ジェームズはいつもの溜まり場である湖畔へやって来て、ようやく足を止める。3人に背を向けたまま、湖の水面を見つめた。
空と湖はこんなに澄み切っているのに。心にはどんよりと黒い雲が埋めいている。
まさか、あんなことになるなんて。ニルソンと女子が共謀していたとは。それに、気づけなかった。
ナイト気取り。ちがう。僕は、気取ることさえできなかった。守れなかった。友達を。女の子を。彼女を、深い水の底へ沈めてしまった。
はどんな気持ちでいるのだろう。それが一番、気がかりだった。
30. FOUR heads are better than one
四人寄れば、文殊の……?
「……、ほんとにニルソンと……?」
ピーターが口を開いた。こういう重い沈黙が流れた時、それを破るのはピーターであることが多かった。それは彼の無邪気さというか、悪く言えば少々の無神経さからなのだけれども。しかし、時折、それが助けになることもあった。
「の顔を見たろ?嘘に決まってるだろ」
ピーターはジェームズの低い声にたじろぐ。
「じゃ、じゃあ、うまくできた合成写真なんだね」
「……合成だったらどんなに良かったか」
ジェームズはゆっくりと振り向いた。そこにあるのは、自嘲的な笑み。
「誰があの写真を撮ったんだろう」
リーマスの問いに、さあねとジェームズは答えた。ただ、カメラはマグルの道具だから、マグル出身者が関わっているのだとは思うが。
「昨日お前が頭を抱えてたのは、このことだったんだな」
客観的なシリウスの口調に、ジェームズは怒りが込み上げてきた。
シリウスの鈍感さは、彼の良さでもあると思う。ただ、今は、恨めしかった。
「シリウス。お前、あれを見て何とも思わなかったか?」
睨むようなジェームズの目つきに、シリウスは眉をひそめた。
「……お前がすぐ燃やしたから、俺はよく
「僕は腹が立って仕方がないよ」
ジェームズは瞬きをせず、シリウスを見た。
そう言われても困る、とシリウスは思った。『どう思ったか』?混乱している、ということが正直なところだった。エリック・ニルソンという人物のこともよく知らないし、あまりに素早くジェームズが写真を焼いたので、感情が湧き上がってくる前に沈んでしまった、という気がした。
ただ、のあの表情。哀しみと絶望が入り混じったあの顔は、忘れられない。
「ジェームズ、落ち着きなよ」
2人を見かね、リーマスが言う。しっかりとした、けれども優しい口調のリーマスに、ジェームズは肩を竦める。
「悪い……悪かった」
はあ、と大きなため息を吐き、ジェームズは3人に座るよう促し、自身も草の上に腰掛ける。
「……はニルソンに弱みを握られてるんだ。それで、仕方なく」
「弱み?」
「ああ」
「何なんだ、それ」
そう言ったシリウスの顔を、ジェームズはじっと見た。いっそ言ってやりたくなった。けれども、堪えた。
「本人に直接聞いてみろ」
突き放すような親友の言い方に、シリウスは顔をしかめたが、リーマスは感づいた。先ほどのジェームズのシリウスに対する態度から察するに、シリウスが関わっているのだろう。それはたぶん、のシリウスに対する想い。
「でも、写真を撮ったのはニルソンじゃないんだよね?仲間がいるってこと?」
険悪な雰囲気を察し、ピーターが慌てて言った。
「ああ、たぶん。あの女の子たちだ。あの時を囲んでた女子たち」
「どういうこと?」
「簡単なことだよ、ワームテールくん。女の子に『大』人気の、シリウス・ブラック。はそいつとよく話す。だから、妬まれた
ジェームズの意味深な視線に、シリウスは眉根を寄せた。
「それで、ニルソンに協力を要請したのか。でも、どうしてニルソンなんだろう」
リーマスの呟きに、さあ、とジェームズは感情を込めずに言った。視線はシリウスに留めたままで。
「しかし、もてる男は辛いな」
「ふざけんな。殴るぞ」
「殴れよ」
互いに睨みあうジェームズとシリウスの間に、ぴりぴりとした空気が流れた。
ジェームズとシリウスの相性の良さ。それは、互いだけでなく周りも分かっていたが、それゆえに衝突することも多かった。そうして、その間を取り持つのは、リーマス。
「好きで女の子にもててるような奴だったら、僕はシリウスとは一緒にいないし、ジェームズ、君だってそうだろう」
そう言って、リーマスは微笑んだ。2人は睨み合うのをやめ、リーマスに視線を移す。
