「ってさ、本当にタテワキのことが好きなんだね」
ヒバリの唐突な言葉の後、私は躓いてしまう。転びそうになった私をヒバリが支えてくれる。たまたま道路の段差に引っかかっただけなのに、これではヒバリの言葉に動揺したように思われてしまう。
ヒバリは慣れた手つきで、恭しく私の身体を支えてくれた。
「大丈夫?」
「あ、うん、ちょっとぼーっとしてた」
まさか当のタテワキさんのことを考えていたとは絶対に言えない。
今日、溜まっていたタテワキさんの書類に私が目を通して、要約したものをタテワキさんのデスクの上に置いておいた。今までにも何度かそういうことをやっているのだけど、タテワキさんは「あーほんっと助かるー!」と私に手を合わせて、ラウンジのドーナツを奢ってくれた。
そして少しの時間、そのままラウンジで話をした。「ここのコーヒー相変わらずまっずいな」「俺にくだらない資料を渡す暇があるんなら、コーヒーを変えるほうが大事だよな」などと言うタテワキさんの向かいで、私は甘ったるいドーナツを頬張りながら、タテワキさんの癖っ毛の髪をぼんやりと眺めていた。
今日何度もフラッシュバックさせたそのシーンを、今も頭の片隅で思い出していた。タテワキさんの声、表情、薄いコーヒーの味、ドーナツの喉に張り付くような甘さ。タテワキさんが言うとおり、ドーナツもコーヒーも全然美味しくないのだけど、タテワキさんからもらったものだと思うと、特別なものに思える。
それに。タテワキさんがドーナツを渡してくれるときに、タテワキさんの手が私の右手に少し触れた。その右手が、今でも熱を持っているように感じていた。
「えっと、それで、何の話だっけ?」
このままスルーしてしまうのは却って不自然だと思い、体制を立て直した私は、話を戻すことにした。
「が、タテワキのことが好きだって話」
もう一度その言葉を聞くと、頬が火照っていくのを感じる。心理分析が専門のヒバリ相手に、ただでさえ隠しごとはしにくいのに、こんな反応をしてしまったのでは誤魔化しきれない。
「そりゃあ、サイドキックスにいるみんなそうでしょ?」
「でも、僕らの“好き”ときみの“好き”は違う。僕らはリーダーとしてタテワキのことを慕ってるけど
多少は
でも、きみは」
「私だって“リーダーとして”タテワキさんのこと尊敬してるよ」
「その割には、今日はやけに嬉しそうだったね。タテワキに誉められたからだろう?」
ヒバリめ。唇を噛みたくなるのをこらえる。彼の視野の広さや視点の鋭さは、チームの仲間としてはとても心強いけど、敵にすると本当に厄介だ。
「そりゃあ、誰だって上司から誉められたら嬉しいじゃない」
「大丈夫。きみは巧みに隠してるから、きみの気持ちに気づいてるのは僕くらいしかいないと思うよ」
ヒバリは私の言葉を無視して、にこりと笑う。
いい加減認めればいいのに、とヒバリの目は言っている。
でも、絶対に、嫌だ。職場に恋愛沙汰を持ち込みたくない。気まずいに決っている。私だって、自分の気持ちを必死に必死に蓋をしているのに。
「ねえ、そういうこと、言わないほうがいいよ」
私は、攻め方を変えることにした。私が言うと、ヒバリは興味深そうに首をかしげる。
「どうして?」
「もし私がヒバリのことを好きだったら、すごく落ち込む。私はヒバリのことが好きなのに、ヒバリってば私が違う人のことを好きだと思ってるんだ、って。私のこと興味ないってことじゃない?」
「そうか。それは謝らないといけないね。でも、大丈夫。きみがタテワキのことを好きでも、僕はきみが好きだよ」
“好き”。冗談だとわかっていても、動揺してしまう。
「だからね、そういうことを軽々しく言わないほうがいいって。勘違いするでしょ」
「心外だな。本気なのに」
ヒバリは楽しそうだ。私をからかったり、人の恋愛に首を突っ込んだりするのがおもしろいらしい。
「でもね。タテワキのことが好きなら、きちんと伝えたほうがいいよ」
いや、絶対無理だから、こうしてひた隠しにしているんじゃない。
「そうじゃないと、他の誰かに先を越されるよ?」
「うるさいなー!だから、違うって言ってるでしょ!」
「ああ、そう。あくまで隠すつもりなんだね。それなら」
