なあんだ、ちょっと心配して損をした。でも、医務室までのいい運動になったかな。
「」
その帰り道、そう呼ばれ、ぴたりと足を止めた。
目の前に立っていたのは、
37. BLOOD is thicker than water
グリフィンドールとスリザリン
「まだどこか悪いのか?」
医務室から出てきたを見て、そう問いかけたのだろう。嫌味のない彼の言葉は意外だったので、素直に「ううん」と答えてしまっていた。
「……あれから、あの女たちから何かされたか?」
「
「だろうな」
エリックの横を通り過ぎてそのまま去ろうとしたが、彼はの隣について歩いて来た。
「あいつらも懲りてるんだと思う。お前の噂、結構派手に流れたんだ。が重症で、ずっと目を覚まさないままだ、って」
彼女たちのしたことは、今更根に持っていなかった。結果的に上手くいったこともあったから。だから、放っておいて欲しかった。彼の顔を見ると、嫌でも思い出してしまうから。
無言でずいずい歩いて行くに、エリックは苦笑した。
「まだ怒ってるのか?」
「何を?」
「あのキスのこと」
つい足を止めてしまうが、思い直して再び歩き出す。
「……私、もう何を引き合いに出されても、従うつもりはないから」
強い口調で言うと、エリックは目を丸くしたが、やがてあははと笑った。
「俺ももう、何をするつもりもない」
「じゃあ、なんでここにいるの」
「頼むから怒るなって。あのことは謝るから」
謝るくらいなら、初めからあんなことはしないで欲しかった。
彼は早足での前に立ち塞がり、足を止めた。は思わず身構える。
「
予想外の質問に、えっ、とは声を上げる。
「って、……あのだよな?」
ぴくりと眉を上げ、エリックを見やった。以前、シリウスにも言われたような言葉だ。
「……俺の家は、代々スリザリンの魔法使いの家系だ。のことは知ってる。そのお前が、どうしてグリフィンドールにいるんだ?」
ああ、また『』か。父やシリウスが、家名を嫌う理由が良く分かる気がする。は両親が家名に固執していなかったからまだいいが、父やシリウスは、再三うるさく言われてきたのだから、うんざりしていただろう。
「私、混血だから。お父さんはの血が嫌で、マグルのお母さんと結婚したんだよ」
混血。変な響きだなあ、とは思った。血筋が一体何だというのだろう。どうしてそれほどまでに拘る人々がいるのだろう。
エリックは顔を僅かに歪め、間を置いてから口を開いた。
「なら
「フィンスター?」
どこかで聞いたことのある名だ。そう、あれは図書館で。
「家の中で、一番名の通った闇の魔法使いだ。知らないのか?」
「……名前だけなら。私……家系のこと、お父さん以外のことは知らないし」
「だろうな。マグルの中で暮らしてたのなら」
知らない方がいい。エリックはそんな風に言っているような気がした。
「誰なの?その、フィンスターって。……もう亡くなってるんでしょ?」
「いや。それが、分からないんだ。数年前に姿を消した、とか」
「数年前?」
図書館で読んだ本には、何代も前の人物だと書かれていた気がした。よく読んでいなかったので、うろ覚えだったのだろうか。
「俺も詳しくは知らない。知りたくもない」
そう言って、エリックはに背を向けた。スリザリンの寮の方へと振り返る。
「……俺も、グリフィンドールなら良かった」
呟いた声は消え入りそうだったが、には聞こえてしまっていた。
「シリウス・ブラックさまー!お呼び出しですよー」
談話室に、同級生の男子の声が響いた。リリーと宿題をしていたも、シリウスたちも顔を上げた。その男子はソファで会話をしていたシリウスとジェームズ、リーマス、ピーターの方へ歩み寄って行く。
「……誰から?」
「絶世の美女!スリザリンの、同級生の女の子から。すっげー可愛い子」
おお、と男子たちの間から歓声が上がり、女子たちは目を強張らせた。は気にしないようにしながら宿題に取り組むふりをしていたが、会話がいちいち耳に入って来て集中できなかった。リリーは手を止め、じっとシリウスたちの様子を探っている。
「俺がシリウスだったら絶対に付き合ってたな、うん」
「どんな子だい?」
そうさらりと尋ねたのは、ジェームズだった。
「長い金髪で、顔が小さくて、スタイルも良い子。声も可愛い」
「ふうん。……行って来たら?」
