変身術の歴史について調べ、知り得たことを報告せよ。
初めての大きな課題。変身術のレポート。正直なところ、面倒臭いという気持ちが大半だった。けれども、マクゴナガルの課題なのだから頑張ろうとも思った。
ミネルバ・マクゴナガル。変身術の教師であり、グリフィンドールの寮監。厳しいと皆は言う。実際、マクゴナガルはグリフィンドールの寮監であっても、特別自身の寮を贔屓にするようなことはしなかった。けれども、はその公正さが好きだった。そして、その厳しさの中にある優しさが。
以前、授業の後で分からないことを思い切って質問しに行ったを、マクゴナガルは褒めてくれた。「いい質問ですね」と。そして、昼食の時間が差し迫っているにもかかわらず丁寧に指導してくれた。それが嬉しかった。だから、変身術には力を入れたかった。

 

07. CLOSE to you
図書館にて

 

リリーと一緒では彼女に頼ってしまうかもしれない。そう考えて、一人で図書館へ向かった。落ち着いて取り組めるよう、は一番奥の席を選ぶ。何冊か変身術に関係する本を引っ張り出し、机の上に載せた。そうして、表紙をめくる。
    10分もしないうちに、欠伸が出てくる。選んだ本が悪かったのか、難しいことや抽象的な理論ばかりで、文字を追うだけでも疲れてしまった。持ってきた本は全て同じようなものばかり。本を探すだけでも骨が折れそうだと思った。いやいや、頑張れ。もう一度、マクゴナガルに褒めてもらうんだから。

「やあ、

呼ばれて、はっと前を向くと、知った顔が向かい側にちゃっかり座っていた。ジェームズ・ポッター。

「あ、……ジェームズ……1人?」
「いや。シリウスたちも一緒さ。その辺で本探しだよ。もしかしてそれ、マクゴナガルのレポート?」

まだ2、3行しか書かれていないの羊皮紙を指差し、ジェームズは尋ねた。

「うん。全然進んでないんだけどね」
「僕もさ。これからやるところ。歴史なんて本を調べなきゃ分からないからね。面倒だなあ」

ジェームズは肘をつき、手のひらにあごを載せた。変身術の歴史以外なら楽に解ける、といった口調だった。彼はこのまま去って行くのかと思いきや、そのままの体勢でぼんやりとの羊皮紙を眺めている。    その視線が気になって、集中し難かった。
その時、ジェームズ、とか細い声が聞こえてきて、もジェームズも顔を上げた。

「さ、探すのくらい手伝ってよ…」

小さな男の子が本を3冊抱えながらやって来る。ピーター・ペティグリュー。彼はよいしょとその本を机に載せ、ジェームズの隣に腰掛けた。その動作になんの躊躇いもなかった。あれあれ、嫌な予感。

「ちょっと休憩してたところだよ」

ほんとかなあ、とピーターは首を傾げる。そして、に視線を向けた。

「あ……え、と……同じグリフィンドール、だったね?」
「ピーター・ペティグリュー、だよね」

が言うと、ピーターは嬉しそうににこりと笑った。

「ぼくの名前、知ってるんだ。きみは、ええと……」
。まったく、女の子の名前も憶えられないなんて」

ジェームズが窘めるように言うと、ピーターは頬を膨らませ、だって新学期だから、たくさん人がいるから、ともごもご呟いた。
やがて、ジェームズの後ろに人影が2つ現れ、1人は持っていた本でジェームズの頭をぽん、と叩いた。

「いてっ」
「俺たちに本を探させといて、自分はのんびりか?」

シリウス・ブラックだ    。その隣には、リーマス・ルーピン。

「だから、ちょっと休んでただけなんだって」

ジェームズはシリウス・ブラックに叩かれた頭を手で撫でながら言った。

「それじゃあ、レポートを始めようか。みんなでやればすぐに終わるさ」
「………ジェームズ。その『みんな』っていうのに私も入ってるの?」
「もちろん」

即答するジェームズに、は呆気に取られた。折角リリーに頼らないように1人で来たのに。
いつの間にか、ジェームズの隣にリーマス、の隣には一つ席を空けてシリウスが座った。ちょっと、一人でやりたいんだけど。そう反論する暇も勇気もなかった。

「いきなりこんなレポートだなんて……ぼく、マクゴナガルって苦手だな……」

ピーターは小さい声で呟くように言うが、の耳には届いていた。思わずどうして、と尋ねると、ピーターは目を大きくさせた。

「だって、きびしいし……ちょっと怖いし」
「そうかな……」

やっぱりみんな、そう思っているんだ。は肩を落とした。

「僕は、いい先生だと思うな。厳しいけど公平だし、ちゃんと評価もしてくれるし」

リーマス・ルーピンが言った。よく見ると彼の顔は青ざめていて具合が悪そうだったけれども、彼の言葉が嬉しかった。良かった。同じ意見の人がいた。

「私も、そう思う」

そう勢いよく言ったを、少し驚いた様子でリーマスは見やった。彼と視線がかち合う。綺麗な目だった。澄んだ瞳。なんとなく気まずい思いがして、は視線を落とした。

「私は……マクゴナガル先生、好きだけど……」
「まあ、僕も悪い先生だとは思わないよ。でも、厳しいことには変わりないけどね。いきなりこんな内容のレポートだなんて」

後半は嘆くように、ジェームズは言った。

「出されたものは仕方ないだろ。早く終わらせよう」

面倒臭げに言ったシリウスの言葉を合図に、全員がレポートに取り掛かった。

 

