駅へ向かって駆けていくと、その途中でブルーの髪の女性に出会った。彼女はの姿を見て、もともと大きな目がさらに大きくなった。

「どうして」
「さ、戻って戻って。リーマスとパーティ、行って」

 

「リーマスは、やっぱり、あなたのことが好きなんじゃないかと思ったの。だから」
「あなただって、リーマスのこと、好きなんでしょ?」

トンクスの問いにどきりとしたが、は平然と首を横に振った。

「まさか。同僚だって、言ったでしょう」
「うそ」
「それと、同じ音楽愛好者っていうだけ。音楽好きとして、リーマスには幸せになってもらいたいから」

この10年。親友が死に、裏切ったと思い、どれほど彼は苦しんだろう。そして、狼人間としての、月に一度の苦痛は消えることはない。彼の痛みは計り知れない    だから、幸せになってもらいたかった。

「ほらほら」

はトンクスの背中を押し、引き返らせた。トンクスは抵抗したが、が説得すると、ようやく渋々と来た道を戻って行った。トンクスは何度もちらちらとこちらを振り返ったが、はまっすぐに目の前を見て歩いた。

 

何も得られなかったわけじゃない。だから、彼を好きになって、良かったんだ。
これで、きっと、これからも恋愛ができる。だから    

でも。でも、ほんとうに、リーマス以上に好きになれるひとが、現れるだろうか。

そう思いついた時、無性に胸が締めつけられた。涙が零れそうになるのを堪えると、顔が不自然に引きつっているような気がした。
トンクスにも、リーマスにも、明るく振舞ってきた。けれど、それはほとんど、建前。本当は、リーマスのことが大好きだった。もっと一緒にいたかった。もっと話をしたかった。会えるだけで良かった。だけど、結局、『善い自分』を演じてしまった。
恋愛下手だなあ、私。でもしょうがないよね、うん。初恋だったから。私の中での、初めての真剣な恋。初恋は実らないってよく言うし。そのとおりだったんだ。
だから、いいの、これで。きっと、リーマスも、……幸せになってくれることだろう。
ありがとう、リーマス。すてきな恋を、ありがとう、    

 

 

「で、結局、お前一人なんだな」

リハーサル最中に伯父のもとを訪れると、伯父はを招き入れてくれた。

「まあ、いろいろありまして」
「いろいろ、ねえ」

伯父は腕を組んで、を見つめた。他のバンドのメンバーは休憩に出ているという。

「それで、お前は本当にいいのか?」
「え?それは、……もちろん」
「ふうん。そのわりに、泣きそうな顔してたぞ」

伯父さん。そういうこと、言わないでよ。ぎこちない笑みを浮かべて、は首を横に振った。

「まあ、いいさ。それがお前の選んだことなら、俺にとやかく言う資格はないし、言う気もない」

伯父は、傍にあったソプラノサックスを手に取り、吹き始めた。『シング・シング・シング』のメロディを軽やかに吹き上げる。

「『失ったものを数えるな。残ったものを数えよ』    と、ベニー・グッドマンも言ってる」

うん、大丈夫。思ったよりもずっと、前向きな気持ちでいられているから。
伯父は、ぽん、との背中を叩いた。

「じゃ、聴衆側じゃなく、こっち側に回ってみるか?」

 

この日のフィナーレは、『イン・ザ・ムード』。新しい年へのカウントダウンが終わり、最後の曲として締め括られた。軽快なリズム、明るいこの曲は、の心を癒していった。
小さな会場は手拍子に包まれ、観客は皆笑顔を浮かべていた。その手拍子と、ドラム、サックス、トランペット。そのリズムに合わせ、の指は鍵盤を叩いた。
会場全体が、ひとつになる。音楽は、聴く人のこころをひとつにしてくれる。

やっぱり、私には音楽しかない。
音楽があれば、生きてゆける。
それで、じゅうぶん。

 

TOP - BACK - NEXT
07.12.6
♪『シング・シング・シング』
♪『イン・ザ・ムード』
今回のふたつはメジャーな曲ですが本当に本当に名曲。いろんなアレンジがあるので、お気に入りを見つけるのも楽しいです。