早足で歩いていると、ふと、遠くに2つの人影を見つけた。1人は背が高い。教師のようだ。そして、その後ろについて歩いているのは、生徒。見覚えがあった。
11. SHARE the secret
ひとは誰にでも、秘密がある
目を凝らして確認してみても、やはりリーマスに違いなかった。教師の方は、ホグワーツの校医、マダム・ポンフリー。こんな時間に、どうしたのだろう。リーマスの具合が悪いのだろうか。しかし、医務室へ向かっているならば方向が違う。2人は城の中へ行くどころか、城から離れた方へ歩いて行っている。
彼らの様子、とりわけリーマスを凝視していると、彼の顔が歪められていることに気がついた。遠目からでも彼の辛そうな様子が分かる。
どうしたのだろう。何があったのだろう。
は、彼らの向かっている場所が暴れ柳が植えられている方向であることを思い出した。マダム・ポンフリーに連れられて暴れ柳へと向かうリーマス。何故。
僅かな不安と好奇心には勝てず、は2人の後をそっと追った。
2人が辿り着いた先は、やはり暴れ柳だった。はそこからやや離れた木の背後に隠れ、2人の様子を窺った。何か話しているけれども、聞こえない。
やがて、マダム・ポンフリーが柳の根元を杖で叩いた。何をしているのだろうと、は身を乗り出した。がさり、と足元の葉が擦れる。
「誰です!?」
マダム・ポンフリーが振り返り、声を上げる。リーマスもはっと身体を震わせた。
はしまった、と顔を歪める。しかし、素直に出て行こうと思った。そして尋ねよう、と。
「すみません……」
木の陰から出て行くと、マダム・ポンフリーは顔をしかめ、リーマスは驚愕した。
「あなたは」
「すみません、ごめんなさい。ルーピンのことが気になって……それで……どうしたのかと思って……」
「後を尾けていたのですか」
マダム・ポンフリーは目元を険しくさせ、言った。は肩を落とす。
「あの、外に用事があって……それで、出ていて……たまたまルーピンを見かけて」
「何ということを。もう日が暮れているこの時間に、外出はいけません」
「でも、ルーピンの具合があまりに悪そうだったから。どうしたんですか?」
ポンフリーとリーマスが目を伏せる。何かを隠している、と悟った。
「大したことではありませんよ。さあ、戻りなさい」
大したことじゃない?こんなに具合が悪そうなのに?少し腹立たしさを覚えて、は力を込めて言った。
「先生は、本当にマダム・ポンフリーですか?」
「なんですって?」
「この前、魔法薬学の授業で習ったんです。ポリジュース薬。誰かがマダム・ポンフリーに変身して、ルーピンを誘拐しようとしているんじゃ」
「そんなわけがないでしょう」
呆れた、とマダム・ポンフリーはため息と共に言った。しかし、リーマスは声を出して笑い始める。
「面白いね、。真面目な人だと思ってたのに。残念だけど、君の推理は外れだよ。本物のポンフリー先生だ」
彼の様子に、だけでなくマダム・ポンフリーも呆気に取られていた。
「
知られたくないひみつ。リーマスの有無を言わせぬ様子と彼の言葉に、は口を閉ざした。
『リーマスが自分から言い出すまで待ってるんだよ』。
シリウスの、言葉。でも、こんなにリーマスは苦しそうなのに。
「……ある……けど
の言葉に、リーマスははっとしたように目を開けた。
「、でしたね。さあ戻りましょう。ルーピン、あとは一人で行けますね?」
マダム・ポンフリーの問い掛けに、リーマスはああ、はい、と曖昧に答える。それを見届け、ポンフリーはの肩を強く抱き、城の方へ引き戻していった。は振り返ろうとしたが、ポンフリーに遮られ、叶わなかった。
「このことは、誰にも言わないこと。いいですね?」
「……はい」
「これ以上の詮索も許しません。その時が来たら、彼が自ら語るでしょうから」
ポンフリーは諭すように強く言った。
結局のところ、リーマスが言ってくれるのを待つしかないのか。ジェームズは、シリウスは、どんな気持ちなのだろう。リーマスが何かを隠していることには、2人とも気がついている。それを知りながら、何も言わずに待っている。
ジェームズもシリウスも、そしてリーマスも。みんな、苦しいんだろうな。
誰にだって、知られたくない秘密がある。けれどもそれを共有したいというのも、友の願いなのだろう。
それなら、わたしは、……
丸い月を眺めていた。満月、だ。リーマスはこの月を何処からか眺めているのだろうか。あの柳の下に何があるのだろうか。暗い部屋?どうして彼がそこに行かなければならない?
