味がないんだ。迷惑していたところさ。でも、同じ職場の人間だし、邪険に扱うわけにもいかない。困ったよ。

いつかそう言われるのではないか。嘲笑的な表情で。

怖い。それは嫌だ。ルーピンがその言葉を口にする想像をして、全身に鳥肌が立った。
それに、    次に好意を抱いた人にそんなことを言われたら、    きっと、ぜんぶ、壊れてしまう。

やはり、今までのように適当に距離をあけて付き合っていこう、と思った。

 

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07.9.15
♪『ピアノ協奏曲 第1番 第2楽章 ショパン』
映画アズカバンの影響をめちゃ受けてます。ルーピン、初授業でレコード聴いてましたよね。そんなお茶目でどこかワイルドなルーピンを織り交ぜつつ。いつか話にしてみたいと思ってました。