「なるほどのう」

ダンブルドアは長い髭を撫でながら、小さくなったを見つめた。
すべて、話した。自分がいつ、どこの時代から来て、どうしてここにいるのか。

「すみません……ごめんなさい……迂闊にタイムターナーを使ってしまって……」
「いや、話を聞くと、君ばかりに責任があるわけではないと思うよ。現に、一度だけ時計を回転させただけで、ここまで時間が戻ってしまうのはおかしい。恐らく、壊れていた時計を皆がそれぞれに何度も回転させてしまい、ふとした拍子に直った際、君が時計を回したことにより、それまでの反動が一気に来てしまったのだろう」

グレンジャーが、マクゴナガルが、あの魔法省の役人が、それぞれに時計が作動しない原因を探るため、何度も回転させた。その行動の理由は分かるが、そのしわ寄せがすべてのもとにきた。

「……先生……あの……今はいったい、『いつ』なんですか?」

もっとも不安で、もっともが尋ねたいことだった。

「そうだね。君がいた時間から、約    17年前、じゃろうか」

 

17年。というと、私は何をしていただろう、と呆然とは思った。17年も時間を遡ったという事実が、とても信じられない。17年。じゅうななねん。

「わ、私……帰れるんでしょうか?」
「ふうむ……魔法省も、こういう事態を想定して、時間を操作するものをつくったのじゃろうから、解決策はある……かもしれん」

歯切れの良くないダンブルドアに、の不安は高まっていった。帰れない。もとの時間に戻れないとなったら。もう伯父に会えない。伯父の音楽も聴くことができない。    ルーピンにも会えない。
……いや、ルーピン?
そうだ。17年前。それなら、彼は学生時代。ここで生徒として存在しているのではないだろうか。

「ですが、魔法省にこの事態を話せば、大事になってしまうのでは?」

あまりに突拍子も無いことに驚いていたマクゴナガルだったが、冷静さを取り戻して、言った。

「そうじゃろうのう。逆転時計は、その性質ゆえに、多くの可能性をはらんでおる。良いことも悪いことも、じゃ。過去を変えようと、よからぬことを企む者もいるじゃろう。ゆえに、厳重に保管されている。それが、このようなことになってしまって」
「……すみません」

消え入りそうな声で言い、は頭を下げた。

「ああ、いや、君を責めているのではない。君は邪心でその時計を使ったわけではないじゃろう?じゃが、そうは思わない者もいる。君を誤解した魔法省の役人は、君を裁くこうとするかもしれん」
「裁く!?」

裁判。無期懲役。死刑。アズカバン。とても良い言葉は連想されない。は蒼白になるが、ダンブルドアは微笑していた。

「じゃが、大丈夫。魔法省の、わしが信頼を置いている者に頼んでみよう。それゆえ、少し時間がかかるかもしれないが、待っていてくれるかね」
「本当ですか?ありがとうございます……!」
「もとはといえば、未来のわしらが君に依頼したことも関わっておる。責任はわしらにもある」
「そんな、とんでもない」

は慌てて首を振った。

「ともあれ、それまでは    ふむ……どうしようか。ここに閉じこもっているのも辛いじゃろうし……」
「あの、……本来なら、こうして過去の人に関わってはいけないと思うんです。もしかして、こうして先生たちにお会いしたことによって、何か『ずれ』が生じて、未来に関わってしまうのではないでしょうか……」
「それも大丈夫。君がここを去る際、君に関わった者すべての記憶を消すつもりじゃから」

それなら、学生時代のルーピンに会えないだろうか。ぱっと思い浮かんだそのことだけが、の心を明るく照らしたが、マクゴナガルの言葉によって打ち砕かれた。

「ですが、できるだけ人との接触は避けた方が良いと思いますよ」
「そうじゃのう……    よし。西塔に、部屋を一つ用意しよう。本、食事、家具、玩具。必要なものがあれば、何でも言っておくれ」

それならば、返答は決まっていた。

「ピアノを、お願いします」

 

広い部屋。グランドピアノ。本棚。ベッド。ソファ。テーブル。ダンブルドアはこれだけのものを用意してくれた。とりあえず、ピアノがあれば生きていける。いつ弾いても迷惑にならぬよう、孤立した部屋を提供してくれた。
肉体的にも精神的にも疲れ果てていたが、眠くはなかった。眠れそうになかった。
椅子を引き、座る。立派なピアノ。ひんやりとした鍵盤の感触。気がつくと、指が動いていた。
『ユーモレスク』。フラットの多いこの曲は、明るく、愉快な曲だけれども、後半の物悲しい部分も、は好きだった。そう。人生にだって、明るい部分だけではない、暗い部分もある。

けれど、それにしても、とんでもないことになった。時間を越えて、過去に来てしまった、だなんて。まったく、魔法省はとんでもないアイテムを持っていたものだ。
ダンブルドアはなんとかしてくれると言ったし、彼を信じているけれど、やはり不安もあった。
本当にもとの時間に戻れるのか。何事もなく、無事に。また会えるのか。伯父に、あの世界のダンブルドアに、そして、ルーピンに。

曲を終え、窓の外に浮かぶ月を仰いだ。三日月。
もし、あの月が満ちれば、彼は苦痛に苛まれることになる。たった独り、痛みと戦う彼のことを、想った。

 

暇だ。ひま。ひま。思わず叫びたくなってしまう。
古めかしい部屋に一人閉じこもって過ごすことが3日続くと、鬱憤もたまってくる。ピアノを弾いたり、本を読んだり、眠ったり、そうしたサイクルを何度も繰り返していると、さすがに飽きる。食事はしもべ妖精が運んで来てくれたが、彼らは話し相手にはなってくれなかった。
せっかく、学生時代のルーピンがいるというのに、その姿を見られないことも、残念だった。
同じ屋根の下。同じ場所に、彼がいるというのに。

けれど、もとはと言えば自分にも非があるのだから、仕方ない。
ただ、ピアノがあるだけ随分良かったと、はそっと白い鍵盤を撫でた。

 

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07.10.16
♪『ユーモレスク ドヴォルザーク』