毎月、母親の見舞いに。毎月。決まった日に、リーマスは授業を休む。その日が近づくと顔色が悪くなる。あれ。そういえば、その日って今日じゃない?先月のこの日も、リーマスは休んだ。あの木の下から学校を抜け出して、母の見舞いに行くのだろうか。
「やあ、。ちょっといいかな」
切り傷が刻まれた顔で、リーマスは言った。リリーがマクゴナガルに質問があるというので、一人で寮へ戻ろうとしていた途中だった。は頷きながら、昨日のことだろうなと思った。
誰もいない空き教室へ入る。戸を閉め、静かな空気が流れ出してから、は先手を打って口を開いた。
「昨日のこと……誰にも、言わないよ」
「ああ、うん」
リーマスは曖昧に笑う。傷が痛々しかった。
「うん……そうなんだけどね。きっと、気がついてるんじゃないかなあ、と思って。ジェームズもシリウスも。君も、ひょっとしたら」
リーマスは抱えていた教科書を机の上に置いて、椅子に座った。組んだ彼の手にも、傷痕があった。
「でも、気づいてる様子を全然見せない。上手いよ、2人とも。でも互いに薄々感づいてる。そのことにだけは触れないようにしてる。そして、いつも言うんだ。毎月、同じ日に。『リーマス、母親の具合はどうだい?今日は見舞いの日だろ』ってね」
でも、とリーマスは深いため息を吐いてから、言った。
「馬鹿馬鹿しいよね、そんなの。何の茶番なんだか」
「茶番じゃないでしょ?」
は声を上げた。胸が痛かった。
「本当は、解ってるくせに。ジェームズとシリウスの優しさも、気遣いも。だからルーピンも言えない。ルーピンを信じて待ってるジェームズとシリウス。いっそ、問い質してくれた方がいい。何か隠してる?って」
リーマスは目を上げ、を見つめた。も、見返す。
「君は隠しごと、あるの?」
「……あるよ」
少し躊躇ってから、は答えた。
「だから、少しは解る、つもり」
リリーも気づいているのではないだろうか。あの夜以来、そう思った。
『時々思い悩んだような顔、するもの』。
リリーは感づいている。きっと、頭の良い彼女のことだから。でも触れない。深く追及してはいけないという思いだろうか。彼女の優しさか。
私にも、言えるだけの強さがない。怖い。言えない。
「でも、君も誰にも言ってないんだね?エバンズにも?」
「……うん」
「どうして?僕に言ったよね。秘密を理解してくれる友達がいないのか、って。君にはいるだろう?」
「私は……もう少し……時間がないと」
「何の時間?」
「まだ
「それ、おかしいよ。君がそんな考えをしてる時点で、エバンズは君にとっての親友じゃないよ。信頼されたいなら、信頼しなきゃ」
ああ、そうか。私は結局自分のことしか考えてなかったのか。リリーを親友と思い込んで、でも実際はリリーは私を親友と思ってくれていなかった。そういうことが、怖かった。だから、素直に認められなかった。彼女が親友だと。それに、簡単に親友だと言いたくはなかった。親友とは、そんなに安っぽいものじゃないと思うから。でも、リリーは既に私にとって大切な人で。その気持ちは隠してはいけなかったんだ。
「そうだよね……うん、そう」
「なんて、偉そうに言ってごめんね。僕も、君と話して気づいたことなんだ」
リーマスは笑みを浮かべる。
「僕は、ジェームズとシリウスと友達になりたい。親友になりたい。だから、怖かった。自分の秘密を知られて避けられることが。でも、本当の自分を知ってもらわない限り、親友になんてなれっこない。だから、話すよ」
その通り、だと思う。私もいつか、きちんと話したい。リリーに。
「僕は、狼人間なんだ」
突然の彼の言葉に、は驚愕した。おおかみ、にんげん。まさかとは考えたけれど、……本当に。
「昔、ある人狼の男に噛まれたんだ。もう学校に行けないと思ったけど、ダンブルドアが特別に許可してくれて。ただし、月に一度、満月の夜は、暴れ柳の根元を通った先にある屋敷で過ごさなければならない。そこでなら、誰にも危害を加えることなく過ごせる」
そうやって、いつも独りで苦しんでいたのか。
「驚いた?」
「……少し」
「怖いだろう?」
「ううん」
「いいよ、本当のこと言っても」
「本当だよ。だって、ルーピンはルーピンだから」
目の前にいる、穏やかな少年。狼とは正反対の優しい心を持つ少年。
「ありがとう。なんだか楽になったよ。昨日、君に見られた時はどうなるかと思ったけど」
「あれは……その……後を尾けてて、ごめん」
「いいよ。お陰で大切なことを学べたから」
「うん。私も」
「僕も、勇気を出すから。君も、いつかその秘密を打ち明けられるように、ね」
「うん、……」
そう。
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07/7/19