「ねえ、。きみはシリウスのことどう思ってるんだい?」

僕が訊ねると、はニ、三度目を瞬かせた。質問の意味を推し量っているみたいに。

「どう、って?」
「好きとか嫌いとか」
   どうしてそんなこと訊くの?ジェームズ」

質問してるのは僕のほうなんだけどなあ。という言葉を呑み込んで、僕は明るい調子を浮かべて答える。が浮かべはじめたぎこちなさを消すために。

「だってさ、、シリウスに素っ気ないからさあ。リーマスやピーターや僕には優しいのに」
「そうかな?」
「そうだよ」

僕が頷くと、は何かを言いにくそうに口をもごもごさせた。おおっ、これはもしかして?僕は希望的観測を膨らませていく。

「実はね……」

僕は彼女の言葉を急かしたくて仕方がなかったけど、落ち着いたふりをして辛抱強く続きを待った。

「私、シリウスのこと   ちょっと苦手かも」

あれれ。予想外の答えに、僕は固まってしまった。平常心を取り戻すのに数秒かけてから、訊ねる。

「どうして?」
「うーん、だって……ハンサムすぎるんだもん」
「ええっ?」

なんじゃそりゃ。ハンサムすぎるから苦手って、そんな馬鹿なことがあるかと言いたくなる。

「いやさ、でも、僕だってハンサムだろ?」
「そうだね」

ふふふとは笑う。いや、冗談じゃなくって本心で言ってるんだけどな。でもの笑顔は心が温かくなる。けっして華やかな女の子ではないのに、ふと惹きつけられる不思議な魅力があった。冬の終わりに吹く春風みたいな、そんな柔らかい温かさ。いや、そうはいっても、リリーの笑顔には敵わないけどさ。僕にとっては。には悪いけど。

「でもね……シリウスといると、なんだか落ち着かないの。あんなに端正な顔立ちで見つめられると。他の女の子たちの視線も気になるしさあ」
「い、いや……それで苦手って言われてもなあ   それじゃああいつの中身は?性格は?」
「え?う、うーん……やさしい……と思うよ。この前私が試験に落ちてへこんでたら、私が好きなハニーデュークスのチョコくれたし……面倒見もいいし。一昨日、文句言いながらも下の子の勉強見てあげてたし」

なんだ、よく見てるんじゃないか。

「なのにかっこよすぎて苦手、と?」
「……うーん、そうだね。一緒にいると緊張する」

なんだよそれ。思いっきり意識してるんじゃないか。それを“苦手”って反対方向に受け取っちゃってるんだなあ。
まったく、大変だよ。ニブイ友人を持つと苦労する。
   仕方ない。僕がひと肌脱ぐしかないか。

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4時55分。指定の時間まで、あと5分。僕は手元の時計をチェックして、隣で欠伸をかく端正な顔の友人を見た。

「なあ、シリウス」
「ん?」

シリウスは腕枕をして、草むらに横になっている。僕は胡坐をかいた状態で、シリウスを見下ろした。

「アニメ―ガスにならないか?」

僕は提案する。なんでもないような口調で。

「なんで?」
「こんな爽やかな夕暮れ時、駆けたら気持ちよさそうじゃないか?」

僕はなるべく爽やかな笑顔   僕の得意技   を浮かべてみせる。シリウスは少し考えた後、ニヤっと笑って「ああ」と身を起こした。

「そうだ。シリウス、先に変身してくれないか?僕、きみのアニメ―ガス姿をしみじみと見てみたいんだ」
「はあ?いまさらか?」
「ああ」
「なんでまた、……」

渋るシリウスに、僕は内心でイラつきはじめる。早くしろよ、時間がないんだ。逸る様子を気取られないように、僕とどう違うか見てみたいんだとか適当な文句を並べて言いくるめると、シリウスは眉をひそめながらも「分かったよ」と頷いた。
シリウスがぶつぶつ呪文を唱えると、シリウスの姿はみるみるうちに大きな黒い犬に変わった。
よし、よし。
僕はフムフムなどとシリウスの頭や身体を撫でまわす。毛並は艶やかだけど、手触りは思ったよりもゴワゴワ。きっと僕のほうがサラサラだ。
さて。僕がちらっと腕時計を盗み見るのと、近くで声が上がったのとはほぼ同時だった。

「わあ!」

犬のシリウスは驚いて声のほうを振り返る。そこにいたのはだった。彼女は嬉々とした様子で駆け寄ってくる。

「ジェームズ!どうしたの、この犬!」

犬シリウスは結構な大型犬だが、は物怖じせずシリウスの身体を撫ではじめた。反対にシリウスがオドオドしているのが伝わってくる。目が泳いでいた。僕は笑みを堪えるのに必死だった。それでも表には可笑しい様子を一切出さず、言ってみせる。

