「悪くなかったわ」
の一言。どうやら進展はないようだった。それはこちらも同じことなのだけれど。
はどうだったのと問われ
「悪くなかったよ」
41. the SUMMER is beginning
季節はめぐり、夏へ
それからは毎日が目まぐるしく過ぎていった。
クリスマス、年明けと大きな行事があったが、1月も半ばになるとそれらの余興はすっかり消え去った。1つ上の先輩たちは、どこかそわそわしたような様子を見せていた。卒業への期待と不安。来年はあなたたちなんですよ、と教師たちが言った。
昨年以来何度かある、定期的な進路相談。進路と言われても、とは思った。リリーのようにマグルに関わる仕事をしたいとか、ジェームズのように魔法省に勤めたいとか、そういう希望は一切なかった。将来を見据えている友人たち。それに引き換え、私はなんて子供なのだろう。そうは思ったが、とりたててやりたいことが見つからなかった。なんとなく聖マンゴなどの類の施設での事務の仕事が良さそうだなとは思っていたけれども。
けれども、
現実は、甘くはない。だからせめて、最後の1年を思う存分楽しもう、と思った。
学年末。試験も終わると、それまでのぴりぴりした雰囲気が消え、穏やかな空気が流れ始めた。
穏やかな、昼下がり。初夏の陽気が漂う校内を、とリリーは寮へ向けて歩いていた。
「やあ」
やがて、ジェームズが爽やかに現れる。彼には夏の空気が一番似合うな、とは考えた。
「どうしたの、ジェームズ」
無言のリリーに代わってが問うと、彼はの隣に並び、共に歩き始めた。
「僕が今学期の初めに言ったこと、憶えてる?」
「今学期?……ええと、……ああ、夏休みのこと?」
「さすが。憶えててくれたんた。それで、そのことについて具体的な案が思い浮かんでね。君たち、夏休みの予定は?」
「ちょうど、リリーと話し合ってたところ。どこかに行きたいね、って」
そうか、とジェームズは声のトーンを上げた。
「もし良かったら、キャンプにでも行かないかい?ロンドンの近場なんだけどさ、良い場所があって」
「キャンプ?」
「そう。ほら、最後の夏休みだろう?何か思い出になるようなことをしよう、って4人で話し合ったんだ。それで、キャンプがいいかなって。川で泳いだり、魚を捕ったりさ。それで、人数は多い方がいいと思って。君たちもどうかな」
素晴らしい計画だとは思った。キャンプなんて、生まれて初めてだ。が胸を躍らせていいね、と言うと、ジェームズは嬉しそうに笑った。
「だろう?シリウスもいることだし」
「そこはべつにいいけど」
強く言うに、ジェームズはくすりと笑い、同じく顔を緩めるリリーに視線を移した。
「エバンズは、どうだい?」
ジェームズは慎重に尋ねた。リリーは数秒の間だけ躊躇っていたが、やがて「いいわね」と言った。
「でも、私……ブラックやルーピンやペティグリューと親しくないわ」
「「そんなこと」」
そう2人同時に口して、とジェームズは顔を見合わせ、僅かに口元を緩めた。
「エバンズなら大歓迎さ。あいつらはいいやつだしね。リーマスはマグルのことも知ってるし、君と意見が合うかもしれないよ。ピーターは人懐っこいやつだし。シリウスのことは、から聞いてるだろうね」
「どういう意味、それ」
むっとして言ってみせると、ジェームズもリリーもくすりと笑った。
「そうね、それなら、喜んで」
ジェームズは満面の笑みを浮かべる。
「8月の上旬に予定してるんだ。準備は全部、僕たちがやるから!詳しくは、また」
ジェームズはそれじゃあと駆けて行った。風が吹き抜けるように、颯爽と。
「楽しみだね」
ぽつりとが言うと、そうねと返ってくる。
「最高の思い出に、しようね」
それから間もなく、具体的な日にちや集合場所、持ち物等が決定した。
どうしよう。楽しみで仕方がない。大好きな人たちと過ごせるだけで嬉しいことなのに、日常を飛び出して、ちょっとした非日常へ冒険をしにいく。夏の太陽が照りつける中、自然の中で過ごす。煌めく水面、ひんやりとした木陰。さらさらという風の音。みんなで試行錯誤しながら張るテント。みんなで作る食事。みんなと火を囲んで、語り合う。草むらに寝転がって、空を仰ぐ。