以前、シリウスがぽつりと言った言葉を、リーマスは思い出した。
『なあ、どうしてそんなに簡単に好きだなんて言えるんだ?』、……。
女の子から呼び出された回数が2桁を越した頃だったと思う。それは、異性に人気であることを鼻にかけるものではなく、シリウスの純粋な疑問だった。どうしてシリウスはそんなことを言うのだろうと、リーマスは不思議に思っていた。理由はどうあれ、人気であることは嬉しいことではないのか。
その理由をリーマスなりに悟ったのは、シリウスの家へ行った時だった。一度だけ、リーマスとジェームズはブラック家へ行ったことがあった。シリウスには内緒で、驚かそうと思ったのだ。数年前の夏休み。シリウスは喜んでくれると思っていた。確かに、嬉しそうな顔はした。しかしそれは一瞬だけだった。
シリウスの家族に会った。彼らは、初めは歓迎した様子を見せていたけれども(後で思うとそれも少々よそよそしいものだった)、リーマスが混血だと分かると態度を一変させた。
『まあ、シリウス!マグルの血が入った魔法使いとなんか付き合って……汚らわしい!ただでさえスリザリンに入れなかったことが、一族の恥だというのに』
ジェームズとリーマスは、母親の言葉を聞いた時、怒りを通り越して唖然とした。シリウスの表情は怒りに満ちていたが、彼は何も言わなかった。何を言っても無駄だということを理解していたのだろう。
しかし後で、リーマスに言った。ごめんな、と。消え入りそうな声で。
注意深く、シリウスの様子や両親の言動を見た。そうして、分かった。シリウスの両親は、シリウスを愛してはいない。
両親は彼の弟を溺愛した。恐らく、彼の両親があの時のようにあからさまにシリウスを嫌う態度を見せるようになったのは、シリウスがグリフィンドールに入った時からだろう。幼い頃は、シリウスを邪険には扱っていなかった、と思う。けれど、愛情ではなく期待を注いだ。素晴らしい純血の魔法使いになれ、と。それに反発したシリウスは、両親にとって、愛情を注ぐべき存在ではなくなったのだ
思えば、シリウスの性格はよく歪まなかったなあと感心する。今年彼は家を出たが、それまでよく耐えたと思う。よくあの家にいられたと思う。
リーマスは、自分の両親と比べた。狼人間になった自分にも、変わらぬ愛をくれる両親。
けれどもシリウスは。
胸が、痛かった。でも、シリウスはそんなところを感じさせない。しかし、彼は自分の気持ちや他人の気持ちというものに鈍かった。分からなかったのだろう。とりわけ『愛』という感情に。両親の愛無さゆえに。
勝手な推測だが、十中八九当たっているだろうと、リーマスは思う。
「
「……分かってるよ」
ジェームズには、もちろん分かっていた。リーマスの考えていたことも、シリウスの思いも。シリウスに責任はない。けれど、にだって、ない。
「悪かった」
本日2度目の謝罪をし、ジェームズは口を噤んだ。これ以上言いたいことはなかった。
沈黙が流れるが、それを破ってピーターが口を開いた。
「そうだ。の、その『弱み』がなくなればいいんじゃない?」
いたよ。ここにも鈍感な奴が。内心でため息を吐いて、ジェームズは首を振った。
「だめだめ。なくならないんだよ、その弱みは」
「どうして?」
いや、なくせるかもしれない。ピーターの無邪気な顔を見て、ジェームズは閃いた。
「ああ、でもこのままじゃあニルソンも引き下がらないだろうしな。本当に付き合うようなことになっちゃうかもしれない。ああ、どうしよう」
芝居がかったジェームズの言葉に、リーマスは苦笑した。ジェームズはシリウスの反応を見たいのだろう。けれどもシリウスは、無表情だった。
「一回、一発がつんとやったらどうだ?」
「……あいつ、監督生だから駄目だよ」
「ばれないようにやるんだよ」
シリウス。僕が聞きたいのはそういうことじゃないんだ。でも、やっぱり駄目か。この鈍感男には、何を言っても。直接言わないと、なあ。額に手を当てて、もういい、とジェームズは言った。
「ぼく……は、ジェームズが好きなんだと思ってた」
ピーターのぽつりと漏らした言葉に、3人は声を揃えて「え」、と言った。しかし、ナイスアシスト!とジェームズは内心で笑顔を浮かべる。
「でもジェームズ、エバンズが好きじゃないか……だから、かわいそうだな、って思ってた」
「ええっ?そうなのかい?が、僕のことを!?
