「ここでキャンプするの?」

ピーターが尋ねると、ジェームズがそうだよと頷いた。
ロンドンの中心部から少し離れた場所。そこには都会の喧騒はなく、太陽の光を受けきらきらと輝く小川と、草原が広がっていた。静かな野原。6人だけが世界に取り残されたような場所だった。よくこんなところを見つけたなあ、とは感心した。
ここでみんなと過ごす、夏の日々。学生としての最後の夏。そう考えただけで、胸が躍り、同時に締めつけられた。

 

44. a Stellar Night
サマー・デイズ

 

「さて、どうする?」
「ぼく、泳ぎたい!」

テントを2つ張り、荷物をその中に片付け、集まった6人にジェームズは尋ねた。真っ先に答えたピーターの提案にいいね、とジェームズは笑う。

「私、釣りがしたいな」
「あ、それもいいな」

の言葉にも、ジェームズは同じように微笑む。そして、リリーに視線を移した。

「私は    バーベキューをしたいわ」

何だいそれ、と首を傾げるジェームズに、リリーは眉を上げた。

「もう、マグル学でやったじゃない。肉とか魚とか野菜を、直火で焼いて食べるのよ」
「あ、そういえば……そうだったっけ?でも、それ、面白そうだ」

ぽん、と手を打つジェームズに、リリー以外の5人も頷く。バーベキューなんて、懐かしい。

「肉と野菜は、ロンドンで買って来ようか。マグル界の勉強のためにもね。で、魚は釣ればいい」

ジェームズはを見て言った。は頷く。

「じゃあ、は釣りで、僕は街へ行くよ。あとは」
「僕も心配だから、行くよ」
「ぼくも行きたい!」

リーマスが言うなり、ピーターがぐいと手を上げる。

「ワームテール、君は泳ぎたいんだろ?」
「だって、ロンドンを回るのなんて初めてだから」

そう口を尖らせるピーターに、分かったよとジェームズは笑い、リリーを見やった。

「私も、買い出しに行くわ。男性陣だけじゃ不安だものね」

と、いうことは。返事をしていないシリウスに、視線が集まる。それまで口数のほとんどなかった彼に。

「じゃあ、俺は残って釣りだな」

 

「あ」

4人が出掛けるのを見送って、はあることに気がついた。

「釣竿、持ってない」
「ああ、それなら」

シリウスはテントの中をごそごそと探って、2本の細長い棒を取り出した。先端には糸がついている。

「マグルの釣りって、俺たちも憧れててさ」
「へえ、準備いいね。餌は?」
「これでいいだろ」

パンの屑が詰まった袋を取り出し、シリウスが言った。本当に、準備がいい。

 

けれども、準備の良さと成果は比例するものではなく。

「釣れねーな」

シリウスはぽつりと言って、竿を立てかけたまま寝転がった。

「案外暇だな、釣りって」
「こういうのが醍醐味なんだって。ぼんやりして魚を待つ、っていう」
「まあ、悪くはないけど……釣れそうな気配がないよな」
「……たしかに。あ、シリウスの尻尾を垂らしてみたら?」
「馬鹿」

冗談交じりに言うと、シリウスは絶対に嫌だ、と     ようやく、笑ってくれた。

 

 

こうして2人きりになるのは、ダンパ以来だ。ジェームズの後ろをついて行く中、リリーは思った。
必然的にジェームズとリリー、リーマスとピーターというペアが出来上がった。前者は野菜、後者は肉の担当。心なしか、心臓がいつもよりも速く動いているような気がする。
どうしたのかしら、私……。
『付き合って欲しい』。そう言われてから、どうしても彼の方へと目が行ってしまう自分がいた。ジェームズの横顔を、リリーはちらりと覗く。正直なところ、格好良いとは、思う。ただ、髪をくしゃくしゃにしたり、気取った態度を取ったり、セブルスを弄ぶ部分が好かなかった。けれども、最近彼を身近に見るようになって、そういったジェームズの態度は、彼の奥深いものを隠すためのものではないか、と考え始めていた。あえて軽く振舞っている。本当は、ジェームズ・ポッターという人物は、もっとずっと深い人物なのではないだろうか。