そんなことを想像しながら、すさまじい幸福感がを満たしていった。
それまでその日を指折り数えて待っていたのに。すべての不安を忘れ待ち侘びていたその日に、シリウスが姿を現さなかった。
集合は、ダイアゴン横丁、漏れ鍋。それまでそこで過ごしていたが一番乗りで(キャンプの後、再びエバンズ家へ赴く予定になっていた)、続いてやって来たのはリリー、そして、リーマス、ピーター。
集合時間になってもやって来ない2人に、次第に不安を感じ始め、どうしたのだろうと4人で囁きあった。そして、約束の時間が30分過ぎた頃に、ジェームズがやって来た。しかし、これから始まろうとしている最高の日々とは裏腹に、彼の表情は浮かなかった。
テーブルを囲んで座っていた友を見つけ、彼は僅かに笑みを作って歩み寄って来た。
「これで、あとはパッドフットだけだね」
ジェームズが席に着くなり、ピーターは声を弾ませ言った。しかし、ジェームズは顔を歪める。
その彼の表情に、の胸は不安で埋め尽くされた。シリウスに、何かあったんだ。
「
低く言ったジェームズに、他の4人はえっ、と声を上げた。
「どういうこと?」
リーマスがそう問うと、ジェームズは吐き棄てるように言った。
「あいつは、……『捕まった』」
「捕まった?誰にだい?」
「キャンプの準備をするのに、昨日あいつと集まったんだ。思ってたより早く片付いたから
ため息と共に吐き出されたジェームズの言葉に、とリーマスは血相を変えた。
「つまり、シリウスは……ブラック家に『捕まってる』んだね?」
そう尋ねたリーマスに、ジェームズはああ、と頷く。
そんな。は、自分の家のことを話す時のシリウスの様子を、思い返した。鋭い目、低い声。
憎み、嫌っていた自らの家を、シリウスは去った。けれども、彼は今そこにいる……。
「杖とマントを奪われたらしくってね。それで、身動きが取れないみたいだ。ああ、やっぱりこんなことになるんじゃないかって予感があったんだ。だから僕は行くなって言ったのに」
ああ、シリウスはどんな思いでいるんだろう。きっと、親友の大切なマントを奪われて逃げられないのではないだろうか。
「まあ、アニメーガスになれば逃げられないことはないだろうけどね……見つかると面倒だし、人質……いや、物質が2つもあるんじゃあ」
「アニメーガス?どういうこと?」
声を荒げるリリーに、ジェームズは失笑した。
「いや、ね……まあ、そのことについては後からちゃんと説明するよ。とりあえず君たちは先にキャンプをしていて欲しいんだ。僕は、シリウスの家に行って来るから」
「シリウスの家が何処にあるのか、知ってるの?」
が尋ねると、ジェームズはああと頷いた。
「僕が必ずあいつを連れ戻すから、君たちは先に行っててくれ」
「透明マントもないのに、どうやって」
の責めるような問いに、ジェームズは顔をしかめた。
「方法は、行きながら考えるよ」
「……ジェームズ。私、作戦があるの。絶対成功するやつがね。私と、もう一人誰かがいれば」
ジェームズは片方の眉を吊り上げ、をじっと見た。
「どんな?」
「歩きながら話す。だから、私も一緒に行かせて」
「だめだよ、そんな。容易いことじゃないんだよ。シリウスの両親は、……気難しいし」
「だからこそ、だよ」
シリウスが望まぬ環境にいる。そのことが、には辛かった。ジェームズも同様に考えているだろう。ジェームズは、押し黙る。僅かに沈黙が続き、口を開いたのはリリーだった。
「行きなさいよ。私たち、ここで待ってるから。このキャンプ、誰が欠けても成立しないでしょう?」
リリーの言葉にリーマスも頷き、ジェームズは肩を竦ませた。
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07/10/13