気のせいか右腕が痛い。あれからしばらくずっと、シリウスとチェスをしていてた。でも結局何勝何敗かは不明になってしまった。恐らく自分の方が勝っているとは思うのだが。それよりも彼との会話の方に集中してしまっていたから、よく覚えていなかった。
「どうだった?」
リリーは複雑そうな表情をして、のベッドへどさり、と腰掛けた。
36. Twilight Zone
あいまいな
「普通だったわ。ハニーデュークスに行って、三本の箒に行って」
確かに、それらの場所はホグズミードの定番だった。けれども、リリーの様子は『普通』ではなかった。視線が定まらず、の目を見ずに、部屋のあちこちに移動させている。
「
え、と声を出そうとしたが、口を開けたまま固まってしまった。
まさか。いや、でもジェームズはリリーのことが好きだったのだから、彼の告白はおかしなものではない。けれども、今日告げるとはまったく予想していなかった。
「それで……リリーは……?」
恐る恐る問うと、リリーは肩を竦ませた。
「それが………断わるつもりだったの」
「つもり?」
こくり、とリリーは頭を下げる。
「そう
「でも、ジェームズは何度もリリーに『デートしよう』って言ってたでしょ?気づかなかった?リリーのことが好きだ、って」
リリーは緑の瞳を揺らし、真剣な顔を見せた。ジェームズのことで、リリーがこんな顔を見せたことは、今までになかった。
「……本気で言っているとは思わなかったの。……今までに何度か、男子から告白されたことがあって、その度にどうして、って思ってた。本当に私のことを知っているの?私のどこを見てくれたの?って」
『何度か』ではない、とは思った。リリーが男子から想いを告げられることは、数え切れない程あった。途中までは数えていたが、10人を超したところで、やめた。
「今までは、ごめんなさいって断わってたけど、今日は、……聞いたの。私のどこがいいの、って」
『エバンズ。僕は、君が好きだ』
ジェームズの言葉に、動揺してしまった。いつもの彼の調子とは違っていたから。『デートしよう』という軽い口調とは正反対の、真剣な声。表情。それでいて、柔らかく温かく、真っ直ぐな瞳。
思わず、『私のどこがいいの?』と尋ねていた。
「ジェームズは、……なんて?」
沈黙するリリーの言葉を、は促した。
「……いろいろよ」
「いろいろ?」
真面目なところ。聡明なところ。綺麗な瞳。温かい笑顔。優しさ。強さ。弱さ。目に見える君の良さはそれだけじゃないと思う。そこに、惹かれたんだ。
「言葉が出て来なかったの。彼のこと、嫌いだったけど、見直したところもあったし
「私の?」
「そう。正確には、ブラックの言葉。『時間が欲しい』って」
ああ、とは曖昧に笑った。
「すぐには答えが出せそうになかったから」
「……それって、ジェームズのこと、好きになる可能性があるっていうこと?」
どうかしら、とリリーは首を横に振った。
「それすらも、分からないのよ」
「ええっ!言ったの、プロングズ!」
ピーターは大袈裟に声を上げるが、シリウスとリーマスは無言だった。ジェームズはしっ、と人差し指を立てる。夕食後、寮へ戻る途中の空き教室。がらんとしていて、机と椅子以外、ほとんど何もなかった。
ホグズミードから戻って来て、どうだったと尋ねた3人に、ジェームズは後で話すよと曖昧に笑った。それが、今、彼の口から「エバンズに告白したんだ」と告げられた。
「それで?エバンズは、何て?」
リーマスがそっと問いかける。ジェームズは苦笑いを浮かべながら、答えた。
「時間が欲しい、って」
シリウスはどきりとしたが、平然を装った。
「今は頭が混乱してるし、僕のことそんな風に見たことがなかったから
「でも、断わらなかったんだね」
「僕も、駄目かもしれないと思ってた」
ジェームズは、はあと大きくため息を吐いた。
「緊張したー。卒倒するかと思った」
「ご苦労さま」
リーマスはぽんぽん、とジェームズの肩を叩いた。
「でも、待つの、つらいね。どれくらいかかるのかなあ」
呟くように言ったピーターに、ジェームズは首を振った。シリウスは、そんな親友の顔を注意深く眺める。
「さあ。でも、別にどんなに時間はかかってもいいな。ちゃんとした、答えが欲しい。それに、そうやって考えてくれた答えなら、本物だと思うから」
「……プロングズ」
ジェームズがベッドの上に横になっていると、隣のベッドからシリウスの声が聞こえ、ジェームズはなんだいと返事をした。
「もし、散々待って、エバンズの答えがお前の望むものじゃなかったら、どうする?もし、答えが出ないって言われたらどうする?」
「そんなに一気に質問するなよ」
