穏やかだった。優しい時間が流れる。秋から冬にかかる時期の、和やかな雰囲気が、余計にそれを感じさせていたのかもしれない。女子たちや、あの写真を見た人からの視線は気になったけれども、リリーが心配してくれたような頭を打った後遺症はなかったし     幸せだった。
大好きな人がいて。大好きな友達がいて。
この時間が、愛おしかった。

 

35. after a storm comes a CALM
あらしのあと

 

図書館からの帰り道。は、クィディッチの練習帰りの少年に遇った。

「やあ、。図書館帰り?」
「そう。ジェームズは練習帰り?」

そう、とジェームズはの隣に並んで、の歩調に合わせて歩き出す。
その中で、はそっとジェームズの横顔を覗いた。覗くというよりも、背の高い見上げる形になった。

「……ジェームズ。背、伸びたね」
「そりゃそうさ。僕だっていつまでも子供のままじゃないんだよ」

ジェームズは笑い、も笑った。
ホグワーツ入学前。屈託のない笑みを浮かべてショーウィンドウを眺めていたあの幼い少年。その頃の面影を残しつつ、確かにジェームズは大人っぽくなったなあ、とは思った。ちらりと彼の横顔を仰ぎ見る。少年らしさの残った、きらきら光る瞳。激しい練習をしたのか、頬が少し紅潮しているようだった。そして、横顔の線の凛々しさ。大人と子供の間。
私は、少しは成長しているのだろうか。

「どうかした?僕の顔に、何かついてる?」
「え?あ、えと、いや、そうじゃなくって」
「あ、もしかしてまさか、見惚れてた?僕って罪な男だなあ」

は噴き出しつつも、そうだよ、と答えた。

「ジェームズは、格好良いね」
「……面と向かって言われると照れるなあ」

ジェームズは軽く頭を掻く。

「ねえ、もしパッドフットがいなかったら、僕を好きになってた?」
「え、……どうだろう。それとは少し、違うかもしれない」

ジェームズのことは大好きだけれど、今シリウスを想う気持ちとは違う気がする。

「恋愛とは違うような気がする。それでも、私にとってかけがえのない人、かな」
「ありがとう」

ジェームズは目を細めた。僕にとっても君はそんな存在だよと、胸の中で呟く。

「そういえば、パッドフットの奴と、どう?最近」
「どう、って」

この前の晩の話を聞いているのかいないのか。ジェームズの何気ない言葉から、シリウスはジェームズに何も話していないのではないか、と思った。

「今度、ホグズミード週末だろう?その時にでも、誘ってみたら?」
「ああ、そういえば、そうだったね」
「僕は、今回はエバンズを誘うつもりだよ。この前は大変なことになったけど、今回はちゃんと、エバンズに言おうと思うんだ」

私が余計なことをしたせいで、ごめんね。はその言葉が口から出かかったが、ジェームズに気を遣わせてしまうことになるので、飲み込んだ。

「……リリーも、恋愛には結構晩熟なんだよね」
「それが、君たちの良いところさ」
「『たち』?」
「エバンズと、とシリウス。ま、パッドフットは究極だけどね」

そうだね、とは笑った。笑いつつも、この前の晩のことを言おうか言うまいか、迷った。シリウスが言わずにいるのなら、そのままの方が良いのかもしれない。でも、ジェームズは知っておいて欲しい。

「でもさ、僕はきっと、君たち2人がそれぞれ別な奴と付き合うことになったら、妬くな」
「今度の『たち』は誰?」
とシリウスだよ」

ああ、それは解るなあ、とは思った。きっと、ジェームズとリリーが別の男女と付き合うことになったら、異常なくらいに嫉妬するかもしれない。2人のことが好きだから、2人に上手くいって欲しいと思ったのは、だけではなかった。

「あいつ、鈍いから、もっと積極的にいかないと気づかないよ。誘うだけなら誘ってみたら?ホグズミード」
「うーん……なんだか、自分の気持ちを押し付けるみたいで、嫌だな」

シリウスは、知っているから。の気持ちを。その上で誘った場合、彼自身も気まずい思いをするのではないだろうか。

「そんなことないと思うけどな。のそういうところ、好きだけどさ。でも、このままじゃ、あいつ一生、の気持ちに気づかないかもよ」

は曖昧に笑った。言うべきか言わずにおくべきか。

「……もし私の気持ちに気づいたら、シリウス、何て言うかな」

ジェームズはうーんと腕を組んで考え込む。以前のシリウスとの会話を、思い返した。

「正直なところ、……どちらでもないと思う」
「どういうこと?」
「俺も好きだったって言うのも考えられないし、ごめんとも言わないと思う。難しいんだよ、シリウスにとってのの立場は」

