ぺこりとお辞儀をした少女は、確かに可愛らしい印象の女の子だった。年は、同じくらいだろうか。彼女の背後には彼女の両親がいて、にっこりと笑ってシリウスを見つめていた。
「まあ、聡明そうな息子さんですね。さぞかし鼻が高いでしょう?」
ノルマン夫人の言葉に、母親は笑った。どこか得意気に。
37. BLOOD is thicker than water
シリウス・ブラック
部屋で2人で遊んで来なさい。母親の言葉で、シリウスはアデルを自室に連れて行った。階下では、親たちの楽しそうな笑い声が聞こえる。けれどもそれは、シリウスには表面を取り繕ったようなものに思えてならなかった。
「すごい。うちと同じくらい広い家、初めて見たわ」
少女は無邪気に言った。
「私も、将来はここに住むようになるのかしら」
「え?」
シリウスは思い切り眉をひそめ、少女を見返した。アデルは知らないの?と首を傾げる。
「私たち、婚約するのよ」
「なんだって?俺たちが?」
「そうよ。知らなかったのね。でも、良かった。変な男の子じゃなくって。あなたなら、満足だわ」
婚約。結婚。両親は、そんなことを一言も言っていなかった。ただ、会わせたい子がいるからと言っただけだった。きっとシリウスも気に入るだろう、可愛らしい子だよ、と。
「なんで、そんなこと決められなきゃいけないんだよ」
「ブラック家もノルマン家も、純血の名門でしょ。お互いに良い血筋を残さなきゃ」
「ふざけんな!そんなの、俺は絶対に嫌だ!」
わがままねえ、とアデルはくすりと笑った。
わがまま?これが、わがままなのだろうか。すべてが親の決めた通りになる。すべてが、『純血』に繋がる。この家で、
いつからかそう考え始めていたシリウスは、常にそう訴え続けていたけれども、無駄だった。馬鹿なことをいうのはやめなさいと諭されるだけ。
「どんなに主張したって、だめよ。パパもママも乗り気だもん。ねえ、でも、私たちきっと良いカップルになれるわ」
ジュリアの指にはピンクのマニキュアが塗られており、小指には指輪がはめられていた。それが、シリウスにはなぜか無性に腹立たしかった。ふわりとスカートの裾をなびかせ、媚を売るように笑いかけてくる。
「今まで、何度か女の子と会ってきたでしょ?あれ全部、婚約者候補だったのよ。でも、あなたの両親が気に入らなかったみたいで全部だめになっちゃったみたいだけど、今度は違うわ。みんな、本気みたい」
そういえば。シリウスは、思い返した。何度か、今回のように会わせたい子がいる、と両親が女の子を連れて来たことがあった。シリウスの遊び相手に、と。たまには女の子とも話さなきゃね、と。その時は、なんとなく相手と会話してみただけだったけれども、その裏には両親のそんな思惑があったなんて。シリウスは愕然とした。まだ、10年程度しか生きていないのに、将来が決まっているだなんて。
そういえば、その女の子たちにも、どこかシリウスを『品定め』するような目つきがあった。そして、合格よというような表情でにっこりと笑う。
「……お前は、それでいいのか?」
「それで、って?」
「親に将来を決められて」
「私にだって、選ぶ権利はあるわよ。でも、あなたなら良いわ」
「俺の、どこが?」
そうねえ、とジュリアはシリウスのベッドに腰掛けた。
「かっこいいところ。あなたなら、多少血筋は悪くても付き合ってたわね、きっと」
怒り、悲しみ、悔しさ。あらゆる負の感情が、爆発した。シリウスは叫んでいた。
「帰れ!」
アデルは怪訝そうな顔をし、シリウスを見つめる。もう一度帰れと叫んで、アデルが動こうとしないところを見て、シリウスは彼女の腕を強引に引っ張った。ベッドから上手く立ち上がれなかったアデルは、前のめりになり、床に膝をつく。
「いったーい!何すんのよ!」
その様子を眺めていた弟が、両親を呼びに行き、やがてそれぞれの親たちが駆け上がってきた。アデルは、父と母の顔を見るなり泣きつく。そしてシリウスを指差し、あんな子絶対にいや、と罵った。顔がかっこいいだけよ、と。
「どうしてあんなことをしたの?」
ノルマン一家は腹を立て、この話はなかったことにすると帰って行った。シリウスはほっと安堵したが、両親はそうではなかった。
「後で謝りに行かなければ……ああ、ノルマン家と何かあったら、どうしましょう」
ヒステリックにうろたえる母親の姿を、シリウスは冷ややかな表情で眺めた。
「俺は、決められた相手なんかと結婚するのは、いやだ」
「何言ってるの?そんな、馬鹿なことを。自分の立場をわきまえなさい」
立場?俺の立場って、何だよ。シリウスは吐き棄てたくなるのを堪え、無言で自室に戻って行った。待ちなさい、と母親の喚き声が背中に降りかかってくるが、構わずに階段を上っていく。
途中、弟に会った。軽蔑するような目で、兄を見ている。
「兄さん、わがままだよ」
何も言わずに彼の横を去っていくが、彼は後を追って来た。
「長男って、責任があるんだよ。一家を継がなきゃならないんだから」
「俺は、好きでこの家に生まれたわけじゃない!」