ジェームズは上半身を起こして、シリウスのベッドを覗き込んだ。シリウスは腕を枕にし、仰向けになって、天井をぼんやりと見つめていた。
「珍しい。君が恋愛にそんなに真剣だなんて」
「別に真剣になってるわけじゃないって」
「ふうん。まあ、いいけど。そうだね、エバンズの返事がどんなものであれ、僕は受け止めるつもりさ。確かに、断わられたら辛い。返事をもらえないのは辛い。でも、エバンズなら、相当悩んでくれているはずなんだ。だから、彼女が出した結論なら、僕は何も言わない」
「恨まないのか?」
「誰を?エバンズを?」
シリウスは僅かに頷いた。
「恨むわけないだろ。どうして恨むんだよ。『なんで僕のことを好きになってくれないんだー!?』って?」
芝居がかったジェームズの口調に、シリウスは微かに笑った。
「……僕は、エバンズが好きなんだよ」
「解ってる」
ジェームズの傍にいるシリウスは、解っている。彼は、リリーへの気持ちを表面的には大袈裟に、冗談めかしているように振舞っているが、彼の底に眠る本心は揺るぎなく大きなものだった。
「それよりさ、やっぱりおかしいよ、シリウス」
「俺が?」
「そう。あれかな。もしかして、とうとう君にも気になる女の子ができた?」
「違うって」
「僕を馬鹿にするなよ。気づかないと思った?」
「……何を?」
「変なんだよ、お前の様子。ある特定の女の子に対して」
シリウスは無言になる。
「授業中とか、食事中とか。本当に少しだけど、今までのお前を考えたら珍しいことでさ。その子の方に視線がいくんだよねえ」
シリウスは内心で舌打ちした。そんなつもりはないのに。ただ。ただ、あれ以来ちょっと気になるだけで。
「僕としては嬉しいんだけどな。僕も、その子のこと好きだから」
「……うるさいな」
「と何があった?」
ジェームズはベッドの上に胡座をかき、シリウスを見つめた。
「何もなきゃ、お前がこう変わることは、ないはずだ」
シリウスは目を閉じた。言うべきか、言わざるべきか。
「言いたくないなら、別にいいんだ。ただ、僕は、僕の普段の考え方も、僕がどんな人を好きかを知ってもらいたかったから、話してただけで」
「……別に、隠しておきたいとか言いたくないとか、そういうんじゃないんだ。ただ」
ただ、どう口にしたら良いのか分からないだけで。
「
「実感?何の?」
ジェームズの問いかけは不思議だ、とシリウスは思った。彼の問いには答えを強要するような色は含まれていないにもかかわらず、答えを言いたくなる。
「この前の夜、医務室行っただろ?その時に、聞いたんだ。に」
「ああ、お前がマントを持って戻ったあの時か。聞いたって、……あの、の話を偶然聞いたっていう、あのことを?」
シリウスがこういう話をする時、彼の口数はぐっと減る。故に、こうして彼の言葉を導くようにすることが肝要だった。
「ああ」
「ふうん。それで、……答えてくれたわけだ。は、本当のことを」
シリウスは言葉を発しなかったが、顎を引いたように思えた。
あの、が。シリウスに気持ちを悟られることが怖いと言っていた、が。
ジェームズは、本当かと驚きつつも、事の結果が気になって仕方がなかった。
「それで?お前は、なんて」
心なしか、喉が渇いている気がして、ジェームズは唾を飲み込んだ。
「……エバンズと同じだよ」
「時間が欲しい、って?」
「……ああ」
「へえ。今まで女の子の告白を撥ねつけてきたお前がねえ」
「には、……そう、できなかった。何ていうか、少し違うような」
成程。それで、彼女を少しずつでも意識し始めているのか。それは、恋愛に結びつく意識か、それとも、ただの友情からの変化の意識か。どちらのせよ、一歩は前進したのではないだろうか、とジェームズは思った。の恋も自身の恋も上手くいけば良いけれど、そう事は容易に運ぶものか。
どちらが手強いだろうか、とジェームズは考えた。リリーとシリウス。2人は、似ている。恋愛という事象に対して。自身たちは異性に人気があるのに、彼らは自身の魅力に気づいていない。むしろ、疑問を持っている。自分たちのどこが良いんだ、と。
そういうところに、僕もも惹かれたんだろうなあ、きっと。
でも。
目の前に横たわるこの親友。男のジェームズから見ても、しみじみハンサムだなあと思ってしまう彼。そして、恋愛にというより、そうした感情に疎いシリウス。シリウスはそうした感情に関しては『特殊』だし、先ほどの彼の言葉からしても、シリウスの方が手強いかもしれないな、とジェームズは思った。
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07/9/30