そうでも言わなければシリウスは腰を上げようとしなかったので、ジェームズは親友を促した。シリウスは思い切り嫌だ、という顔を作るが、ジェームズもリーマスも話を聞くだけでもしてあげなよ、と言い、シリウスは渋々立ち上がる。
談話室を去って行くシリウスの背中に、男子たちはひゅーひゅーと声を投げかけた。
「白昼堂々、余程自分に自信があるのかしら」
リリーはシリウスの去って行った方向に視線を留めたまま、ぽつりと呟く。
「そうなんでしょ。可愛いって言ってたじゃない」
「ジュリアのことね、きっと。彼女、ブラックを狙ってるって言ってたし。前はニルソンと噂になってたのに」
ニルソン。エリック・ニルソン。俺もグリフィンドールなら、……
咄嗟にその言葉が蘇ってくる。あれは、彼の本心なのだろうか。
「確かに頭も良いし、顔も可愛いし、スリザリンに典型的な純血を誇ったところもないけど。今までのブラックのことを考えたら、きっと断るわよ」
「……そうかなあ。普通の男子だったら、あれだけ可愛い子だったら、付き合うと思うけどな」
「『普通の』男の子だったらね。
何か理由があるのではないか。リリーは、そう考えていた。は、ただただ不安で堪らなかった。今度こそ、シリウスの運命の相手なのではないか、なんて考えてしまって、すっかり宿題が手につかなくなった。
談話室を出ると、あの男子が言っていた通りの少女が立っていた。もう一人、別のスリザリンの少女が背後に控えている。彼女はシリウスが出てきたのを見やると、友人に「がんばって」と小声で言い、去って行った。残された少女、ジュリアはシリウスの向かいに立ち、頬を紅潮させている。その間にも、寮へと向かう生徒の視線がちらちらと痛かったので、シリウスは何処か違うところへ行こう、と彼女を連れ出した。そして、空き教室を見つけ2人で入って行く。
「……それで、俺に何か用か?」
さすがのシリウスも、こういった状況を何度も重ねてきたので、彼女の用件は薄々感づいてはいた。それでもとりあえず、尋ねておく。ジュリアはああ、と微笑んで、答えた。
「私、スリザリンの6年で、ジュリア・ライアスといいます」
聞いたことはあった。彼女は美人だし、頭も良いから、特に男子の間では話題に上ったことも多かった。確か、ピーターのやつも可愛いと言っていたっけ。透き通るような金色の髪、青い瞳。整った鼻筋、ほっそりした首、腕、足。確かに、可愛い子だとは思う。
「……あの……ブラックさんは、今、付き合ってる人とかはいますか?」
「いや」
シリウスは短く答えた。ジュリアは顔を僅かに輝かせる。
「それじゃあ、……好きな人、とかは?」
一瞬、の顔が浮かんだが、『ちがう』と否定した。違う。彼女は、違う。今の時点では、……。
「いない」
「そうなんですか」
彼女は笑みを浮かべて、もう一つだけ質問があるんです、と言った。
「あの……レギュラスくんに聞いたんですけど、……婚約者がいらっしゃった、って」
「なんだって?」
シリウスは声を荒げ、顔を歪めた。怒りがつま先から一気に湧き上がり、全身を駆け巡る。彼の様子に、ジュリアは一瞬びくり、と怯えた表情になった。
「……なんで、……」
声が震えた。今まで押し込めていた嫌なものがすべて、蘇ってくる。記憶。言葉。過去。存在。
シリウスのただならぬ様子に不安を覚えて、ジュリアは弁解を始めた。
「あの、実は、他にもブラック
そういうことか、とシリウスは舌打ちした。とんだ行動力だ、と思った。これだから、女子は嫌だ。
弟。レギュラス。あいつは、スリザリン。あいつの存在を思い出さないようにしていたのに。絶対に、目に触れないようにしていたのに。まさかこんなところで接点があろうとは。
「
低く、絞り出すようにシリウスは言った。そうだ。関係ない。あんな血筋の家系、俺は、知らない。
「でも、……婚約者のことは?」
「そんなの、ずっと昔に破棄になった」
これ以上ここにいたくない。この話をしていたくない。全身を生温いものが駆け巡っていた。何でもいい、叫び出したかった。
「
シリウスはそれだけ言うと、ジュリアの返事も待たずに部屋を飛び出していた。
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07/10/2