どうしてここに。満月に照らされた彼の鋭い目つきは、そう物語っていた。
「どこへ行くの?」
「お前には関係ない」
「こんな夜中に。見つかったら減点どころじゃないでしょ?」
「悪行を暴きに行くんだ。僕が減点されることはない」
セブルスは口元に笑みを浮かべた。
「あいつらが大きな顔ができるのも、今日までだ」
38. the FULL of the moon
ある満月の夜
はできるだけ平然を装って、どういうこと、と尋ねた。まさか、もうリーマスのことを突き止めてしまったのだろうか。それとも、叫びの屋敷へ向かうジェームズたちを見つけたのか。
「お前はさっさと帰るんだな。やつらと一緒に退学になりたいなら別だが」
「待ってよ…!」
そう言うも、セブルスは速度を緩めることなくずいずいと進んで行く。
セブルスはまったく聞く耳を持たなかった。ただ、憎い彼らを退学に追い込めるという喜びに満たされているようだった。思い切って、杖を出そうかとさえ考えた。背に腹はかえられない。きっと、セブルスも落ち着いて話せば解ってくれる。リーマスの苦しみ、それを癒そうとするジェームズたちの行いを。
「あれだ……!」
そう叫んだセブルスの声に我に返る。2人の前方には、巨大な柳の木が月に照らされ立っていた。その姿に、は息を呑んだ。昼間、離れたところでこの木を見たことはあったが、暗闇の中で、しかもこんなに近くで見ると、恐ろしい光景だった。
暴れ柳。叫びの屋敷へ通じる道があるというが、一体どこに。
が呆然と立ち尽くしていると、隣にいたはずのセブルスの姿が消えていた。彼は杖に明かりを灯し、いつの間にか木に近づいていた。彼は、何を?まさか、この木が屋敷に通じているということを知っているのだろうか。そんな、まさか。
そう考えていると、みし、と頭上で音がしたような気がして、上を仰いだ。木の太い枝がもそもそと動いている。はっとして、叫んだ。
「セブルス、危ない!」
彼もはっとし、前方から激しい勢いで襲い掛かってくる枝をすれすれのところでかわした
本当に、柳が『暴れている』……。
枝の動きに気を取られていると、セブルスの姿がまたもや見えなくなってしまった。彼の持っていた杖の光も消えている。まさか、木に吹き飛ばされてしまったのだろうか。いや、そんな様子はなかったはず。
びゅっと再び風を切る音が聞こえた。もルーモスを唱え、光を灯す。月明かりだけでは、枝の動きを見るのに足りなかった。他人を心配している暇はなさそうだ。セブルスの消えた辺り、木の根元を目指し、一歩踏み出す。しかし、次の瞬間腹部に強い痛みが走り
「痛っ……」
どうしたって、瞬発力がないのだろう。そもそも、運動神経自体よくない気がする。マグルの頃の体育の成績だって良くはなかった。
あまりの痛みと衝撃に、一瞬意識が飛んだ。そうして、どこからともなく声が響いてきた。
(エ ク ス ハ テ ィ オ)
何だろう、呪文だろうか。それにしても、この感じ。以前、どこかで……?
は意識を取り戻し、目を見開き、杖を握り締めた。しかし、遅かった。
黒く太い枝は、の目の前にあった。だめだ
どん。衝撃に、再び吹き飛ばされた。けれども、痛みはまったく感じなかったし、横からの衝撃だった。
目を開けると、一角獣が隣に立っていた。あまりの美しさに、それまでの緊迫していた心情が一切吹き飛んでしまう。
痛みも忘れてぽかんとしていると、その獣はみるみるうちに人の姿になっていく。彼は、の腕を掴み、木の射程に入らない場所まで連れて行った。
「ジェームズ……」
その横顔を見つめ、ぽつりとは言った。を突き飛ばし助けてくれたのは、一角獣ではなく鹿だったのだ。プロングズ
「、一体どうしてこんなところに?」
彼は心底驚いているようで、ずれた眼鏡を直しながら言った。そういうジェームズこそ、どうしてここにいるのだろうか。
「私
そうだ。こんなことをしている場合ではない。
「ジェームズ!さっきまでセブルスがいたのに、見えなくなって」
の言葉にちっと舌打ちをして、ジェームズは柳を睨みつけた。
「遅かったか。、君は早く戻るんだ」
「待って!」
去ろうとするジェームズに、は慌てて立ち上がった。腹部に痛みが走った。
「私も行く」
そう言ったを、ジェームズは厳しい表情で見返した。自身、どうしてそんなことを言ってしまったのか分からなかった。ただ、リーマスが、ジェームズが、シリウスが、ピーターが退学になってしまうかもしれないと考えると、じっとしているわけにはいかなかった。
「だめだ」
予想通りの答えが返ってきて、は閉口した。
「君は戻って。必ず連れ戻すから」
の意思を察したかのように、ジェームズは微かに微笑んだ。
見事に暴れ柳の攻撃を掻い潜り、ジェームズは根元に辿り着いた。
彼の姿が見えなくなり、独り取り残されたは、気が気ではなかった。
ジェームズに何かあったら。リーマスのことがばれてしまったら。
何か、自分にできることはないだろうか。ここまで来ておいて、結局何もできないなんて。
考える前に、は駆け出していた。
階段を一気に3階分駆け上がり、はあはあと肩で息をしながら、はガーゴイルの像の前に立った。こんなに走ったのは久しぶりだった。
「アイスレモンティー」
息は切れ切れだったが、はっきりとそう口にした。しかし、像が動く様子は微塵もなかった。さすがに、5年も前の暗号は使えないか。
「ミルクティー……アイスクリーム……レモンキャンディー!カエルチョコレート!」
何でもいいからとにかく口にしてみるが、像が退く様子はない。
どうすればいい。早く、早く、早くしなきゃ!開いてよ。お願いだから、開け!
