四章:Blues in March...36






「ここだ」

 ルパンの声が聞こえ、私の前方を歩く男たちは立ち止まった。そこはちょっとした空間になっていて、私たちが群がっても余裕があった。空間懐中電灯に照らされた明かりの先には、鉄製の扉。石壁の中に作られた部屋への入口のようだった。取っ手などはなく、ずっしりと重そうで、押しても引いても簡単に開きそうにない。

「この先に、じいさまのお宝がある」

 ルパンの声や表情からは、何の感情も読み取れなかった。いつものように余裕のある笑みを浮かべているわけでもなければ、焦っているようすも感じられない。

「よし。早く開けろ」

 マルカーノがルパンに銃を向ける。ルパンは首をすくめて、鉄の扉の横、石壁に手を当てて何かを探りはじめた。壁のあちこちに手のひらをくっつけながら、「どーこだったっけなぁ」と呟く。あちらこちらを撫でるようにして触れていくと、ずん、と石が凹む箇所があった。

「お、ここだ」

 ルパンがその部分の石を外すと、1から9までの数字が書かれたパネルと、小さな液晶モニタが姿を現した。ルパンは、素早い動きでいくつもの数字を押し、続いてモニタの前にじっと静止する。モニタからルパンに向けて細い光線が発せられた。

「なるほどな。暗証番号に加えて、虹彩認証、ってわけか」

 マルカーノが感心したように呟く。虹彩認証。目の虹彩を読み取る認証方法で、指紋よりも精度が高いと聞いたことがある。ルパン一世の時代にはなかったものだろうから、ルパンが作ったしくみなのかもしれない。
 やがて、ピッという電子音が聞こえて、鉄の扉が大きな重低音を立てて開いた。男たちの息が荒くなる。この中に、ルパン一世の財宝が眠っている   
 マルカーノは、扉の中に駆け込みそうになるのをぐっとこらえて、ルパンに「先に入れ」と銃を突きつけた。ルパンは「はいはい」と答えて、鉄の扉の中に入り、男たちが後に続いていく。私も引っ張り込まれた。
 ルパンが部屋の明かりをつける。

「すごい……」

 思わず呟いていた。黄金に輝く金貨が、山のように積まれている。コテージのリビングがまるまる入りそうな広い空間に、金貨の山がいくつもできていた。きん、金、金。電灯に照らされて反射した光が眩しくて、目を細める。男たちも息を呑んで呆然としていた。けれども、すぐに歓声を上げて金貨の山に飛びついていった。男が一人、マルカーノに命じられて、ルパンと私の見張りに残された。男は悔しそうに眉を寄せる。

「こりゃあすげぇ!」

 男たちが興奮するのも頷ける。これほど大量の金貨なんて、今まで見たことがない。どこの国のものだろう。それとも、時代物だろうか。探りたい気持ちがうずく。
 マルカーノは、山から金貨を掴み取り、宙に投げた。他の男たちも、金貨にキスをしたり、頬ずりをしたりしている。私たちの見張りに取り残された男は、羨ましそうに彼らのようすを眺めている。
    その刹那。男の横にいたはずのルパンが、素早く動いた。私に突きつけられた銃、それを握る男の腕を蹴り上げる。男が持っていた銃が弾け飛んだ。そして、足を床につけず、そのまま男の背中を蹴り飛ばす。男は鈍い悲鳴を上げて、前につんのめった。ルパンは、懐から銃を抜き、素早く私の腕を取って、部屋の出口へと駆ける。
 この状況に、跳ね回っていたマルカーノたちは反応が遅れた。彼らが銃を構える前に、ルパンが彼らの手元を撃ち、銃を弾き飛ばす。何発か銃を撃ち込まれたけれど、ルパンは身体を盾にして私をかばってくれた。ふたりで重なるようになって部屋の外に出る。ルパンは、先ほど操作したパネルを見る間に押して、部屋の扉を閉めた。その腕から、血が滴っていることに気がつく。