ヒバリは私の手首をつかみ、ぐいと顔を近づけてくる。整ったヒバリの顔がすぐ傍にあって、胸が跳ね上がった。
「僕と付き合う?」
ヒバリの吐息が頬にかかる。心臓が、止まりそうだった。悔しいけれど、今日タテワキさんと手が触れたときと同じくらい、鼓動が悲鳴を上げている。
私はヒバリの目を見つめることしか、できなかった。ヒバリの紫色の瞳が揺れる。綺麗な色だな、と頭の片隅で思った。
ヒバリは私の嘘を見抜けるけれど、私はヒバリの嘘がわからない。でも、これは。
「……からかわないでよ」
「あはは、ごめんごめん」
ヒバリはあっさりと私を開放する。ほらやっぱり私を弄んでいただけなんだ。そう思うと、悔しい。
「をからかうのっておもしろくてさ。普段はわりとポーカーフェイスを装ってるから、なおさら」
「ポーカーフェイス?私が?」
なんとか心臓を落ち着けようと、ヒバリから距離を取って訊ねる。
「うん。タテワキのことなんてなんとも思っていません、っていう」
「実際になんとも思ってないってば」
「ねえ、タテワキのどこが好きなの?」
ヒバリはまた、私の言葉を無視して訊ねてくる。
タテワキさんは
私の、恩人だった。
私が高校生のときに出逢って、それからの縁だけれど、サイドキックスに入って一緒に働くようになって、タテワキさんのことを知って、ちょっと特別な目で見てしまうようになっていた。
サクラダ警察特別捜査課、通称サイドキックス。そこには、サクラダにはびこる麻薬“リップコード”を取り締まるべく、秀でた技能や珍しい能力をもったメンバーが集められていた。運動神経が抜群にいいチカ。コンピューター関連ならなんでもおまかせの頼れるシシバ。見たものを瞬時に記憶してしまう“カメラアイ”の能力があるリコ。そして、元精神科医で心理分析の専門家、ヒバリ。彼らを束ねるのがリーダーのタテワキさん。
私は、とくにこれと言って優れた能力があるわけではない。ただ、いつかタテワキさんに恩を返せたらいいなと思って、私にできること
事務とか速読とか計算とか、シシバほどではないけれどコンピューター関連のスキルとか
を私なりに猛勉強して、身につけた。それが幸いして、こうしてサイドキックスに入れたわけだけど、……。
「目線を上に動かすっていうことは、何かを回想しているっていうことかな。大方、タテワキと初めて会ったときのこととか?」
ヒバリの言葉に我に返る。もう、本当に、やりにくい。
私がむっつりと黙り込んだのを見て、ヒバリは苦笑した。
「わかった、いいよ。口にして認めなくても」
そういう言い方も気になる。私はじっとヒバリを半ば睨むように見つめた。
ヒバリは苦笑いを浮かべていたけれど、やがてどこか真面目なようすになって、言った。
「でも
覚えておいて。今当たり前にあるものでも、いつかは必ずなくなってしまう。例外はないんだ。そのときに少しでも後悔が減るように、できるだけ最善の選択をするようしておいたほうがいい」
いまある当たり前のものも、いつかはなくなる。必ず。
ヒバリの言葉は、私の胸にぐっと突き刺さるような気がした。
いつか、サイドキックスが解散されることもあるかもしれない。ううん。そういうことは必ずある。新設されたばかりの課で、実績を上げなければ危うい存在でもあるし、誰か一人メンバーが欠けてしまうことだって、ある。たぶん、一番危うい立場なのは、私だ。
サイドキックスに居心地の良さを感じていた私は、ヒバリの言葉を忘れないようにしよう、と思った。なるべく最善の選択をする。後悔がないように。いつサイドキックスを離れてもいいように
。
「うん……覚えておく」
「あれ?今回は素直だね。それじゃあ、早速明日から期待していようかな」
ヒバリは先ほどの調子に戻っていた。何を期待しているのかは、聞かないでおく。
このままじゃ、ヒバリのペースにはめられっぱなしだ。今度は心理分析の本でも読み込もう、と心に決めた。いつか私もヒバリの心の奥を読めるように。
to be continued...?
ゲーム本編がはじまる前の設定です。このヒロインでタテワキの連作短編を思案中…。(17.6.1)
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約30の嘘