当たってるなと思って、は笑いを噛み殺した。

「じゃあ、何て言うだろう」
「うーん。さしづめ、『時間をくれ』とか言うんじゃないかい?」

 

午後の授業が全て終了した時だった。広間に行こうとしたとリリーを呼び止めたのは、ジェームズ。ああ、来たなとは思った。がんばれ、ジェームズ。

「エバンズ、ちょっといいかい?」
「何?」

以前ほど愛想は悪くないものの、リリーは短く答えた。

「私、先に行こうか?」
「いや、いいよ。すぐに終わるから」

気を利かせたつもりが、ジェームズはあっさり首を振った。そして、彼はできるだけ爽やかに、言った。

「エバンズ。今度のホグズミード週末、デートしないかい?」

リリーは僅かに眉を寄せてジェームズを見た。
『嫌』と即答されるかと気を揉んでいたジェームズは、脈打つ全身を感じながら、それでも爽やかさを保ってリリーの言葉を待った。
リリーは考え込むように少しだけ俯く。リリーの長い睫毛が、僅かに震えているような気がした。

    デートはしないわ」

やがて言ったリリーの言葉に、ジェームズの笑顔が凍りついた。
ああ、やっぱり、ジェームズの想いはリリーには伝わらないのだろうか    …。
けれども。でも、とリリーは顔を上げた。

「一緒になら行ってもいいわ」

澄んだグリーンの瞳が、薄茶色の瞳を捉えた。

「……え?」
「聞こえなかった?    一緒に行ってもいい、って言ったのよ」

ジェームズの顔が、みるみるうちに明るくなっていく。

「本当かい、エバンズ!」

ええ、と頷くリリーに、ジェームズは飛び上がりそうな勢いで喜んだ。

「それじゃあ、週末に!」

まるでスキップのステップを刻むように去って行くジェームズを、はぼんやりと見つめていた。

     私ね、彼のことちょっと見直したわ」

リリーの呟きに、ははっとした。

「そりゃあ、相変わらず格好付けは変わっていないし、スネイプともいがみ合っているけど……。彼、が倒れた時     顔とか態度には表さなかったけど、相当心配してたわよ、あなたのこと」

え、とは声を上げた。

「きっと、自分が取り乱したらみんなが余計にのことを心配する、とでも思ったのかしら。大丈夫だよ、ってひたすら言い聞かせてたわ。私や、ブラックたちや    たぶん、自分自身に。でも、彼が大丈夫って言うと、本当にそう思えてくるから不思議よね」

友達思いの、ジェームズ。彼の良いところは認めてもいい、とリリーは思った。

 

リリーがジェームズのことを考え直してくれたのは良いとして。
この週末、自分はどうしようかと、は考えていた。リリー以外の女子とホグズミードを回る気にもなれない。かといって、シリウスを誘う勇気など持ち合わせていない。リリーには、ホグズミードへ行くふりをして、図書館で過ごそうか。
そんなことを考えている間に、週末はやって来た。

 

 

「じゃあ、ね」

そう言ってはにかんだ笑みを浮かべて去って行くジェームズと、リリーの後ろ姿を、は、はしばらくぼんやりと見つめていた。もし2人が付き合うことになったら、きっと学校中の注目の的になるだろう。リリーもジェームズもあの容姿であの成績だから、人気があった。

!」

呼びかけられて振り返ると、小柄な男の子がこちらに手を振りながら走って来た。
ピーター、とは声を漏らす。彼は目の前に来て、はあはあと息を切らせた。

「ホグズミード、行くの?」
「ううん……やめようと思ってたところ」

何だか寒くなってきたし、気が乗らなかったし。ピーターは、と尋ねると、彼は呼吸を整え、言った。

「ぼくたちも、行くのやめたんだ。プロングズがいないとつまらないし。地図をつくるか、チェスするつもり」

あの地図。はジェームズとシリウスの、得意気な笑みを思い浮かべた。

「それでね、も一緒にどう?」
「私も?」
「そう。ほら、エバンズがプロングズと行ったら、は一人になっちゃうだろう?だから、プロングズに頼まれたんだ」

なんだ。結局、ジェームズは気にかけていてくれたんだ。それとも、彼の『作戦』だろうか。とシリウスを一緒に過ごさせよう、という。嬉しいような、歯痒いような。

「みんなでホグズミードを回ったらっても言ってたんだけど、、どっちがいい?」
「私は、談話室の方がいいな」
「うん、良かった。それじゃあ、行こう?」

ああ、私を誘うためにピーターは走ってきてくれたんだ。

「うん、ありがとう」

不意にピーターを抱き締めたくなって、は寸前のところで堪えた。

 

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07/9/28