八章:Alexander the Great...67





 先生は大きな棺の前に立っていた。部屋の奥に置かれたふたつの棺。私たちはそれらを取り囲むようにして集まった。
 棺の中にあるのは、ミイラだった。皮膚は赤茶色く、肉は削がれ骨のようになってしまっているけれども、紛れもなく人のミイラ。はじめて目にする死者の生々しさとグロテスクな姿に、私は目をそらしてしまった。怖い、と思ってしまった。もはや生気が感じられない見た目なのに、今にも動き出しそうなおどろおどろしさがある。
 けれども、私以外の誰もが、平然と二体のミイラを見下ろしている。それが悔しくて、私は気分の悪さを押し殺し、ミイラと向き合うことにした。

「なんだぁ、このミイラは」

 次元が独り言のように訊く。

「おそらく   おそらくだが、……アレクサンドロスとヘファイスティオン、なのだろうか……」

 先生は声を震わせていた。

「ヘファ……なんだって?」

 次元の問いに、ルパンが答える。

「ヘファイスティオン。アレキサンダー大王の親友と言われた男、だよな」
「ああ、そうだ」
 
 先生が頷いて、ルパンを見る。博識なルパンに感心しているようすだった。ルパンも先生を見つめ、訊ねる。

「たしかに、連中がわざわざミイラを残しとくってこたぁ、大王サマのミイラなのかもしれねぇが……もう一体のほうは、どうしてまたヘファイスティオンだって思うんだ、先生?」
「……私たちが解読した文書に、記述があった。その内容は、こうだ   
 我が最愛なる友 ヘファイスティオン
 悲しき別れはひととき
 精霊の住まう谷で再び会おう
 生者と死者を結ぶ
 太陽の降り立つ場所
 大地の果て
 
 我らは故郷を去り 日出づる国まで旅をした
 多くのものを得た代償に
 多くの友を失った
 私は偉大な自由の国をつくりあげたが
 ヘファイスティオン そこにきみはいない
 しかし 我らの再会は約束されている
 我らの軌跡とともに
 精霊の加護があらんことを」

 ルパンが見つけてきた石碑に書かれていた文章を、先生が暗唱する。
 ルパンが少し考えてから、「なぁるほどな」と続けた。

「大王サマとその親友は仲良く埋葬されてた、ってことか。アレキサンダーもヘファイスティオンも、死体は見つかってないんだっけ」

 ルパンの問いに、先生が頷く。

「ああ。様々な通説はあるがね……。それがまさか、このような形で残されているとは   。しかし、それならばカーラがこの場所の存在を必死に隠していたのも頷ける。アレクサンドロスとヘファイスティオンを、人目に晒したくなかったんだろう。さらに、カーラの者たちは、いつかふたりが蘇ると信じているようだった。カーラは生と死の精霊を祀っているのだそうだ」
「だから死体をミイラ化して残しておいたってわけか。んでも、その信仰のために一族が人殺ししてたって知ったら、大王サマはどう思うのかねぇ」
「……ルパン、君が言っていたように、カーラの信仰はしだいに行き過ぎてしまったのだろう。自分たちこそアレクサンドロスに選ばれた存在だと。それだけの力があると。そのためならば何をしてもいい、と」
「だろうな」

 先生は棺の蓋をそっと戻し、私たちは再び部屋の中を散策することになった。先生はもう少し詳しく棺を調べたいようだったけれど、今はあまり時間がない。次元の言った通りカーラが迫ってきているのなら、先に何か対策を見つけるなり、考えるなりしなければ。ただ、ここにアレキサンダー大王とヘファイスティオンのミイラがあるのなら、それを盾にここに閉じこもるということは一つの案になった。時間を稼ぐことができれば、ICPOが来てくれる、……。

「おーっと、扉発見!」

 ルパンが声を上げる。振り向くと、部屋の奥へと繋がる通路が開いていた。

「なぁんか変なボタンを押したら、このとおり扉が開いたわけ」

 ルパンがそう言って、通路の奥へと進んでいく。不二子さんもルパンの後に続いていったけれど、何があるかわからないということで、私たちは部屋の中に残ることになった。
 しばらく経ってから、「おーい、来てくれー」というルパンの声が聞こえて、残っていた全員が部屋の奥の扉に進んでいく。
 そこは個室になっていて、さらに奥にも通路が続いていた。遺産のある部屋とは異なって、現代的な一室だった。壁はコンクリートで、大人六人が集まると窮屈感がある。さらに、ボタンやスイッチが並んだ台座の上に、何も映っていないモニターが二つ置かれている。

「なんだ、ここは?」

 次元が呟く。ルパンが少し間を置いてから答えた。

「なあ、……あー、ゴホン、ちゃん。この資料の文字、読んでみてくんない?」

 突然私に話が振られてどきりとしてしまうけれど、私はルパンから薄い紙の束を受け取り、読んだ。
 いくつかの図と、カーラ語の文字が書かれている。これまでの分岐路の文字とは異なり、文章になっているので、読めないところもあった。私はカーラ語の文法まではわからない。けれども、単語は拾うことができて、それを繋げると   

