八章:Alexander the Great...70
目の前が、赤かった。
はじめは血なのかと思ったけれど、それはジャケットの色だった。
ぼんやりとしたシルエット。
鮮やかな、赤。
私は手を伸ばす。
そうだ。
はじめて出逢ったとき、 は赤いジャケットを着ていたっけ。
私は名前を呼ぶ。
でもそれは、声になって現れない。
目の前の赤は、どんどん遠ざかっていってしまう。
私は手を伸ばす。
でも、つかめない。
行かないで。そう口に出したはずなのに、音にならない。
けれど。
私は知っている。
私の手は、私の声は、絶対に届かないのだということを。
ああ、私の本当の名前。
私も……会いたかった。
本当は、ずっと、……。
ルパン。
その名前をようやく言葉にすることができて、やっとわかった。
結局私はずっと
好きだった。大好きだった。
ルパンから最後にしようと言われて、気持ちを封じ込めていても、胸の奥底でルパンへの想いを忘れられないでいた。
そのことを認めたくなかったから。ずるずると引きずって情けない自分になりたくなかったから。ルパンのことは忘れたと、ふっきれたのだと、思い込もうとしていた。
実際にそれは成功していた、と思う。
アレキサンダーの研究に打ち込んで、交友関係も広がって、身体を動かしたり、アルバイトをしたり。
きちんと前に進めていた。
新しい自分になれていた。
うまくいっていた。
このままルパンのことを忘れて、生きていけると思っていた。
それなのに。
ルパンに会ってしまったら、封じ込めていたものが少しずつ私の胸を震わせていった。
ルパンの表情。しぐさ。声。雰囲気。瞳の深さ。笑顔。
どんなにピンチでも、それを楽しむようすさえある頼もしさ。
頭の回転の早さ。
そういうもの、ぜんぶ。
私が大好きだったルパンは、そのままで、……。
けれども、私ははっきりとルパンに別れを告げられているし、なにより不二子さんと再会したことで、やっぱりルパンにふさわしい人は不二子さんしかいないのだなと痛感した。
だから、また、押し込めた。
自分の気持ちを。
むくむくと上がってきて、抑えきれなくなる前に。
ルパンへの感情はもう残っていない、って。
ルパンがいなくなっても大丈夫だ、って。
そう思うようにした。
でも。
私は、こんな結末、望んでない。
ルパンが“いなくなる”だなんて。
ルパンの存在が消えてしまうだなんて。
そんなの、……。
それだけは、だめなのに
たとえ手が届かなくてもいい。
どんなに遠い存在でもいい。
ルパンがいなくなってしまうことの痛みに比べたら、そんなものは些細なことなのに。
それなのに。
ルパンは、
私のせいで、……。
(17.11.06)