螺旋階段を下りると、そこにはジェームズの姿があった。彼は遅かったねと言いたげな目でを見、見られたは理由を問われたくなかったので素早く尋ねた。

「シリウスのこと、本当なの?」

歩き出して、ああとジェームズは答えた。

 

39. BOYS will be BOYS
おとこのこ

 

どうしてそんなことを。は呟いた。セブルスにそんなことを話せば、彼が柳のもとに行こうとするのは目に見えている。しかも、このタイミングで話したということは。あえて満月の前に、教えたということは。狼化したリーマスに、セブルスを襲わせるため。

「あいつとしては、単なる悪戯のつもりだったのかもしれない。でも、下手をするとスネイプの命の危険だってあったんだ」
「どうして?シリウスは、そんなにセブルスのことを嫌ってた?」
「嫌ってはいたよ。でも、今回は色んなことが重なり合ったんじゃないかな」
「いろんなこと?」
「そう。まず、僕がスニベルスのことを構わなくなったのが、面白くなかった。僕らは常に悪戯は一緒だったからね。それに、……ほら、この前、シリウスが呼び出されたことがあっただろ?」
「ああ……あの、スリザリンの女の子」
「そう。あの時に、シリウス    弟がいてね。その女の子が、弟にシリウスのことを色々聞いたらしいんだ。それが、嫌だったらしくて」

レギュラス・ブラック。スリザリンに、シリウスの弟がいることは知っていた。あのシリウスの弟だということで、話題にもなった。けれども、ブラック家の話をされることは、シリウスにとって憎悪すべきことだと分かっていたので、もレギュラスのことは構わないようにしていた。けれどもそれとなく視線を送ってはしまう。シリウスの、弟なのだから。だから、そのスリザリンの女の子の気持ちも解る、……。

「まあ、それで、あいつが嫌がるブラック家のことをいろいろ思い出したらしくてさ。表面上は平気な顔してたけど、内心は鬱憤が溜まってたんだろうね」

シリウスの気持ちも、解らないでもない。いや、解る。親友のジェームズが、女の子に恋をして、そちらに目がいってしまうのが怖かった。そして、案の定、派手な悪戯を控えるようになった。シリウスは、置いていかれるような気分になった。極めつけに、彼のもっとも不快に思うことを思い出してしまった。

「反省は、してると思う。ただ、それを表には出さないな、きっと」
「そうだね……」
「あ。、怪我はない?凶暴だったろ、あの木」
「ああ、うん、大丈夫。助けてくれて、ありがとう」
「いやいや。姫を護るのが、騎士の務めだからね」

くすり、とは笑った。

「私、どちらかというとナイトの役をやりたいなあ」

 

、来なさい」

眠い目を擦りながら朝食を取っていると、マクゴナガルがやって来た。あの後、寮に戻るとリリーが目を覚まして、しばらく彼女に事情を話していた。リリーも、シリウスの気持ちは解ると言っていた。解るけれども、許されることではない、と。
はい、と立ち上がってマクゴナガルの後についていくと、図書館に連れて行かれた。

「事情は分かりますが、夜中に出歩いたことは良くないことです。減点はしませんが、罰則が与えられることになりました」

マクゴナガルは図書館へ向かう途中、そう説明した。

「それは、つまり……ジェームズやセブルスにも、罰があるんですか?」
「そうです。校長が、公平に判断しました」

驚いたことに、図書館には先客がいた。彼の姿を見、は目を丸くする。床に積まれた本の山。その中にいる人影。それを見やって、マクゴナガルはに言った。

。ブラックと共に、これらの本を著者名順に整理して棚に並べて下さい」

その声に、シリウスも驚いて振り返る。終わったら教師を呼びに来て下さいと言い残し、マクゴナガルは去って行った。

「……そっか。昨日、お前もいたんだってな」

シリウスは、呟くように小さく言った。

「プロングズは、トイレ掃除らしい」

セブルスは何をしているのだろう。疑問に思ったが、彼の名をシリウスの前で出すべきではないと思ったので、問うのはやめておいた。

「楽な罰則だね」

本が好きなにとっては、むしろ罰などではない気がする。そうだな、とシリウスは答えた。

「俺には    もっと厳しい罰かと思ってた」

シリウスはに背を向け、腰に手を当てて本棚に身体を向けた。シリウスは、自分の行いの重さを理解してるんだ。それでも、セブルスを憎む気持ちや、ジェームズが離れていくような不安や、ブラック家への悶々とした気持ちは拭い去ることはできないのだろう。

