「なるほどね。似た者同士、っていうことね」

リリーに先ほどのことを知らせると、彼女は淡泊に言った。

「クリスマスに開催されるダンスパーティに参加せずに、談話室に引きこもってチェス、だなんて」
「チェスは楽しいよ」

分かってるわよ。そう言って、リリーは人差し指での額を突く。

「シリウスとダンスなんてしたら、私、倒れるよ」
「そうでしょうよ。彼の隣にいるだけで、心臓がいつもの倍動いているあなたならね」
「よく分かってるね」

そう言い合って、2人は噴き出した。

「どんな気分?学校一の人気者を、クリスマスに独り占めなんて」
「やー、最高の気分」
「その笑顔が腹立たしいわ」

リリーはの肩に腕を回し、軽く首を絞めた。リリーの髪が顔にかかり、くすぐったかった。

 

40. Xmas Days
シリウス・ブラック

 

「リ、リ、リリー…!きれい!」

息を呑むに、リリーは顔を赤らめる。
12月24日午後6時10分。上級生が次々とドレスローブに着替えていく中で、普段着のは浮いていた。けれども、そんなことはもう気にならなかった。ピンクとパープルの間に近い色のローブは、リリーの髪ととても合っていた。ああ、本当に綺麗としか言いようがない。

「似合ってる、すごく」
「本当?おかしくない?私、ブルーのローブが良かったのに、ママがこっちの色を送ってきたの。ねえ、髪は上げた方がいいかしら」

結局のところ、リリーは緊張しているようで、そのことがにも伝わってきた。ジェームズのせいなのか、ダンスパーティのせいなのか。前者に違いない、とは思った。

「うん、そうだね。手伝う?」

ええ、お願い。リリーはそう言うと、近くにあったスツールに腰掛ける。
は彼女の後ろに回って、リリーから櫛を受け取る。

「後で感想聞かせてね」

はリリーの赤い髪を撫でながら、言った。

「なら、あなたも来てよ」
「丁重にお断りいたします」
「もう。……でもあなたの気持ちが分かるわ、。……ああ、もう、緊張して倒れそう」

素直なリリーが微笑ましくて、そうでしょうとは笑った。

 

熱気と興奮が取り残された女子寮から人がいなくなった頃、はそろそろと階段を下りて行った。ダンスパーティに出ずとも、心臓が速く鼓動していることが分かる。
驚いたことに、談話室には誰もいなかった。下級生たちは、上級生に誘われてパーティに出席する生徒は残ったようだったが、他の生徒たちはむくれて家に帰ってしまったのだ、と誰かが言っていたっけ。
    もっとも、一人だけ、彼の姿だけがそこにはあった。杖を振り、テーブルとイスを呼び寄せ、並べている。その光景に、は顔を綻ばせた。
彼がチェス盤を机の上に載せたところで、はシリウス、と呼びかけた。普段着のままのシリウスは、顔を上げた。正装のシリウスも見てみたかったな、なんて今になって考えた。

「リーマスは?」
「寝てる」
「寮で?具合、悪いの?」
「少しだけ。でも、そのうち来ると思う」
「でも、」
「いや、いいんだ。あいつの性格、知ってるだろ。気を遣われるのが嫌なんだ。だから、気にするな」

そうかもしれない。でも、シリウスが傍にいてあげた方がいいのではないだろうか。独り、だなんて。

「でも、……しばらく経ったら、リーマスも呼ぼう。リリーが大量にお菓子をくれてさ。食べ切れそうにないくらい」

『ブラックと気まずくなったら食べてね。それで、話題を作りなさい』、なんて冗談交じりに交わした会話だったけれども。実際、リリーがくれたお菓子は4人前ほどあって、とても2人では食べ切れそうにないのは事実だった。

    そうだな」

シリウスは目元に笑みを浮かべて、に座るよう促した。

「今日は勝つからな」

 

「……シリウス、強くなったね」
「負け惜しみか?」

くすくすと笑いながら、は駒を開始の位置に戻し始める。
初戦はシリウスが勝利し、2戦目は、そして今回は再びシリウスが勝った。

「まさか。本気を出せば勝ちますから」
「ほお、言ったな。なら、今度負けたらどうする?」
「何でもするよ」

そう大きく言ってから、しまったと思った。何でも、は言い過ぎたかなあ。シリウスに100パーセント勝てる自信はない。彼の言った通り、以前のような手はもはやシリウスには通用しなかったのだ。ジェームズにこつでも教わったのだろうか。私も、もっとやっておけば良かった。
満足そうな笑みを浮かべるシリウスに、は言った。