見てられない、とリーマスは噴き出しそうになるのを必死で堪えていた。
「どう、って」
「本当だと思うか?」
そう言われれば、とシリウスは思った。が一番良く話すのはジェームズだし、一緒にいる時も楽しそうだし。でも、ジェームズが好きなら、なぜ彼の恋に協力をしたのだろう。
それなら、あの時が言った『好き』は友達として、ということになる……。
『色んなシリウスを見て、好きになったの』。
「……に聞いてみろよ」
「何だって?僕のこと好きかい、って?」
「もう、やめよう」
とうとう腹を抱えながら、リーマスが言った。一人笑うリーマスを、シリウスとピーターは怪訝そうに見、ジェームズは邪魔するなよ、と見やった。
「考えれば分かることさ。がジェームズを好きなら、無心にジェームズの恋を応援したりしないよ」
そうかなあ、とピーターは首を傾げた。ジェームズは相変わらず非難の色を浮かべてリーマスを見ている。いいところだったのに、とその視線は物語っていた。
「だめだよ、ジェームズ。はっきり言わないと、伝わらないよ」
「だよなあ」
ジェームズは頭を掻いた。何とアプローチするべきか悩んでいると、シリウスの方が先に口を開いた。
「でも、は……ジェームズのこと、好き、だよな?」
「そうだとありがたいけどね」
ジェームズは肩を竦ませて言うが、リーマスはそうだろうね、と頷いた。
「僕らのことは、好いてくれてるよ、は。僕のことも、ピーターのことも、シリウス、君のことも」
リーマスはシリウスを見つめた。何だよ、結局リーマスだって遠回しに探ろうとしてるんじゃないか。心の中で抗議をして、ジェームズは黙って2人の様子を眺めた。
「……それって、大勢の前で言うことってあると思うか?」
「どういうこと?」
「いや
「言いかけてやめるなよ。気になるだろ」
ジェームズが窘めるように口を挿む。
シリウスは迷った。けれども、確証が欲しかった。彼女の口にした『好き』の言葉が、ジェームズへの好感度と同義である、ということを。これ以上、もやもやと霞がかった頭を抱えるのはいやだ。
「……去年……OWLの後に……の声を聞いたんだ。何処かの部屋で。誰かと話してるみたいだった………それで、聞いたんだ」
シリウスは言葉を切った。その先は言葉が出てこなかった。
「まさか
それを察したのか、リーマスが言った。シリウスはゆっくり頷く。3人は呆然とした。
なんだよ。の弱みは無効だったんじゃないか。
そうジェームズは思ったが、どうやらそうでもないらしい。シリウスは眉間に皺を寄せて、地面を見つめている。
「ふうん。で、それが友達として君のことが好き、っていうことだと思うわけだ?」
「……そうだろ。怒ってたみたいだったし、勢いで言ったのかもしれない」
馬鹿だよな、とジェームズは思った。どこまで鈍いんだ、こいつは。
「たとえば、の話だけど。友達としてじゃなく、恋愛感情だとは思わなかったのか?」
ジェームズの問いに、シリウスは息を吐いて、目を伏せた。
「そんなわけないだろ。大体、のことは友達だと思ってたし……お前たちと同じように」
「僕だったら動揺するけどね、それを聞いたら」
リーマスの言葉に、シリウスは内心で動揺しなかったと思うのか、と吐いた。
「じゃあ、たとえば!もし、恋愛感情として君が好きだとが言ったら、どうする?」
「どうする、って」
シリウスは眉根を寄せ、頭をがしがしと掻いた。
「分からない」
「分からない、だあ?」
「リーマス。お前だったらどうする?」
非難の色を思い切り含めたジェームズの声に、シリウスはリーマスは救いを求めるような瞳を向けた。
「いや、僕は……うーん……分からない」
「ほら、な?」
「実際にその状況になってみないと」
「まったく、君らって奴は」
ジェームズは呆れたようにため息を吐く。
「大体、友情と恋愛の境って何だよ。お前、エバンズのどこを好きになった?」
「え!?いや、それは……なんとなく、というか」
あの強いグリーンの瞳とか。肩に掛かる赤毛とか。笑顔とか。優しさとか。言い出したら限がないし、呆れられそうだったから、曖昧にジェームズは言った。
そんな彼にほらみろ、とシリウスは言う。
ああ、もう。このままこの話を続けていても結論には達しないような気がして、リーマスは口を開いた。
「いろいろあるよ、シリウス。もっと一緒にいたいとか、傍にいると安心するとか。『好きだ』って感じたら、好きなんじゃないの」
その言葉にジェームズはうんうんと頷く。
「……分かんねえ」
シリウスはその場に仰向けに寝転んだ。薄い雲が、青空にかかっている。
「でも、珍しいね。というよりも、初めてだよね。シリウスが、女の子からの告白を撥ねつけなかったのは」
「直接言われたわけじゃないんだって」
シリウスは、リーマスの顔は見ずに声だけを聞いた。リーマスの穏やかな声は、青い空にぴったりと合う気がした。
「もし、が直接言ったらどうする?」
「また『もし』の話かよ」
シリウスは目を閉じた。ジェームズの声は、太陽の光のよう
私、シリウスのことが好きなんだ。
もし、直接言われたら。今までの女の子からの告白のように、悪い、ごめん、と答えるだろうか。
分からない。実際にその状況になってみないと、分からない。
「いっそ、直接に聞いたらどうかね」
「何だって?『俺のこと好きか』、って?」
「あはは、そうだね」
他人事だと思って。シリウスは目を開け、上半身を起こしジェームズに掴みかかる。
やれやれ。リーマスは、肩を竦めた。
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07/9/20