「ごめんな、お前を巻き込んで」

シリウスのごめんという言葉には、胸が詰まる。は顔を歪め、胸を押さえた。

「……巻き込まれて、良かった」

え、とシリウスは振り返った。

「私が知らない間に、リーマスとシリウスが退学になったら、嫌だから」
「ああ、    ムーニーはそうなっても、俺はきっと、大丈夫だけどな」

シリウスの瞳にさっと暗い翳が宿る。『ブラック家のお陰で』、と彼は言いたいのだろう。
ジェームズだったら。きっと、シリウスの心を軽くできる言葉を言えるのに。 シリウスが好きだなんて言って、結局私は役立たず。

「う、わー。これ全部、学術的な本なんだ。がっかり」

は、膝を折り、床に散らばった本を手に取る。『魔法薬学論』『磔の呪文と人権』『マグル論』、……そんなタイトルの本が並んでいた。

「もうちょっと面白そうな本があればなあ」
「どうせ表紙しか見ないんだ、一緒だろ」

シリウスの声は少しだけ明るくなっていて、それだけがの救いだった。

 

手分けをして、2人で本を棚に並べる。本を手に取る、表紙を確認、棚に置く、違う本を手に取る。意外に単調な作業。けれども飽きることはなかった。本の手触り。本の匂い。本の文字。それぞれの違いが、にとっては面白かった。それに、傍にはシリウスがいるから。
図書館といっても、この場所は図書館の裏にある倉庫のようなところだった。あまり重要ではない本のみが置いてあるため、生徒が足を踏み入れることはあまりない。そこで、シリウスと2人きり。少しばかり鼓動の速くなる心臓を抱いて、は作業を繰り返していた。
シリウスの様子を時折ちらりと探ると、彼も真剣に取り組んでいた。何を考えているのだろう、……。

「昨日さ、ジェームズのアニメーガスになったところを見たんだ」

話しかけると、手足は動かしつつもへえ、とシリウスは答えた。

「鹿っていうよりも、ユニコーンみたいだね。綺麗だった」
「綺麗、ねえ」
「シリウスは可愛いね、犬」
「嬉しくない」
「いいなあ、アニメーガス。私もなってみたい」
だったら    何になるだろうな」
「私、チーターとかがいいな」

シリウスは「はあ?」と言って手を止め、しみじみとを眺める。も作業を停止させ、シリウスの方に顔を向けた。

「ほら。足、速いでしょ?チーターに変身して、颯爽と駆け回ったら気持ち良さそう」
「……せめて馬、とか言えよ」
「馬だとなんとなく鹿と似てるしさ」
「女子なら兎、とか言いそうなのにな」
「兎?あんまり利点がなさそう。誰かがなるなら面白いかもしれないけどね」
「本当、変わってるな、
「誉めてますよね?」
「誉めてます」

シリウスの表情が穏やかになってきたのを確認して、は笑い、手を動かした。

「……スニベリーのやつ、ムーニーのこと言わないよな」
「たぶん、言わないと思うよ」
「なんでそう思う?」
「セブルス、ダンブルドアには何だかんだで弱そうだから」

ダンブルドアの穏やかな瞳に逆らえる人間はそうはいない、とは確信に近い考えを持っていた。

「それに……なんとなく、セブルスは    そういう人の『痛み』は解ってる気がする」
「……俺だけが、子供なんだな」

ぽつりと言ったシリウスに、は再び手を止めた。

「スニベルスのやつが、憎らしかった。だから、痛い目に遭わせたかった。同じくらい、プロングズのことも理解できなかった。どうしてスニベルスを放っておくのか。……ムーニーのことも考えなかった」