こんな家。こんな家系、こんな一族。あんな母親、父親。できることなら、違う家族のもとに生まれたかった。有名じゃなくていい。名門なんかなじゃくていい。普通の、家系に。普通の家族に。普通の両親に、包まれていたかった。
「なんだよ、それ。最低だね」
「ああ。最低だよ、俺は」
いつか、こんな家を出よう、と決めた。もっと大きくなったら。お金を貯めて、家を出よう。そして、この家に関する一切の記憶を、消すんだ。
シリウスは、寮に戻る気にもなれずに、西塔へと向かった。幸い、ふくろう小屋には誰もいなかった。ホグワーツの庭が見渡せる。緑の風景と風が心地良く、嫌な気分が薄らいでいくような気がした。
記憶から消したつもりだったのに。やはり、忌まわしい記憶は強い。容易には消し去れない、か。
生まれ持った家名からは、逃れられない。まったく、フィルチの言った通りなのかもしれない。
ジェームズの両親が親だったら。どんなに幸せだっただろう、とシリウスは考えた。きっと、誰もが当たり前に感じている『両親』の姿。それが、シリウスにとっては歪んでいた。
「なーに青春してるんだよ」
ふと顔を上げると、ジェームズが正面にいた。箒に跨り、宙に浮いている。まさに彼のことを考えていた最中だったので、シリウスは慌てた。ジェームズは箒から飛び降り、シリウスの横に腰掛ける。
「地図だよ、地図。お前がまっすぐ寮に戻って来ないからさ、いじめられてるのかと思って」
「誰にだよ」
シリウスは笑った。
「ジュリアって子の、ファンの男子にさ」
ああ、あの子か。話の途中で出てきてしまって悪いことをしたなと思う反面、不快なことを思い出してしまい、恨んでもいた。
「あの子、どうした?まさか、オッケーしたのか?」
「あ。話、最後まで聞かなかった……」
「え?」
「……話の途中に、嫌なこと思い出して。それで、どうしようもなくなって、出てきた」
シリウスに弟がいることは、ジェームズたちは知っている。ただ、シリウスがブラック家の話題を極端に嫌がることを知っているので、弟のことを口にしたことはなかった。
けれども、今日は誰かに聞いてもらいたくて、シリウスは先ほどのことをジェームズに話した。
「ふうん。やるねえ、あの子も」
わざわざ弟に兄のことを聞きに行くなんて。ジェームズは感心よりも皮肉を込めて言った。
「俺、……どうして女子と付き合いたくないのか、解った気がする」
「なんで、また」
ジェームズは鼻で軽く笑った。話したくないなら話さなくて良い、という意味を込めたつもりだったが、シリウスは語り始めた。
「子供の頃から、見合いみたいに色んな女子と会わされてきたんだ。それがみんな、嫌な感じでさ。女子ってみんなこんな風なんだ、って思った」
「ふうん。でも、そうじゃない子だっているだろ?エバンズだって、だって」
「ああ、まあな」
「でも、解るな。僕もちょっと苦手だって思う女の子、いるし」
「へえ。お前が?」
「そ。何かと媚を売ってくるような子とかね」
ああ、とシリウスは苦笑した。ジェームズももてるから、彼も同じ思いをしているのだろう。
「……はさ、『自分の気持ちをシリウスに押し付けたくない』って言ってた」
「……」
「は本当、お前のこと考えてるよ。自身のことだけじゃなくて。それでいて、僕やエバンズのこともちゃんと考えてくれてる。ムーニーのことも、ワームテールのことも」
両親がいないから、かもしれない。家族に向けられるはずの愛情を、友人たちに注ぐしかないのかもしれない。でも、本当に大切に思ってくれているんだなと感じて、嬉しかった。ジェームズはそう思っていた。
「だから、だけど、お前がちゃんと導き出したことを、言ってあげて欲しいんだ。どんなものでも。答えがでないっていう答えでもいいし、やっぱりは友達のままだっていう答えでもいい。が傷つくような答えでも、ちゃんとと向き合って欲しいんだ」
「……解ってるよ」
ばさばさ、と一羽のふくろうがやって来たが、何も持っていなかった。散歩にでも行っていたのだろうか。白い羽が美しい、ふくろうだった。何してるんだよとでも言いたげに、シリウスとジェームズを眺めている。いや。別のことを考えているのかもしれない。視線はこちらに向けながらも、飼い主のことや、今旅してきた場所のことを思い返しているのかもしれない。
「俺は、……お前が、羨ましい」
「僕が?」
「ああ。そうやって、素直に考えることができて」
そして、素晴らしい家族に恵まれて。
「素直、ねえ。確かにお前は、少し雑念が入りすぎるのかもなー」
「悪かったな」
いや、ちがう。俺だってきっと、幸せなんだ。こうして、最高の友人に恵まれて。
「あのさ、ふくろう小屋はいやーな思い出があるから、早く戻ろう」
ジェームズは大袈裟に顔をしかめてみせて、立ち上がった。シリウスも、笑いながら腰を上げる。
あの呪わしい一族の記憶は、友人たちのお陰で薄らいでゆく。けれども、決して消えることはない。この身体に流れる血には、抗えない。その血は既に、全身を支配しているのだから。
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07/10/2