10分も経たぬうちに、ジェームズは羽根ペンを鼻と口の間に挟み、ぼんやりと辺りを見回していた。ピーターはそんな彼が気になるのか、ちらちらと隣を振り向き、ジェームズの横顔を見ている。リーマスは真剣に取り組んでいるが、シリウスは手の甲にあごを載せながら変身術とは関係のない本を読んでいた。もリーマス同様、真剣に羊皮紙と向き合っていたが、そんな彼らの様子が気になり、羽根ペンを走らせる手を止めた。

「……ジェームズ、終わったの?」

が問うと、ジェームズはうん、と曖昧に返事をした。

「すごいね、ジェームズ」

それを聞いていたピーターはジェームズに尊敬の眼差しを向ける。しかし、本を読んでいたシリウスは顔を上げ、疑わしそうにジェームズを見やった。

「嘘吐け。半分も終わってないくせに」
「うるさいな。集中できないんだよ。女の子たちが、シリウス、お前を見てひそひそやってるから」

もはっと辺りを見渡してみると、女生徒たちが少し離れたところで何か囁きあっているのが見えた。何だろう。ジェームズやシリウスの噂だったらいいけれども、自分のことだったら。以前、リリーが言っていたことを思い出す。『気をつけなさいよ。女って、怖いんだから』。
うわあ、嫌だ。は顔を伏せた。

「俺じゃなくてお前を見てるんだろ。でも、ジェームズ。お前のレポートが終わらなくても俺は手伝わないからな」
「何言ってるんだよ、シリウス。その顔で気づいてないって、罪だよ?」
「何が?」
「何が、って」

2人のやり取りに、は笑いを堪えた。絶妙な言い合いだったし、シリウスの言葉が彼の本心ならば、もしや彼はそういうことに鈍いのではないかと思った。本当に、こんなにハンサムで女の子の視線に気づかないなんて、……。でも、このままでは私が誤解されてしまう。は恐る恐るジェームズの名を呼んだ。ジェームズは視線をシリウスからに移す。

「私……そろそろ行こうかな」
「終わったの?」

ジェームズはの羊皮紙をちらりと見る。

「終わってないけど、……」
「お前が煩くてレポートに集中できないんじゃないのか?」
「え?そう……ごめんよ、

シリウスの言葉に、ジェームズは気落ちしたように、消え入りそうな声で謝る。その様子に、は慌てた。彼には、こんな顔は似合わない、こんな顔はさせたくないと咄嗟に思った。

「違うよ    ジェームズのせいじゃなくて。その……私、注目されるのに慣れてなくて」

ジェームズは安堵の色を浮かべる。

「そっか。まあ、注目されるのは僕のせいじゃないな」

皮肉めいたように言って、ジェームズはシリウスを見た。なんだよ、と口を尖らせるシリウスの向かいに座っていたリーマスが、とうとうレポートを取り組んでいた手を止めた。

「君、組み分けの後から噂になってるよ」
「……俺が?何だって?」
「ハンサムな男の子がいる。誰?シリウス・ブラック」
「馬鹿馬鹿しい、冗談だろ」

シリウスはあからさまに顔をしかめるが、思わずも会話に加わった。

「本当だよ……上級生にだって噂なんだよ」
「そうそう。その隣にいる、眼鏡の男の子もね」
「僕が?」
「そう」

とリーマスの言葉に、ジェームズとシリウスが目を丸くした。ジェームズは嬉しそうに見える一方、シリウスは煙たがっている様子だった。その様子を見て、とジェームズが口を開く。

「へー。シリウスは女嫌いとか?」
「そういう問題じゃないだろ。ただ、騒がれるのが迷惑だって言ってるんだよ」

意外。本当に、彼は迷惑だと思っているらしい。珍しいなあとは思った。いや、初めてかもしれない。こんなにハンサムな顔つきで、気取ることがない人なんて。
が感心していると、リーマスがおもむろに立ち上がった。

「僕は、そろそろ行くよ」

下からリーマスを見上げ、シリウスは終わったのかと尋ねた。気のせいか、リーマスの顔色が先ほどよりも悪くなっているような。

「まあ……大体は、ね」

そう言って、とんとんと本を叩いてまとめ、羊皮紙を持ってリーマスは机から離れて行った。

「あ……私も行くね」

ちょうどいいタイミングだと思い、も言って立ち上がった。周りに生徒も増えてきたし、痛い視線を浴びるのも辛かった。

「ああ、   リーマスにごめんって謝っておいて。あと、君にも、ごめん」
「どうして?」
「宿題をするはずだったのに、おしゃべりの時間になっちゃっただろ?」

そう苦笑するジェームズに、は首を横に振った。
素直なんだなあ。は、ジェームズを見直した。リリーが言うように悪い人ではないのかもしれない、と。それを、彼の本当の人となりも知らずに苦手意識を持っては、彼に失礼ではないかと。

 

図書館を出ると、彼の背中に追いつく。ルーピン、と呼びかけると、彼は止まって振り返った。

「あ、……だったよね」
「うん。ねえ……大丈夫?」

彼の顔がますます青ざめて見えて、は尋ねた。リーマスは困ったように笑う。

「何が?」
「具合、悪そうだよ」
「そう?そんなことは、全然ないよ」

そうかなと思ったが、はそのことは口にせず、ジェームズの言葉を伝えた。

「ジェームズが謝ってたよ。レポートをする時間じゃなくて、おしゃべりの時間になっちゃって、って」

リーマスは首を横に振って、微かに笑った。

「そんなこといいのに。ああやって大勢で何かをやるなんて初めてだったから、楽しかったよ」

本当ならもっと楽しめたけど、と呟いたリーマスの声は、には聞こえなかった。

 

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07/7/12