母の声で、目を覚ます。机の上に突っ伏して寝てしまっていた。しまった、宿題をやるつもりだったのに。肩を落として、「今行く」と返事をした。夕食の後に、やらなくちゃ……
01. on the HORIZON
地平線をこえて
「あ、お父さん帰ってたんだ。おかえり」
椅子に座って新聞を読む父にそう言うと、父は顔を上げて「ああ」と頷いた。
「、寝てただろう。顔に跡が付いてるぞ」
えっ、と手を顔に当てると、額が凸凹しているのが分かった。父はくすくすと笑い、新聞を畳む。
は父の向かいに腰掛け、テーブルの上の料理を眺めた。ビーフシチュー、サラダ、スープ。ごくり、と喉が鳴った。ふと壁に掛かった時計を見ると、まだ6時を数分過ぎた頃だった。今週は忙しいから、7時以降にならないと帰れない。父はそう言っていなかったっけ。
「今日は早かったんだね」
父に言うと、父は一瞬意味深な視線をキッチンに立つ母の背に向けた。しかし、すぐにこちらに向き直って、「仕事が早く片付いたんだ」と言った。
はふうん、と答えつつも、何かあるな、と感付いた。何か怒られるような事をしたっけ、私。思い巡らせていると、母がお酒を持って来て、テーブルの上に置いた。
「さあ、食べましょう」
「、話があるんだ」
きた、とは思った。父が早く帰ってきた理由。先ほどの、意味深な目付き。片付いたテーブルに、ティーカップが3つ並んでいた。母は父の隣で、無言で座っている。
「……なに?」
そっと問うと、父は母に視線を向け、それから真っ直ぐにに目を向けた。
「は
問い掛けるというよりも、確認するような口調だった。父の意図が掴めず混乱したが、うん、と頷く。
父の言う通りだった。魔法。ずっとずっと、憧れたいた。魔法使い。魔女。箒に跨ってみたり、呪文のような言葉を口にしてみたり、『魔法使いごっこ』という遊びが小さい頃は大好きだった。さすがに今になってはそういうことはしないが、魔法というものに憧れているのは、事実。けれど、そういった非現実的な事を考えることはやめようとも思っていた。現実に戻った時に、哀しくなるだけだから。
「そう……だろうな。もし、魔法が使えるのだとしたら、どうする?」
は目を瞬かせた。何を言っているのだろう。魔法が使える?そんなわけないじゃないか。いい年をした大人がそんなことを言うなんて。からかわれているのだろうか。
初めは、そう思っていた。しかし、父の目はいたって真剣だった。
「魔法が使えるなんて……そんな夢みたいなことがあったら……なんでも、する」
「
父はため息と共に言葉を吐き出し、しばらく俯いていた。
「……分かっていたんだ、初めから。ならそう言うだろうと」
自分に言い聞かせるように、漏らした。そしてゆっくりとした動作で、懐から手紙を取り出した。それを、そっと机の上に置く。
古びた紙には、『・様』とエメラルドグリーンのインクで書かれてあった。宛先が自分だったことに、は驚く。父を目だけで見上げると、開けてごらん、と促された。
手を伸ばし、手紙を掴む。裏返すと、紋章のようなものが刻まれた蝋で、封がしてあった。なんだろう、この紋章。胸がどきどきする。恐る恐る封を開け、中の手紙を取り出す。
『このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されたこと、心よりお喜び申し上げます』
ホグワーツ……魔法魔術学校。魔法?学校?何だ、これは。
顔を上げて父を見やると、困ったような笑みを浮かべていた。
「長い話になるよ」
私は、魔法使いなんだ。父の言葉に、驚愕した。
魔法使い?今日はエイプリルフールだっけ。いや、今は初夏だ。あまりにも突拍子もないことに、笑い出しそうになった。けれども父の声音も表情も、真面目なものだった。
父はゆっくりと語り始めた。自分が魔法使いであること。しかし、母は違うこと。家出をして、魔法使いでない人
魔法なんてあるはずがないと思っていたが、父の言葉が嘘や冗談であるとは考えられなかった。父の話には筋が通っているし、父も母も真剣な様子だった。
「ほんとう、なの……本当にお父さん、魔法使いなの?」
震える声で尋ねると、父は頷いた。母に視線を移すと、母も頷く。父はおもむろに細い30cmほどの棒を取り出し、その先端を机の上のティーカップに載せた。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
父は一字一句違わぬように、慎重に言葉を発する。すると、杖の先が向けられたカップがふらふらと宙に浮いた。はぽかんと口を開けた。浮いてる。信じられない。は何度も何度も目を瞬かせたが、目の前の事実に変わりはなかった。ティーカップが宙に浮いている。
それから父は、暖炉に火を点けたり観葉植物を動かしたりしてみせた。
「どうだい?信じたか?」
「信じられないけど、……信じる」
これだけのことがあったのだから、疑いようはない。しかし、まるで実感がなかった。父が魔法使い。まさか。でも、本当のことなんだ。それならば、私はお父さんの血を引いているわけだから、魔法が使えるのだろうか。そして、この手紙。魔法学校への入学が許可された。魔法学校。魔法、魔法、魔法!
「ホグワーツに入りたいか、」
「もちろん!」
勢いよく頷くが、父は「そうか」と答えつつも浮かない表情だった。
「お父さん……私に、その学校に入って欲しくないの?」
「ああ、……いや、そういうわけじゃ、ない」
父は苦笑しながら首を振った。
「ただ……ちょっと、良い思い出がないんだ、ホグワーツには」
「良い学校じゃないの?」
「違う違う。良い所だよ、ホグワーツは。校長も素晴らしい。でも……父さんは、自分の家の教育方針が嫌だったんだ。だから、あまり学校生活は楽しめなかった。それに反発して家を出たんだ」
祖父母の存在。はずっと、気になっていた。周りには、お祖父ちゃんの家に行くの、という子がいたりするのに、自分は祖父母の存在すら知らない。が産まれる前に亡くなったんだよと聞かされていた。それは真実かどうかは分からないが、父と父の両親は仲が良くなかったということか。
「スパルタ、だったの?」
「ははは、スパルタ、ね。まあ、そうだな。そのことについては、また後で話そう」
ともかく、ホグワーツというのはね。父は再び、話し始めた。
今から1000年以上も前に設立されたヨーロッパ三大魔法学校の一つで、4つの寮があり、全寮7年制。在学中は家族とは離れて暮らさねばならず、夏休みやクリスマスに一時帰宅を許されるということだった。ホグワーツに入れば、両親と離れて暮らさねばならないのか。
「……どうだ?入ってみるか?」
両親は、大好きだった。離れて暮らすのは寂しい。でも。
「入りたい。私、ホグワーツに行きたい」
魔法。なんと素晴らしい響きだろう。この手で、魔法が使える。こんなに胸が躍ったことは、いまだかつてなかった。手が震えた。
「
「え、いいの?」
は父と、隣の母を交互に見やった。
「もちろん。が行きたいというなら、反対はしないわ」
母ははっきりと言った。父も、頷く。
「にはきっと、ホグワーツは合うだろう。楽しんでおいで」
は満面の笑みで、うんと答えた。手紙をしっかりと、握り締めて。
何かが変わる気がした。変われる気がした。今までのどこか物足りない日々も、物足りない思いも。
ホグワーツ魔法魔術学校。きっとそこには、何かがある。
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初めましての方。読んで下さったありがとうございます。こんにちはの方。またお会いできてとても嬉しいです。どちらの方も長い作品ですが、お付き合い頂ければ幸いです! 07/7/1