「トンクス、……は?」
「駅に。
リーマスは眉をくもらせた。
ニンファドーラという名前。子供っぽくて嫌いな名前だから、皆にはファミリー・ネームの『トンクス』と呼んでもらっている。けれど。けれど、リーマスが他の女性をファースト・ネームで呼ぶことに、トンクスは少なからず嫉妬心を感じていた。
「どうして……」
リーマスは力なく呟いて、視線を路面に落とした。
「分からない?あの人、リーマスのことが好きだからだよ」
「が?まさか」
顔を上げたリーマスには、戸惑いの表情が浮かんでいた。
「は、音楽を好きな者同士として仲良くしているが……そういう感情は、彼女にはないと思う」
「どうしてそう思うの?」
「どうしてトンクスがそう思うのか、そちらが聞きたいよ」
まったく。鈍感なのではないだろう。彼は、そうした感情に鈍くなるよう、自身で仕向けているのだ。
トンクスは、大袈裟にため息を吐きながら、躊躇うことなく言った。
「私には、分かる。私もそうだから。私もリーマスが好きだから」
リーマスは僅かに瞳の奥を揺らせたが、表情は変えなかった。
「だから
リーマスが、好き。前にも彼に言った台詞。けれど、彼は首を横に振るだけだった。しかし、恋人や想い人がいるわけではなさそうだった。だから、どうして、と尋ねた。返ってきた答えは、『狼人間だから』。
トンクスはくるりとリーマスに背を向け、言った。
「リーマス、ずるいよ。そうやって逃げてる。人と真剣に向き合うことを。誰だって、怖いよ。傷つくのが怖い。本当にまっすぐに人と向き合うのが怖い。私だって、きっとあの人だって、そう。なのに、リーマスは、『狼人間だから』って、そんな理由で逃げてる」
はじめてリーマスと会った時から、なんて優しい瞳をする人だろう、と思った。狼人間だとか、貧乏だとか、彼はそういうことを理由にするけれど、そんなことちっとも関係ないのに。
「でもね。そうやって、リーマスが自分を傷つけないようにしてることで
リーマスは、遠ざかっていくブルーの髪をその場でぼんやりと見つめながら、頭は過去にめぐらせていた。
狼人間だということを、あの親友たちが知った時。彼らは、まったく嫌な顔をしなかった。それまでの他の人の反応とは違うものだった。親戚でさえも、表情を曇らせたというのに。
『嫌じゃない?怖くないの?僕が、狼人間だって知っても』
『どうして?そういう表面的なことなんて、全然関係ないじゃないか』
人を魅了する、あのきらきらした瞳で、ジェームズは言った。
『君にとっては重要なことだと思うし、辛いことだと思う。でもね、本当の君を知って、君を好いている人にとっては、そんなこと、どうでもいいことなんだよ』
トンクスの言った通り、それを理由にして、他人と深く関わることを避けていた。ジェームズたちのように自分を理解してくれる者は少ないと思っていたから。そして、女性のことも避けていた。好きにならないよう。そうした感情を、遠ざけていた。
けれど、そうした行為で
トンクスのことも。ひょっとしたら、……のことも。
彼女は、トンクスが言う通り、自分を好いていてくれたのだろうか。
が自分をどう思っていても、そういう風に彼女と接していたことは、申し訳ないと思った。
そして、トンクスも。
少しずつ。少しずつ、人と真剣に向き合うようにしよう。
リーマスは、鈍色の空を見上げた。肌寒い。もしかしたら雪が降るかもしれないな、と思った。
やっぱり、あれは良くなかった。
ホグワーツに戻って来たは、時間が経つにつれ、あの時の行為を後悔していた。
バック・グラウンド・ミュージックは、『リュートのための古風な舞曲とアリア』。切ないストリングスの響きに、ますます胸の中がわびしくなってゆく。いかん、いかん。この曲はきれいで好きだけれど、今の私には向いていない。もっと明るい曲にしよう、と、伯父のレコードに移し替えた。
それにしても。自分でコンサートに誘っておいて、逃げてきてしまうなんて。しかも、あんなに情けない去り方。
ああ、惨め。ああ、最低。どうしよう。お詫びの手紙を書こうかな。でも何て書くの?
『この前はごめんなさい。ちょっと動揺しちゃって』。
一体何に動揺したんだ、ということになる。
まさかリーマスに親しくしていた人がいたとは思わず
めちゃくちゃ。支離滅裂。
素直に、リーマスのことが好きだったんだけど、トンクスさんがいるなら諦めます、と言う。
じゃあ、何も連絡しなくても良いではないか。けれど、あれはやっぱり、良くなかった。
頭をめぐりにめぐらせていると、手紙が届いた。その、リーマスから。
『。この前はすまなかったね。そのお詫びをしたいんだが、来週の週末は空いているだろうか?ロンドンに行く用事があるので、その時に会えないだろうか。返事を待っている。
リーマス・ルーピン』
私が悪いのに。リーマスが謝る必要はないのに。やっぱり、きちんと謝ろう。
でも。でも、会う勇気が、ない。
リーマスは、あれから、トンクスと過ごしたのだろうか。あの2人はうまくいったのだろうか。リーマスと会って、一体何を話せば良いのだろうか。
『私の方こそ、ごめんなさい。でも、来週の週末は用事があって』、……。
そこまで書いて、はペンを止めた。
きっと、このままじゃ、後悔する。
失ったものを数えるな。残ったものを数えよ。
私は、失ってすらいない。だから、残ったものを数えられない。残ったものから学ぶことはできるけれど、私はまだ何も失っていない。失うことが怖かった。でも、失わなくては得られないものだって、多いはず。
『私の方こそ、本当にごめんなさい。来週の週末は空いているので、ロンドンで会いましょう』
そう書き綴った手紙をふくろうに持たせた。黒い闇の中を、吸い込まれるようにして、白いふくろうが飛んでゆく。は、しばらくずっと、ふくろうの姿が見えなくなってもなお、その夜の光景を見つめていた。
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07.12.11
♪『リュートのための古風な舞曲とアリア 第3組曲 イタリアーナ オットリーノ・レスピーギ』