シリウスが次の言葉を考えるように押し黙っていると、突然「分かってるんじゃないか」、という声が聞こえ、とシリウスは背後を振り向いた。ジェームズが大股で歩いて来る。

「お前、……罰則は?」
「抜けて来た。話があってね。もいたんだ」

ジェームズは爽やかな笑みをに向けるが、シリウスに対しての口調は刺々しかった。
シリウスが怪訝そうに眉をひそめる。その彼の目の前にやって来て、ジェームズはにこっと大きな笑いを浮かべ    かと思うと、右腕を振り上げて、拳をシリウスの顔にぶつけた。どっ、という鈍い音がして、シリウスが本の山の上に倒れ込む。は咄嗟に駆け寄ろうとしたが、ジェームズには何か考えるところがあるのだろうと思って、ぐっと踏みとどまった。

「って……」

シリウスは殴られた左頬を擦りながら、ジェームズを睨みつける。ジェームズも同様の視線をシリウスに返す。シリウスはそのままの表情で立ち上がって、立ち上がった途端にジェームズの顔を殴りつけた。ジェームズはよろけ、眼鏡がかしゃんと音を立て、床に転がる。

「格好つけるんじゃねえ!自分だけ良い格好しやがって!」
「ああ、そうさ!」

ジェームズはもう一度、シリウスを殴った。シリウスはよろけたが、今度は倒れずに、ひるんだ反動でジェームズに掴みかかった。
はただただ呆然としていた。しかし、止めた方がとは考えなかった。2人の間には2人の空気が流れていて、入り込む余地がなかった。

「でも、それはお前も同じだろ、シリウス!お前の方が、自分の醜態を晒すことを嫌がる」
「俺は」
「僕は、格好良くなりたいから格好つけてるんだ。でもお前は、もともとそうなんだからそうする必要はない。もっと惨めなところを晒すべきだ」

悩みや不安を親友同士で分かち合うことは、もちろん2人の間でもある。けれども、シリウスは    まだ、彼の奥深くに眠る暗いものを吐ききっていない。ジェームズはジェームズで、そのことが気がかりだったのかもしれない。
2人はしばらく無言で視線を交し合った。やがて、シリウスが言った。

「……俺は、お前が気に入らなかった。最近のお前は、……俺たちから離れたがってるような気がした」
「ああ。……僕が君の立場でも、そう感じたろうね。ただ、僕はエバンズのことが好きだけど、たとえどうなったとしても、君たちから離れていくことはないよ。もしそうなった時は、僕が僕でなくなる時だ」

解ってる、とシリウスは呟いた。解っていたんだ。お前がそんな人間じゃないっていうことは。

「それに、スニベルスに関しては……確かに僕らも『少しばっかり』やり過ぎた部分はあったからね。でも、あいつが何か仕掛けてきそうになったら、その前に手は打つさ」

ジェームズはちら、とに視線を向け、言った。

「悪戯は共犯って言っただろ?なのに、君は一人で実行した。僕が腹を立ててるのは、一番はそこだよ」

ジェームズはにやりと笑ってみせ、シリウスも笑みを浮かべた。

「……悪かった」
「うん、まあ、これでちゃらにしよう」

ジェームズは左頬を撫でる。

「明日になっても腫れてそうだけどねえ」
「俺だって同じだ」
「2人とも、ひどい顔だよ」

が言うと、やってしまったという顔をして、ジェームズとシリウスは笑った。も声を立てて笑う。
本当に。    本当にこの2人は、なんという2人だろう。親友というよりも、『パートナー』と言った方が相応しいのかもしれない。悪戯の、勉強の、遊びの、人生の、パートナー。『運命の相手』というのは本当にいるのだと、そしてそれは恋愛だけでなく友情においても存在するものなのだと、は改めて感じた。そして、私もリリーにとってそんな存在になれれば良いなと思った。

 

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07/10/6
ジェームズとシリウスの殴り合いの喧嘩を書いてみたかったんですね。