「なら、私が勝ったら?」
「俺の方が2回勝ってるんだぞ」
「じゃあ、私があと2回勝ったら」

それはないな、とシリウスは言い放つ。

「でもまあ、もしそうなったら、俺も何でもしてやるよ」
「何でも?本当?じゃあ、散歩させて」
「はあ?」
「アニメーガスになって、散歩。首輪つけて。夢だったんだ、大きい犬と散歩するの」
「お前な、」
「何でもするんでしょ?」

シリウスは言葉に詰まって、やがて分かったよと言った。

「要は、勝てばいいんだからな」

 

ほんの数分前の言葉を、は後悔した。やはり、何でもするなんて豪語するんじゃなかった。満面の笑みを浮かべるシリウスを、は恨めしそうに眺めた。

「何でも、って言ったよな」
「……言った」
「なら、マクゴナガルに    
「それはだめ」

何でもって言っただろ。そう言いつつも、シリウスはが顔を歪ませるのを見て、くつくつと笑った。

「先生に悪戯、っていうのはだめ」
「わがままだな」
「悪戯なら、自分たちでどうぞ」
「なら、何にするかな……」

頭を垂れるシリウスを見て、は迂闊だったと反省した。シリウスのクイーンを取れたと思って、油断をしてしまった。

「すぐには思いつかないな。保留にしないか?期限なしで」
「それって、ずるくない?」
「あ、見ろよ。雪だ」

顔を逸らす彼に、シリウス、と不満の声を漏らすが、彼の言っていることは真実だった。シリウスの視線の先、窓の外に目をやると、確かに粉雪が空から舞い散っていた。いつの間に降り始めたのだろう。
熱中していたから時間を忘れていた。時計を見ると、9時を10分過ぎていた。もう2時間もチェスをしていたのか。
外は心なしか明るいような気がした。下でダンスパーティが行われているせいだろう。今頃、ジェームズとリリーは踊っているのかなあ。今日から付き合うことになった、なんて言われるかもしれない。
クリスマス・イブ。何人の恋人たちが、愛を語り合うのだろう。

「……ピーターは、下級生を誘ったんだっけ?」
「ああ。相手も乗り気だったな」

ピーターに対して乗り気だったのか、ダンスパーティに対して乗り気だったのか。

「リーマスは、そういう相手、いなかったのかな」
「いないんじゃないか?あいつ、そういう話しないし」
「ふうん……あ、リーマス、呼んで来てくれる?」

『ニルソンは本気みたいだよ、のこと』    シリウスはふと、リーマスの言葉を思い出した。あんなことをしておいて、今更本気だって?絶対裏があるに決まっている。スリザリンのやつらは、気に入らないやつばかりだ。は知っているのだろうか。気づいているのだろうか。エリックの、想いに。
の横顔を見てそんなことを思ったが、分かった、と立ち上がって、シリウスは男子寮へ向かった。

 

ソファ前のローテーブルに、お菓子を山積みにしてが顔を上げると、シリウスとリーマスがやって来た。リーマスの顔色は、いつもより悪いようには思えなかった。もしや、に気を遣ってくれていたのだろうか。そうだとしたら、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。リーマスがいてくれても良かったのに。むしろ、3人で会話をしながらチェスをしたって、楽しかったろうに、……。

「リリー、こんなにくれてさ。3人でも食べ切れないだろうから、ジェームズとピーターにもあげてね」

そう明るく言うと、リーマスは笑顔を作って、ありがとうとソファに腰掛けた。シリウスも彼の隣に座り、は2人の向かいに着席する。

「よくもまあ、こんなに買ったもんだな」
「前のホグズミードの時にね」

半ば唖然としつつも、シリウスはお菓子の山に手を入れた。

「リーマスも食べて。チョコレート、好きでしょ?」
「……それじゃあ、頂くよ」

そう言った彼の瞳は、『ありがとう。邪魔してごめんね』、と物語っているようだった。そんなことはないのに。シリウスと一緒にいられるように取り計らってくれた彼に、お礼がしたかった。いつかきちんと、ありがとうと言おう。最高のひとときをくれて、ありがとう、と。
リーマス。リリー。そして、エリック。
私のわがままがあったのに、こうして素晴らしい時間を過ごせたのは、彼らのお陰だった。彼らに申し訳がなかった。
けれど、臆病者の私、……今度は少し前進してみよう、と思った。少しずつでも。ほんのわずかな一歩でも。踏み出して、失うものはあるかもしれないけれど、得られるものだってあるのだろうから。

 

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07/10/11