「ああ、ちょっとね」
「ジェームズが時間ピッタリにここに来てくれって言うから、何事かと思ったけど……まさか、この犬を見せるために?」

シリウスがじろりと僕を見上げるが、僕は気づかないふりをしてを見る。

「うーん、まあ、そう」
「私、昔黒のラブラドールを飼っていてね。大きな犬、大好きなの」
「ふうん」

と答えつつも、僕はそのことを知っていた。前にも聞いたことのある話だったから。だからきみをここへ呼んだんだよ、

「この犬、どうしたの?」
「んー、あー、実は、僕の犬でね。僕が恋しくてついてきちゃったんだ」
「ええっ?ここまで?」
「そう。タフなんだよ、コイツ」

そう話しながらも、シリウスの鋭い目線が突き刺さるのを感じる。

「名前は?」
「えっ?」
「この子の名前」

げ。名前   に訊ねられ、一瞬たじろいでしまう。

「えーっとね、      ノワール」
「ノワール?」
「そ。フランス語で、“黒”」

ああ、我ながら単純な発想。
けれどもは口に馴染んだようで、「ノワール」と言いながら屈んで、シリウスの顔を真っ直ぐに見た。

「この子、目は灰色なのね。きれい」

シリウスはに覗きこまれ、目を逸らす。は首を傾げた。

「あれ……?でも、なんだかこの目、どこかで見たことがあるような……」
「そうかな?案外近くのやつだったりしてね」

しれっと僕が言うと、シリウスは僕を睨んでくる。噛みつかんばかりの勢いだ。でもは僕の言葉など聞かず、うっとりと犬のシリウスを撫でまわしていた。シリウスは身を堅くさせ、甘んじてなすがままにされていた。まんざらでもないのか?コイツ。

「ね、ジェームズ。この子、どうするの?」
「えっ?そうだな   ここで飼うわけにもいかないし。追い返すしかないだろうね」
「ええっ?はるばるここに来たのに?」
「でもホグワーツじゃ飼えないだろ?」
「ハグリッドに頼んでみたら?」
「え!ダメダメ、そんなの!怒られちゃうよ」
「そうかなあ」
「くれぐれも誰にも言わないでくれよ、。シリ   ノワールのために、さ」
「そうだよね……分かった」

はシリウスを撫で続けながら、頷く。

「せっかく来たのにね。でも会えて良かったね」

優しく話しかける。かと思うと、愛しさが堪えきれなくなった、というような様子で、次の瞬間には犬に   シリウスに抱きついていた。は真っ黒な毛並みに顔を埋める。シリウスは完全に硬直して、目をまん丸くしていた。僕はかろうじて吹き出すのを堪えることができた。

「おっきい犬って、こうやってギュッとできるからいいよねえ。ああ、私もまた犬飼いたいなあ……はああ」

とかなんとか言いながら、腕を回し、シリウスを抱きしめる。やがて名残惜しそうにシリウスを解放し、立ち上がった。シリウスはまだ目をシロクロさせている。

「ありがとう、ジェームズ。ここで大きな犬に会えるなんて思わなかったから、すごくうれしかった」
「ああ、そう?喜んでもらえて何より。またいつでも言って」

僕は笑顔で応える。シリウスが僕を睨むのが気配で分かった。

「えっ、いいの?でもこの子、帰しちゃうんでしょ?」
「あー、うーん、そうそう。でもきみがどうしても会いたくなったら、いつでも呼び戻すよ」
「そっか、ありがとう」

はふふと笑う。

「先生に見つかるといけないから、きみはそろそろ行ったほうがいいよ」
「うん、そうだね」

は最後にまたシリウスの頭を撫でる。

「じゃあまたね、ノワール」

は少し未練があるように一度振り返ったけれど、去って行った。 の姿が見えなくなったのを見計らい、シリウスが変身を解いて飛びかかってくる。

「てめえジェームズ!」

シリウスは腕を回し、僕の首を絞めてくる。結構本気だ   くるしい。

「どういうつもりだよ!」
「うぐぐぐぐ、しぬー」

僕がもがくと、シリウスはしばらくして力を緩めた。

「わざとあいつを呼んだのか?」
「なんのことだよ」

僕はシリウスの腕を振り払って、大きく呼吸をする。まったく、手加減ってものを知らないんだから。僕は仕返しに、悪戯っぽく訊ねる。

「どうたった?」
「なにが?」
に抱きしめられて」
「て・め・え!」

今度はシリウスは杖を取り出す。僕は慌てて言った。

「だってきみたちお互いが気になってるふうだったのに、ぜんっぜん近づこうとしないんだもんさあ」
「誰が誰を気になってるって?冗談じゃねえ!」
「女の子には素っ気ないお前が、には優しいじゃないか」
「んなことねえよ!」
「じゃあなんで顔が赤いんだよ」
「なっ…!」

ほんとは赤くなんてなかったけど、僕の言葉で頬を紅潮させていくシリウス。
あーおもしろいな。コイツをからかうとこういうことになるのか。こりゃやめられなくなりそうだ。

「ハッルパフのナントカって男がを狙ってるらしいよ。うかうかしてるとその辺の男にちゃうぞ」
「うるせーな!それ以上しゃべったら舌を石にしてやるからな」
「はいはい」

まったく重症だ。コイツの鈍感さは。こういう友を持つと苦労するよ、……。

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数日後。シリウスと僕が談話室でしゃべっていると、がやってきた。不意にシリウスは目をそらす。は少し言いにくそうな、遠慮がちな様子で、僕にひとつの包みを手渡してきた。

「これは?」
「ホグズミードで見つけたの。ノワールに似合うかなあって。後で開けてみて」

そっと言って、は去って行く。

「なんだろ?」

僕が包みを開けると、中に入っていたのは   真っ赤な首輪。

「あっはははは!」

笑いを止められなかった。シリウスにつけてやろうとしたところ、殴られたのは言うまでもない。

 

fin.
(15.10.10)