「開けゴマ!」
叫んだ途端、ずず、と像が動く。まさか、合言葉が当たった?いや、今は考えている暇はない。早足で、は螺旋階段を駆け上がり、扉をノックする。幸い、すぐに「誰じゃ?」という問いかけが返ってきた。
「先生、です、です」
「?一体、どうしたんじゃ?」
扉が開き、ダンブルドアが椅子に腰掛けている姿が目に飛び込んでくる。
「先生、リーマスが……そうじゃなくて、ジェームズが!」
「落ち着きなさい」
そう柔らかく言い、ダンブルドアは困惑するを手で制した。不思議と、彼のブルーの瞳を見ると気分が落ち着いてくる。
「すみません……夜分遅くに。でも、セブルスが、リーマスの姿を見てしまったらしくて、リーマスの後を追いかけたんです。私とジェームズは、それを窓から見ていて」
多少嘘はあるが、身を守るためならやむを得ないと、は思った。けれども、とりわけダンブルドアに嘘を吐くのは心苦しい。
「もしセブルスが、リーマスのことを知ったら、その……セブルスはリーマスたちのことを良く思っていないので、周りに言い触らしてしまうと思ったんです。だから、セブルスの後を追いかけたんです」
セブルスの姿が暴れ柳の根元で消えたこと。ジェームズが自分に戻れ、と言ったことを、話した。
ふうむ、と言いながらダンブルドアは自らの長い髭を撫でる。
「事情は、分かった。、君はわしの部屋で待っていなさい。わしは行って来よう」
はい、と言って俯くの肩を、ダンブルドアはそっと叩く。
「そうそう。合言葉、よく分かったのう。マグルの本の中のものを、採用したんじゃ」
校長室でそわそわしながら待っていると、程なくして3人が部屋の中に入って来た。
ダンブルドアと、ジェームズと、セブルス。2人の髪はぼさぼさで、ローブもところどころ破れてしまっていた。ジェームズはの姿を見るとにこりと微笑んでみせたが、あちこち擦り傷のようなものが顔にできていた。ジェームズがの隣に並び、セブルスは離れたところで立ち止まった。
さて、とダンブルドアは切り出す。
「まずは何から聞こうかの」
「どうして人狼がこの学校にいるんです」
ダンブルドアが言い終わるなり口を開いたのはセブルスだった。彼の言葉を聞いて、は愕然とした。ああ、彼はリーマスのことに気づいてしまったのか。
「なぜ狼人間を学校に入れたんですか!?」
責め立てるようなセブルスの問いに、ジェームズとは顔を歪めたが、ダンブルドアは笑みを浮かべていた。
「狼人間だからといって、教育を受ける権利がないとは、わしは思わん」
「ですが!」
「それに、狼人間だからといって、リーマス・ルーピンに人格的な問題があったわけではないじゃろう?」
ダンブルドアはそう言って、ジェームズとを見やった。2人は大きく頷く。それを見て、ダンブルドアの笑みは大きくなった。
「じゃからの、セブルス。彼のことは君の心の中に留めておいてくれんか?」
セブルスは眉をひそめた。
「黙っていろ、と?」
「そうじゃ。誰にでも、知られたくない、触れられたくない秘密はある」
セブルスは何か言いたげな表情だったが、ダンブルドアの深い瞳がそれをさせなかった。口を噤むセブルスを見て、ダンブルドアは頷く。
これで解決したかに見えた。がほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、セブルスは口を開いた。
「シリウス・ブラックに罰を与えて下さい。やつは、僕を殺そうとした!」
は思わず、え、と声を上げた。どうしてシリウスが関係あるんだろう。ジェームズの表情が険しくなるのが、横目で分かった。
「どういうことかね?」
「やつは、満月の夜にルーピンが変身するのを知っていた。知っていて、僕にそこへ行くルートを教えたんだ。狼化したルーピンに、僕を襲わせるために!」
まさかシリウスが、そんな。セブルスが大袈裟に言っているだけだ。
そう考えたのはだけではなかったらしく、ダンブルドアは本当かね、とジェームズに尋ねた。
「僕には
ジェームズなら、『シリウスがそんなことをするはずがない』と言うと思っていたのに。
そうか、とダンブルドアは言って、3人それぞれに視線を投げかけた。
「君たちはもう戻りなさい。
はふと足を止めた。2人が部屋から去った後、も出ようとしたところだった。
けれども、ダンブルドアに聞きたいことがあった。
先生、と呼びかけると、俯いていたダンブルドアは顔を上げ、を見た。
「何かな?」
「『エクスハティオ』
穏やかなダンブルドアの表情に、僅かに変化が現れるのをは感じた。
「なぜかの?」
質問を質問で返してくるなんて、彼らしからぬと思った。
「本で……読んで、気になって」
明らかに嘘だとばれてしまいそうな気がしたが、それについてダンブルドアは追求しなかった。彼はゆっくりと、言葉を選んで言った。
「闇の、魔術じゃ。対象を蒸発する呪文での……使い方を誤らなければ便利な魔法じゃが
ごくり、と唾を呑む。なんて恐ろしい呪文。それが頭に浮かんできたなんて、口が裂けても言えなかった。
はありがとうございます、とダンブルドアに礼を言い、半ば逃げるようにその場を去った。
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『エクスハティオ(Exhatio)』:闇の魔術の一種。対象物(者)を蒸発させる呪文。 07/10/4