「昇り降り……昇降機……」

 私が呟くと、ルパンが「やっぱり」と大きく頷いた。

「おそらく隣の部屋がエレベーターになってる、ってことだろうな」
『エレベーター?』

 先生と次元、ジュディさんの声が重なる。ルパンは頷いた。

「そ。あの部屋の壁を見たときに、なぁんか違和感があったのよ。部屋の壁、今までの通路みたいに石の壁だっただろ?でもよーく見るとな、材質は石じゃなくて“壁紙”だったわけ。剥がしてみたら、後ろは鉄筋コンクリートだった」
「つまり、遺産の部屋はコンクリートで作られている、ということ?」

 ジュディさんの問いに、ルパンは「そうそう」と答える。ジュディさんは腕を組んで、眉を寄せた。

「どうしてそんな面倒なことをしたのかしら」
「そりゃあ、大王サマのミイラやら遺産やらをコンクリートの部屋に置くなんて、味気ないだろ」
「まあ……そうかもしれないわね」

 ジュディさんはゆっくり頷く。たしかに、鉄筋コンクリートがむき出しの部屋に、歴史を感じる遺品が置かれているのは違和感があると、私も思う。アレキサンダーの棺があるのなら、なおさら。

「でも、部屋がコンクリートで作られているとして、どうして部屋全体がエレベーターだと思ったわけ?それは飛躍しすぎじゃない?」
「そりゃあジュディちゃん、他に理由がないからさ。わざわざお宝の部屋をコンクリートにする理由が、な。大王サマの遺産なんだから、ひろーい部屋にどどんと置いておきゃあいいだろ?なのに、小ぢんまりとまとまったような雰囲気だ。それに、この部屋。この先の通路。ビビッと閃いたわけ」

 ルパンの言葉に、不二子さんが口を開く。

「この先の通路……?あなたも見たでしょ、ルパン。進んでみたら崖の側面に出て、ずうっと下に川が流れていただけよ。行き止まりだったじゃない」

 ルパンは「ああ」と頷く。ふいにルパンの視線を感じた私は、顔を上げた。

「その資料、何かわかったか?」

 ルパンに訊ねられて、私は再び資料に目を落とす。ルパンたちの話を聞きながらも、資料を読んでいた私は、台座の上のスイッチを指差した。

「これで、たぶん、モニターが映るんじゃないかと」

 私が言うなり、ルパンは台座のスイッチを押す。沈黙していたモニターがパチ、と軽い音を立てて、映像を映し出した。一つのモニターには、先ほどの遺産の部屋。もう一方には、見慣れない光景。薄暗くて見にくいけれど、モニターの中に現れたのは、船、だと思う。

「ビンゴ!」

 ルパンはただ一人、嬉しそうに声を上げた。他の私たちは取り残されたように、悶々とした表情を浮かべた。

「どういうこと、ルパン。説明してよ」

 不二子さんが痺れを切らしたように言う。

「つまり、最初に言ったとおり、遺産の部屋自体が下りのエレベーターになってるわけよ。そんで、下にはボートがあって、何かあった場合に外に運び出す算段なんだろ」

 なるほど。モニターに映っている船の映像は、エレベーターが降り着いた先ということなのか。

「これだけのお宝を人手で運ぶんじゃあ、えらい時間がかかっちまうもんな。ったく、よく考えたもんだぜ」

 ルパンが感心したように言う。先生もぽつりと呟いた。

「すごい仕組みを作ったものだな」

 ルパンが頷く。

「まぁ、そもそもこの地下迷宮自体、たいしたシロモノだしな。連中、コンピュータ関係には疎そうな地方民族のフリして、実際はバリバリ電子システムを利用してるわけだ」
「ということは、だ。このエレベーターを動かしゃあ、下に抜けられるわけだな」

 次元が焦れたように言う。

「そゆこと。たぶんこの部屋がエレベーターを動かす制御室、ってところか」
「そういうことならさっさと移動しちまったほうがいい。連中、いつ追ってくるかわからんぞ」

 次元が早口で言った。

「ああ。たぶんその資料が、エレベーターの説明書か何かなんじゃないの?」

 ルパンが私のほうを向く。
 ルパンたちのやり取りを耳に入れながらも、私は手元の資料を読み進めていた。
 この文章をすべて解読することは難しいけれど、エレベーターの操作方法なら、たぶん、わかる。この部屋のボタンやスイッチを動かせば、エレベーターを起動させることができる。単語だけ読めれば、なんとか理解できる内容だった。

「エレベーターは、たぶん、動かせます」

 私が言うと、全員がほっとしたような表情を浮かべるのがわかった。
 でも私は、そういう気持ちになれなかった。
 私は。私は、その先を続けるかどうか、迷った。でも今は、時間がない。なるべく迷う時間は少なくしなければならない。私ひとりでは抱えきれる問題じゃ、ない   
 私はごくりと唾を呑み込んで、それでもからからに渇いた喉から言葉を絞り出した。

「ただ   エレベーターを動かすには、誰かがこの部屋に残って、操作をしなければならないようです」
 

 

(17.10.16)