「ルパン、手……!撃たれたの?」
「大丈夫、かすり傷だよ」

 ルパンは私を振り返り、にやりと笑う。たしかに深い傷ではなさそうだけれど、グリーンのジャケットの袖が少し赤く染まっていた。私をかばってくれたときに、撃たれたの?
 ルパンは怪我など気にせずに、パネルのボタンをいくつか押す。すると、モニタに部屋の中が映し出された。

『ルパン、貴様!』

 モニタから男たちの怒声が聞こえる。

「ざぁんねんでした」

 ルパンはモニタに向けて、鼻で嗤う。

『はめやがったな!』

 マルカーノが叫ぶ。

「当然だろ。ここは俺のテリトリーだぜ?」
『くそ!ここから出せっ!』
「出してやるわけないでしょうに」

 ルパンは愉快そうに言った後、声のトーンを落とした。

「てめぇらが手ぇ出していいしろもんじゃねえんだよ、ここの宝は」

 そう言い放って、パネルのボタンを押す。ふっとモニタの表示が消えた。

、怪我は?」
「えっ?」

 突然ルパンが振り返ったので反応が遅れてしまったけれど、「大丈夫」と答える。

「よし、なら戻るぞ。じいさんが心配だ。走れるか?」
「う、うん」

 ルパンは明かりを照らし、元の道を駆ける。私も後に続いた。たぶん、暗がりに慣れない私のために、多少ゆっくり走ってくれている気がする。

「すごいね……あんなにたくさんの金貨」

 先ほどのルパンの険しい雰囲気が気づまりで、背中に問いかけた。いつものルパンらしいにひひという笑いが返ってきて、安堵する。

「あれはなぁ、ただの50セント硬貨に色を塗ってあるだけ」
「ええっ?」
「フェイクだよ、全部。本当の“お宝”はあの部屋にあるんじゃねえんだ。隣の部屋さ」
「隣?」
「そ。暗証番号が二つあってな。一つは侵入者対策用のニセもんの部屋を開ける番号。もう一つの正しい番号を入れると、あの鉄の扉とは反対の場所にある壁が開く仕組みになってんだ」

 ルパンは、こういう万が一のことを見越して、そのからくりを作ったんだろうか。

「あの扉はエミリオの虹彩でも開くようになってるんだけどな、あの仕掛けは俺が勝手に作ったもんなんだよ。エミリオはこのことを知らないのさ。だからあんなに必死にここを守ろうとしてたんだろうなぁ。俺としちゃあ、さっさと奴らをあの部屋に案内しちまって、はめてやったほうが簡単だったわけ」
「へえ……」

 エミリオさんが懸命になり、ルパンがそこまでの仕掛けを施してまで守りたかった“お宝”って、何なんだろう。聞きたいけれど、今はゆっくり話ができる状況ではない。それに   ルパンのようす   あの真剣な語調。聞くのはどこかはばかられた。
 そうこうしているうちに、梯子までたどり着く。ルパンが電灯を私に渡して、先に梯子を上っていく。私は下からルパンを照らしながら、後に続いた。
 エミリオさん、無事だろうか。奴らは手負いのエミリオさんに手を出していはいないと思うけれど、発作のほうは心配だった。
 上までたどり着くと、ルパンが私に目で合図して、銃を構え、扉をゆっくり開けた。近くには男の仲間はいないようで、ルパンがそっと扉の外に出る。私を手招いて、引っ張り上げてくれた。

「しっかし、あれだけ苦労して、手に入るときはあっけないもんだな」
「ま、そんなもんだろ」

 男たちの話し声が聞こえる。ルパンは私を手で制して、屈んだままカウンターキッチンの端からリビングのようすを伺った   かと思ったら、弾けたように飛び出していく。

「なっ!」

 男の声が聞こえたかと思うと、パン、パン、という銃声が二発。

「じいさん、しっかりしろ!」

 そして、ルパンが悲痛の声を上げた。

 

(17.1.7)