要するに、怖いんだろ。

その通り。怖いんです。
今のままの関係がいい。シリウスの隣にいて、彼が笑っているのを見られるだけでいいのに。
    ちがう。
告白して断わられるのが怖いだけ。シリウスとギクシャクした関係になることが怖いだけ。
それならば、無難な道を進みたい。無難。なんて良い言葉。

それなら、エリックと付き合うしか道はないのか。でも、できない。エリックは嫌な奴だし、個人的に好きでもない人と付き合うのは抵抗があった。『付き合う』ことがステータスで、(ある程度顔が良ければ)誰でもいいなんて考えている者も少なくはない。そうはなりたくない。
ああ、どうしましょう。

 

28. Family CHECK
ナイトはだれ?

 

リリーに相談しようかとも思ったが、結局解決するのは自分しかいないのだと考えて、躊躇っていた。でも、このまま悩んでいても解決しそうにない。堂々巡り。
私にとって、何が一番嫌なのか。シリウスに気持ちを知られることが嫌なのか、エリックと付き合うことが嫌なのか。両方嫌だとは思うが、絶対に避けたいことは前者だった。シリウスに私の気持ちを知られて、避けられでもしたら、    
ともかく、もう一度エリックに交渉してみよう。この前は怯んでしまったけれど、今度は。

 

「あれから考えたんだ」

人通りのない廊下で、エリックは言った。ホグワーツ城の外れ、夕食のすぐ後のことだったので、生徒の姿はない。が彼を呼び出すと、丁度彼の方も話があったのだ、と言う。

「百歩譲ってキス、でいい」
「はあ?」

は顔をしかめた。百歩譲った結果が、それ?

「……それも計画のうちなの?」
「いや、俺の独断だ」

エリックは腰に手を当て、ゆっくりとに近づいた。

「女たちには上手く言ってやるよ。キスさえすれば話は収まる。簡単だろ?」

そんなに簡単なわけがない。こんな奴とキスをするなんて、絶対に嫌だ。けれども、付き合うくらいなら、いっそここでキスで済ませてしまった方がいいのかもしれない。でも、何かおかしい。

「退屈しのぎはもういいわけ?」
「あー、大満足さ」

ぞんざいな口調のエリックが信じられなかった。あれ程退屈しのぎに拘っていた彼や、彼の背後にいる女子たちがそう簡単に引き下がるのだろうか。

「あいつらもそろそろ飽きてきただろ。で、俺も土産をもらって、はいお仕舞い」

の心中を察したかのように、エリックは言った。
キスか、暴露か。ここで耐えて丸く収めるか。それとも、後でもっと酷い目に合うのがいいか。秤に掛けてみると、前者の方がまだ良いかもしれない、と思えた。
でも、    ファーストキス、なのにな。

「減点してやってもいいんだぞ」

はその言葉にはっとした。そうだ、こいつは監督生だったんだ。

「まあ、優しい俺はそんなことはしないだろうけど、な」

ああ、どこまでも嫌なやつ。皆にそう思われていないことが、ますます腹立たしくもどかしい。
が黙り込んでいると、エリックは不意にの両腕をがしりとつかんだ。

「あー、じれったい!」

エリックがそう言った後は、一瞬のできごとだった。
抗議の声を上げる暇もなかった。彼の顔が近づいてきて      唇に、生暖かいものが触れた。
咄嗟に目を閉じる。ぱしっと目の奥に閃光が走ったような気がした。頭が真っ白になる。

(い、や、だ    …)

キス、されているんだ。この、大嫌いな男に。
そう覚醒して、渾身の力を込め両腕を振り払った。
エリックの顔が離れるのとジェームズの声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。

!」

はっとして振り向くと、ジェームズがこちらに向かって駆けていた。彼は、怒りに満ちた表情でエリックを睨みつけていた。
見られた。ジェームズに。本当ならば頼もしい存在のはずの彼が、今は恨みがましく感じた。
どうして来てしまったの、ジェームズ。
は顔から血の気が引いていくのを感じ、その場に座り込んだ。

……」

のもとに駆け寄り、ジェームズも屈む。放心状態のを見、ジェームズは立ち上がり、エリックに向き直った。

「お前、どうしてあんなことをしたんだ?」
「あんなこと、って    そいつが望んだことだぞ」
「嘘を吐くな!」

ジェームズは杖を取り出し、エリックに向けた。ジェームズの声では我に返り、彼を見上げた。
ああ、ジェームズ。私のために怒ってくれてるんだね。
そのことが、そのことだけがの身に温かさを残した。やっぱり彼は優しい。頼もしい。

