二章 翼 08



 森に群がる巨人を一掃したころ、雨が止み、信煙弾が撃ち上がった。
 もう空は薄っすらとオレンジがかってきていて、私たちは急ぎ馬に乗り帰還することとなった。

「あの、リヴァイさん」

 馬で駆けながら、私は呼びかけた。

「さっきは……ありがとうございました」

 返事は「べつに」と素っ気なく返ってきただけで。
 伝えられただけでも良かったと、速度を落とそうとしたときだった。

「銃を持ってるのはおまえだけか?」

 そう質問され、私は威力のある散弾のことと、しかしその弾数が限られていることを説明した。すると前方を走っていたエルヴィン隊長が、後ろを振り返った。

「現状、銃で正確に巨人を狙えるのはくらいだろう。射撃訓練を欠かさなかったということだが、おそらく動くものを追い続けてきた勘のようなものもあるのだろうな。訓練兵団に射撃訓練を重要視してもらうよう打診してみるつもりだが、狩猟で暮らしてきた者でないと巨人を仕留めるのは難しいかもしれない」
「巨人のほうが動きは遅いので、飛ぶ鳥を撃つより簡単なんですけどね」

 きちんと訓練すれば、私などよりも運動能力のいいミケさんやエルヴィン隊長のほうが腕は良くなるのではないかと思う。

「それでも、不安定な足場で銃を撃つことはなかなかできないものだ」

 エルヴィン隊長は苦笑するように笑い、再び前を向いた。
 樹の上での険悪な雰囲気が消えていたのでほっとしていると、リヴァイ兵長が説明を求めるように私を横目で見ていた。

「あ……私は子どものころから立体機動や銃を使って狩りをしていて……兵士を育てるための施策で、村に銃や立体機動装置が支給されていたんです。私は運動神経に恵まれていたり、力が強かったりするわけじゃないので、代わりに射撃とか、立体機動の扱いは磨いておきたくて」

 しゃべりすぎているかな、と思ったけれど、リヴァイ兵長は特に不快な表情もせず聞いてくれていた。

「ただ、銃だと巨人の視界や足を封じるのが精いっぱいなので、今は討伐の補佐しかできないですね……いつか銃で、遠隔からでも巨人が倒せるようになればいいんですけど」

 リヴァイ兵長が口を挟まなかったことをいいことに、私はさらに続けた。

「それよりも、リヴァイさんは本当に強いですね。独学なんですよね、立体機動の使い方。剣の扱いもですか?」

 私はそう訊ねてから、ミケさんとの会話を思い出した。訓練で身につけるような技術ではない、とミケさんは言っていた。

「……昔……刃物の扱いを俺に教えたやつは、いた」

 どんなひとにどんな訓練を受けたら、そんなに強くなれるのだろう。
 もっといろいろなことを訊きたかったけれど、あまり良い顔をされないことは明白だったので、質問は留めることにした。
 代わりに、私は。

「すごかったです。まるで本当に、翼が生えているみたいで」
「は?」
「自由の翼がほんものに見えました」

 私が意気込んで言うと、リヴァイ兵長は目を開き、まじまじと私を眺めるように見た。

「おまえ……言ってて恥ずかしくねぇのか。真顔で、そんなことを」
「恥ずかしい……ですか?」
「俺に訊くな」

 今思い返すと、顔から火が出そうになるけれど、このとき私はリヴァイ兵長の強さに興奮していた。
 だからもう、素直に自分の気持ちを伝えていた。
 エルヴィン隊長に聞かれていることも、リヴァイ兵長に何と思われるかも考えずに。

 この日以来、リヴァイ兵長は少しずつ話をしてくれるようになった、と思う。
 しばらく経った日のことだった。
 私は村の紅茶を飲んでいる時間と、馬の世話をしている時間が一番落ち着くかもしれない。ハンジいわく、私の馬に対する執着は「普通とは違う」のだそうだ。
 私は、自分の馬は自分で世話をしている。本来であれば新兵の仕事なのだけど、私は馬の世話が好きだった。自分で愛馬の身体を洗ってやったし、頼まれれば喜んで他人の馬も洗った。
 馬は幼いころから家族のようにそこにいた、からかもしれない。
 このときも愛馬の身体を洗い厩舎を後にすると、リヴァイ兵長が歩いて来るところだった。
 挨拶をしようかどうか迷っていた矢先、「おい」と声をかけられて、半ば驚いて振り向いた。

「……この前の紅茶、悪くなかった」

 嬉しかった、と思う。
 紅茶が好きだというひとに村の茶葉を誉めてもらえて嬉しい、という思いと、以前はただ突き返されただけだったのが、少しだけ、距離を縮められたような気がして。
 同じ調査兵団、同じ隊のメンバーとして、うまくやっていきたいという気持ちもあったし、兵長の強さは羨望の対象だったから、もう少しこのひとのことを知りたい、と思っていた。

「そうですか、よかったです」

 リヴァイ兵長は目線を私には合わせずに言った。

「おまえが言った通り、少し時間を置くのが正解だろうな」
「そうなんです。そのほうが香りも味も全体に行き渡るので」
「……何か入れやがったな?」
「え?」

 さすが紅茶に舌が肥えているというだけあって、気づかれたか。
 リヴァイ兵長の察しの通り、私は鎮静作用のあるハーブを少しブレンドしていた。
 そのことを伝えれば、また恩着せがましいなどと言われると迷ったけれど、誤魔化すことはできそうにないと感じた。

「その……鎮静効果のあるハーブを、少し。私が子どものころ、眠れないときに母がよく淹れてくれたんです」
「俺はガキか」
「ほら、壁外遠征の前後って気が立つことが多いから、私もよく飲むんです。それで……」

 ああきっと、余計なことしやがって、などと言われるのだろう。
 そう考えていたけれど。

「ナハルの茶葉は他にも種類があるのか?」

 そう訊かれて、私は勢いよく頷いた。

「はい、ちょっとクセがあるものとか、甘めのものとか、いろいろありますよ。今度新鮮なものをもらったら、リヴァイさんにもおすそ分けします」

 予想外の返答をもらえ、私は勢いよく説明した。
 リヴァイ兵長は、

「俺は少し渋いやつがいい」

 とだけ言って、厩舎のほうへと行ってしまった。
 ただ、その背中を見て、充実感、のようなものが湧いてくるのを感じていた。




 壁外遠征で、リヴァイ兵長が巨人を次々と倒していく姿を見ていた調査兵団のメンバーたちは、他人を寄せつけないようにしていたリヴァイ兵長におそるおそるながらも話しかけていた。
 彼らの純粋な志にリヴァイ兵長も少しずつ打ち解けていったように思う。
 表情がほんの僅かずつ、柔らかくなっていくような気がした。
 もっとももとがしかめっ面ばかり浮かべている人だから、よくわからないところもあったけれど。
 本来は仲間思いのひとだというのは、はっきりと感じた。

 エルヴィン隊長に対しても、壁外遠征を重ねるにつれ信頼を深めていった、のだと思う。

 エルヴィン隊長の冷静さ、判断力、実行力、大胆さ。
 おそらくふたりとも生来持ち合わせているものが似ている部分もあるのだろう。一時はけっして相容れないと思っていた両名は、だからこそ付かず離れずの、それでいて深い信頼関係を築いているように感じる。

 イザベルとファーランは、見ているだろうか。
 彼らが慕うリーダーが、調査兵団で過ごしてゆく様子を。

 私は青空を仰ぎ見、そうであるよう心から願った。