一章:Ballad for Christmas...3
十二月二十四日。クリスマスイブ。そして、オペラハウスでのパーティー当日。
マリアと私は、マッシュが紹介してくれたお店でレンタルドレスを選び、髪型もセットしてもらった。
「わあ」
着飾ったマリアの華やかさに思わずため息が漏れる。普段から可愛い顔をしているなと思っていたけれど、マリアは化粧っけがあまりないし、Tシャツにジーンズ、スニーカーという格好が多かった。けれども、今はパープルのロングドレスがよく似合っている
「マリア、とても素敵」
私が心から言うと、マリアは頬を赤く染めた。
「ありがとう。もとてもよく似合ってるわ」
広い大学のキャンパスや坂の多いシドニーの街を歩き回るのに、私もパンツスタイルにスニーカーというスタイルを好んでいた。せっかくイタリアでお洒落を学んだつもりだったのに、すっかり遠ざかっていた。もっとも、お洒落をする機会がなかったというのもあるけれど。
私は、自分の姿を見下ろして点検してみる。胸元と背中がゆるいV字に開いていて、肩と胸の部分に美しいラインストーンの刺繍が入っている。色は落ち着いた青緑色のロングドレス。スカート部分はゆったりとしたドレープで、ドレスはエレガントで素敵なのだけど。
「似合ってる、かなあ……ドレスに着せられてる感じ」
「なに言ってるの。も素敵だってば。そのシックな青緑、似合うわよ。でも……そうね。アクセサリーをつけてみたら? イヤリングとか」
私はマリアの助言で、上品に揺れるパールのイヤリングをつけた。たしかに、耳元にアクセントがあると華やかに見える。このお店の代金はマッシュが支払ってくれるらしいので、マリアは気にせずに高そうな指輪やネックレスを薦めてきたけれど、私は気が引けたので断った。
「これで少しはセレブに見えるかな?」
支度を終えたマリアと私は、タクシーでオペラハウスへと向かう。私が問いかけると、マリアが意地悪く笑った。
「はいずれセレブの仲間入りするでしょう?」
「何のこと?」
「マッシュよ」
私は軽くため息を吐く。
「あのねえ、マリア。あなたはマッシュと私のことを何か勘違いしてるみたいだけど、何にもないんだってば。ただの研究仲間」
「でも、マッシュはあなたのこと気に入ってるみたいよ」
「そうかな……」
マッシュは親しみやすいけれど、温室育ちでどこかナルシストなところがある。女性に対して誰にでもフランクなので、特に私を気にかけている、というわけではない気がする。そのことをマリアに説明すると、「まあたしかにね」、と私の意見に同意を示した。
「それじゃあはマッシュのこと何とも思ってないのね」
「思ってない。いい友達ではあるけど」
「そう……でも、何があるかはわからないでしょう? もしかしたら、急にマッシュにときめくかも」
「……どうだろう」
私はぽつりと呟いた。私がマッシュを好きになる。そんなこと
これ以上に真剣になれる恋がいつかやってくるだろうか、……。
私がぼんやりとしかけると、マリアがじっと私の横顔を見つめていた。
「ねえ……は誰か好きな人がいるの?」
突然マリアが真剣な声を出したので、私はどきりとしてしまった。
私は、マリアに何も打ち明けていない。私の過去も、私の想いも。マリアは大切な友人だけれど、去年までの私のことは、これからずっと胸にしまっていかなくてはならない。本当は今の気持ちをたくさん聞いてもらいたいけれど、過去は誰にも漏らさないと決めたから。私のことを助けてくれた人たちへの、感謝の思いも込めて。
「いないよ。前にも言ったでしょう?」
私は微笑んだつもりだったけれど、マリアは笑わなかった。
「でもたまに、とても遠くを見るような目をするときがある。まるで……たとえば、死んでしまった人を想ってるみたいに」
事実ではないにしろ、当たらずとも遠からずだったので、私は押し黙ってしまった。マリアにはそんなふうに見えていたんだ。それにしても、憂いを表に出してしまっていたなんて、なんだか情けない。
マリアが私を心配そうな表情で見ていたので、私は慌てて口を開いた。
「ううん、そんなことない。そんな悲劇的な恋愛してないってば」
いつか、マリアに笑って話せるときが来るかなあ。私の、この一方通行の想いだけでも。
マリアは口を開きかけたけれど、彼女の言おうとしていたことは聞くことができなかった。タクシーが急に止まった。オペラハウスはすぐそこだったけれど、何か様子がおかしい。クラクションやサイレンの音で騒がしかった。マリアも私も外に視線を移した。おびただしい数のパトカーと警察官がオペラハウスを囲んでいる。何かあったのだろうか。
「どうしたんだろう?」
呟くマリアに、運転手のおじさんが答える。
「どうやら検問らしいな」
「「検問?」」
マリアと私の声が重なる。そこに警官がやってきて、タクシーの窓をコツコツと叩いた。ウインドウが下がり、一人の警官が顔を覗かせてくる。
「招待状と身分証を拝見できますか?」
首を傾げながらも、マリアと私は従った。マッシュからもらったチケットと学生証を警官に渡す。
「シドニー大学の学生さんか。しかも女性だしなあ。これで充分だろう。ただ、悪いんですが、車からは降りて歩いて行ってもらえます?」
オペラハウスは近くだから、歩くことに異存はなかった。でも、ただならぬ状況に、「何かあったんですか?」と訊いた。
「いいえ、ご心配なさらず。単なる警備です」
「単なる警備にしては厳重過ぎるわよね」
ぶつぶつ言いながら、マリアと私はオペラハウスへの道のりを歩く。赤と緑にライトアップされたオペラハウスは壮観で美しかったけれど、それを堪能している余裕がなかった。オペラハウスの周りは警官とパトカーにすっかり囲まれていて、来場者を一人ひとりチェックしているらしかった。マリアの言う通り、ただの警備にしては大袈裟過ぎる。そうじゃなく、何かを警戒しているような感じ。まさか、テロとか?でも、そんなわけはないか。さすがにテロなら即刻中止だろう。
マリアと私は、オペラハウスの入り口でマッシュと合流した。マッシュは「ふたりとも綺麗だね」と挨拶を述べるけれど、不幸なことに私たちにあっさり受け流された。
「ねえマッシュ。この警官の数、どうしたの?」
マリアが訊ねると、マッシュは少し残念そうに「ああ」と言って、私たちの耳元に顔を近づけた。
「なんでもね、ルパン三世から予告状が届いたんだって。今夜エリザベス女王のティアラを盗みに来る、って」
うそ。
私は完全に固まってしまった。
(15.12.15)