「ナイト気取りはよせ、ポッター。グリフィンドールから減点されたいのか?」
「ああ、いいさ」

動じる様子もなく、ジェームズは答える。

「減点なんてすぐに取り戻せる」

ジェームズは杖先と視線を、真っ直ぐにエリックに向けた。エリックも、逸らすことなくジェームズを睨みつける。

「……馬鹿馬鹿しい。友情ごっこのつもりか?」

小さく呟くように言って、エリックは背を向けた。

「待て!」
「ジェームズ」

はジェームズのローブを掴み、弱々しく首を振った。

「……

床に膝をつき、ジェームズは頭を下げた。

「もう少し    早く来てれば」
「グッドタイミングだったね」

そう、ジャストタイミングだった。見られてしまった。ジェームズに。もう少し遅く来てくれていれば、誤魔化しようがあった。ジェームズに見られた。あんなに最悪なところを。
泣き笑いのようなの表情に、ジェームズは顔を歪めた。

「どうしてここが分かったの?」
「ああ……夕食の後、君たちが何処かへ行くのが見えてね。ニルソンのこと、クィディッチでよく知ってるから、ちょっと嫌な予感がして」
「リリーのところへ行けば良かったのに。リリー、一人だったでしょ?」
「僕は、……」

必死に言葉を探すようなジェームズに、皮肉を言ってしまったは心を痛めた。ジェームズの優しさは身に沁みて知っているはずなのに。でも、今は、それが温かくて    痛い。

「ごめん。嫌な言い方だったね……」

ジェームズは首を横に振った。

「私、シリウスのことが好きなのに」
    うん」
「あいつ、そのことを知ってて……そのことをシリウスに知られるのがいいか、あいつと付き合うのがいいか、言われて……」
「最低だね」
「でも、私も最低なの。私、シリウスに知られるのは絶対に嫌だった。怖かった。臆病者だから。だから、あいつと付き合った方が良い、って思った」
「……
「でも……あいつは、キスをすればそれでいいから、って。それで済むなら、って……私、迷った」

ジェームズがの肩にそっと手を載せると、彼女が少し震えていることに気がついた。

「でも、最悪だね……こんな気分    キスってこんなものなの?」

あの感触が、生温かさがまだ唇に残っている。は手の甲で唇を拭った。
その『最悪』なことを、私は自ら選ぼうとしていたくせに。このざまは、なに?
ジェームズはゆっくりと首を振って答えた。いや、違うさ、、と。

「そんなキスは、偽物だよ」

 

「あ、プロングズ」

ピーターが言うと、チェス版を睨んでいたシリウスとリーマスは顔を上げた。
夕食の後、ちょっと用事があると言って素早く去って行ったジェームズが、戻って来た。が共にいたようだったが、彼女はすぐに女子寮の方に戻って行った。彼女の顔色もそうだったが、ジェームズの表情も優れなかった。

「どうしたの?何かあった?」

その様子にいち早く気がついたリーマスが尋ねる。その問いには答えずに、ジェームズは3人のもとへ近づいた。

「バッドフット、その手は使わない方がいい」
「うるさいな、ほっとけ」

ジェームズはチェスで自分に敵うものはいないと豪語しているが、その才能はシリウスもリーマスもピーターも認めていた。ただ、シリウスはあれこれ口を挿まれるのが嫌いだったのでむすっとして言った。

「何かあったんだろ?」
「何もない」

ジェームズはシリウスを見ようとはせず、チェスボードだけに視線を向けていた。
のためにも、シリウスに知られることは絶対にあってはならない。
僕には、そんな気遣いしかできない。何もできなかった。エリックを止めることも、の心を軽くすることも、できなかった。何が、君の力になる、だ。結局何もできないじゃないか。

と一緒に来たみたいだったね」

リーマスがそっと尋ねる。ジェームズは微動だにせず、チェスボードを睨みつけていた。

「たまたまそこで会っただけだ」
「……そう」

何も問われたくないのだろう。それを察して、リーマスはそれ以上の詮索はしなかった。しかし、シリウスは納得がいかなかった。

「おい。そんなに思い詰めたような顔してるなら、話せよ」
「何でもない。ちょっと、スリザリンの嫌な男と出くわしただけさ」
「スニベルスか?」
「だったら、良かったのかもしれない」
「なに気取ってんだよ。俺たちには話したくないっていうならはっきり言え」

『ナイト気取りはよせ、ポッター』。

「ああ、そうさ!」

夜更けの近い静かな談話室に、ジェームズの大声が響く。ピーターはぴくりと身を震わせ、シリウスとリーマスは目を丸くして彼を見た。彼らだけでなく、談話室に残っていた生徒も何事かと驚く。

「……悪い」

ジェームズは目を伏せ、言った。情けない。何に一番腹が立つかって、自分にだ。

    後で話すから……今は聞かないでくれ」

先延ばしにしてどうなるということでもない。けれど、とりあえず、今は何も言いたくはなかった。
親友にそう言われては、3人は黙るしかなかった。

 

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07/9/11