05

 次元大介。私の護衛。
 次元は部屋に入って来るなり、ずかずかとルーピンのもとに歩み寄った。

「あーらま次元ちゃん、どこ行ってたの」
「煙草を切らしてたんでな……そんなことよりおまえはここで何してる?ルパ、」
「あああそりゃあもう!社員の仕事ぶりは気になるだろ、んー?」
   俺は、ちゃんとやってる」
「ほーお、どうだか。レベッカ社長に向かって失言したらしいじゃないの?」
「は、……?」

 次元は私に抗議めいた視線を向ける。私は肩をすくめた。
 次元を私の護衛から替えたほうが良いのではないかという気持ちがあったので、私は思ったことをそのまま口にした。

「嫌いなんでしょ、私のこと」

 次元は眉を寄せる。ルーピンは呆れたようにため息を吐いた。

「雇い主である大事な社長様に言う台詞たぁ思えねえな」
「最初に言っただろうが。俺はお高い女の護衛なんざ嫌だって。おまえのほうが相応しいだろ、こういう“仕事”は」
「んなこと俺だってわかってるさ。でもな、今は別の仕事があって   
「別の仕事、ねえ?フジコにいいように使われてるだけだろ」
「うるせぇな」

 私はふたりのやり取りをじっと眺めていた。
 彼らは上司と部下というよりも、対等な関係に見える。一応、ルーピンが上司であり社長で、次元が社員ということのようだけど、同じ社の仲間、というようなようすだった。
 ひとまず、次元は女性が苦手というのはどうやら本当のことらしい。
 このまま会話に聞き入るのもおもしろいかもしれないけれど、目の前では豪華なお寿司が私を見つめている。
 私は結論を急かすようにした。

「それで。私の護衛は、次元が続けるわけ?」

 私は“レベッカらしく”言った。脚を組んで、どこか不機嫌そうに。
 ルーピンと次元は私に目を向ける。

「ええもちろん、」
「できたら遠慮したいところだが、仕方ねえ」

 ルーピンと次元の声が重なる。
 仕方ない、ね。
 次元の態度には、さすがに私自身も腹が立ってきた。レベッカであればすでに堪忍袋の緒が切れているだろうと思う。だから私がここで怒るのは不自然じゃない、むしろ当然だ。

「あのね、そんなに嫌々そばにいられても鬱陶しいのよ。違う人に変えてほしいわ」

 次元と私のかち合う視線にルーピンが割って入ってくる。

「ああすみません社長サマ。嫌々だなんてとんでもない、喜んでやらせていただきますから」

 苦しそうな笑みを浮かべるルーピンに、次元が投げつける。

「おまえが代わってくれるってわけか?」
「いやさ、だから俺は別件があるんだっての。男なら一度はじめた仕事は全うしろ」
「わかってるよ。だがこの社長サマだって、俺じゃあ嫌なんだろ」
「ちょっと」

 私は立ち上がった。

「あなたこの前からいったいなんなの?私の知り合いでもないくせに、どうしてそんなに毛嫌いされなくちゃならないのよ」
   あんたのためを思ってはっきり言ってやるがな」

 次元はルーピンを押しのけて、私に向かい合う。

「雇い主のことを調べるのは当然だからな、新聞やら雑誌やらで最初にあんたのことを調べさせてもらった。あんた、自分のためなら他を切り捨てたってかまわない、って考えだろ」

 次元の声は存外落ち着いていて静かなのだけど、しっかりした強さがあった。
 帽子に隠れているはずなのに、目線が鋭いような気がする。

「事業のためなら弱いモノを切り捨てて、他人の迷惑なんぞ考えずに自分の希望を押し通す。そして、金に目がない。俺がもっとも嫌いなタイプの女だ。あんた、いつか足元すくわれるぜ」

 たしかにレベッカは、会社を大きくするために無理な吸収合併をしたこともあると聞いている。赤字経営の小さな会社に強引な契約を持ちかけたという噂もあった。
 私は真実を知らないけれど、そういう記事は雑誌で見たことがある。それに、レベッカの我儘な性格は有名でもある。
 私も、正直なところ、レベッカが実際の上司だったら嫌いになっていたかもしれない。
 次元の気持ちはわからなくもない。
 けれど。
 私のことではないとはいえ、こうして面と向かって“嫌いだ”と言われると、まったく良い気分がしない。

「おい次元、いい加減に」
「お言葉を返すようだけど、あなたこそプロのボディガードとしてどういう態度なの?」

 間に入ろうとしたルーピンを遮り、私は口を開いた。

「雇い主がどうであれ、文句ひとつ言わずに護るのがプロってものじゃないの」
「俺は護衛なんかのプロじゃ」
「あーゴホン!」

 ルーピンが大きな咳払いをして、次元を押しのける。

「誠に申し訳ありません、レベッカ社長。こいつ本当に腕は立つんですが、口が悪いのが欠点でして。きびしーく言い聞かせますので、このたびは目を瞑ってやってくださいませんか」

 ルーピンが両手を合わせて懇願する一方で、次元はふんと鼻を鳴らす。
    なんだか、どっと疲れてしまった。
 どうせ期限付きの代役だし、期限付きの護衛なのだ。
 我慢をすればいい。
 私は大きくため息を吐いてみせて、ソファに勢いよく腰掛けた。

「わかった、もういい。お寿司が乾いちゃうから、もう帰って」
「はい、申し訳ありません。こいつにはよおく言って聞かせますので」

 ルーピンは次元の腕を引き、部屋を去る。

 しんと静まり返った部屋の中で、腹立たしさがわっと湧いてきた。
 こらえきれなくなって、叫ぶ。

「私の何がわかるっていうのよ!」

 反響もせず。ただ静寂だけが返ってくる。
 次元大介。
 彼は“レベッカ”のことを嫌いだと言うのは解っている。けれど、どうしても私自身のことを疎まれているようにしか思えなかった。
 金に目がない女は嫌い、か   ……。

 あなたなんかに、本当の私はわからない。

 気を取り直してお寿司を食べたかったけれど、食欲も失せてきてしまった。 
 そうだ、味噌汁がないじゃないの。


 しばらくして、ロブが高級寿司を持ち帰ってきた。
 ルーピンの話ではロブに頼まれたと言っていなかったか。
 でも、そんなことはもうどうでもいい。
 私は「やっぱりいらない」とロブに言い放ち、自室に引きこもった。
 腹の中には黒々としたものが渦巻いている。
 たぶん、次元の態度以上に、今の状況に対する処理しきれないさまざまな感情が、私を食い物にしていた。
 大企業の社長の代役を引き受けてしまったこと。
 当然のことながら、誰も「私」を認識してくれないこと。
 そこに悶々と悩んでしまう自分にも腹が立つ。
 誰でもない、私が決めたことだというのに。
 けれど、この件に大金がかかっているのだから、最後までやりとげなければ、とも思う。
 結局お金が一番大事な自分にも、嫌気がさした。

 

2018.3.29

BACK # TOP # NEXT