「あの2人、一緒にしない方が良かったかもしれない」

ぽつりと言った彼に、リリーははっと我に返る。リーマスとピーターの話だろうか。でも、リーマスはマグル出身だし、ピーターと2人でも問題はないはず。

「どの、2人?」
とシリウス」

さりげなくペースを落とし、ジェームズはリリーの隣に並ぶ。どうして、とリリーは横を見上げた。

「んー……いや、シリウスのやつに、いろいろあったからさ」

ああ、さっきのことねとリリーは言った。シリウスが家系を憎んでいることは、から聞いたことがあった。そして、漏れ鍋で彼らを待つ間、リーマスからシリウスの両親がどんな人物だったのかを聞いた。

「そのことで、少しギクシャクしてるんじゃないかと思ってさ」
「そうね……自分の触れられたくない部分を見られたら、そうなるでしょうね」
「うん。でもさっき、感動したんだ」
「何に?」
「僕は、前に一度だけシリウスの両親と会ったことがあるんだ。その時も頭にきたけど、何も言えなかった。『馬鹿野郎』の一言も言っておきたかったんだけどね」

『大人』ということが、それを躊躇わせたのかもしれない。でも、とジェームズは続ける。

は、それを言ってのけた」
「馬鹿野郎、って?」
「違う違う」

噴き出すジェームズに、リリーもつられて笑う。

「親として失格だ、とか」

には言わなかったが、ジェームズとシリウスは、リビングでのブラック夫妻と彼女のやりとりを一部聞いてしまっていた。ジェームズははっとした。同時に彼女の振る舞いに胸を打たれた。

は本当に、シリウスのことが好きなんだなあ」
「そうだけど、でも……きっと、相手が彼でなくても、私でもあなたでもルーピンでもペティグリューでも、はそうしたと思うわ」

そうだね、とジェームズは笑った。そう。彼女のそんなところが、僕は好きなんだ。
シリウス自身は、あのの言葉を聞いてどう思ったのだろうか。ジェームズは呆然としていて、あの時のシリウスの様子を見ていなかった。あいつは、どう感じたのだろう。何を思っただろう。

 

 

    

ぽつりと低い声で、けれども優しい声で言ったシリウスに、はどきりとした。それを悟られぬよう、視線は水面に留めたまま、短く「何?」、と答える。
シリウスは腕枕をして、仰向けに空を眺めていた。

「ごめんな。嫌な思いしただろ」

ぎゅう、と胸が締めつけられた。シリウス。お願いだから、謝らないで。

「別に、嫌な思いなんか」
「あいつら、お前のこと穢れた血って言ってただろ?それに」
「ああ、うん、でも、…………ちょっと待って……聞いてたの…!?」

シリウスに視線を移すと、彼はしまった、という表情をして口元を歪ませていた。

「あー……いや、まあ……少し」

最悪。は再び正面に向き直って、小川に視線を戻した。
私、何て言ったっけ。何か不味いことを言ってしまったっけ。怒りで憶えていない。

「……ごめん」
「なんでが謝るんだよ」
「なんとなく。変なこと言ったかな、って思って」

全然、とシリウスは首を振った。
『両親としても人としても失格』。そう言った
シリウスは、驚いた。今まで両親にそんなことを言った人間はいなかったから。両親は世間では『良い親・良い人間』で通っていたし、ブラック家は純血の魔法使いの家系の中でも有名だったから、そんな言葉を浴びせる者はいなかった。そのことが、シリウスには歯痒かった。あんなやつらの考えは絶対に間違っているのに。どうして誰も、気づかないんだ、諌めないんだ、と。
彼女を巻き込みたくはなかった。あの両親の存在を知られたくはなかった。ジェームズとリーマスには偶然知られてしまって、もう誰にもあの両親のことを知られたくないと思っていた。
けれども    彼女の言葉は、嬉しかった。

「でも、聞いてたと思うけど……シリウスは良かったね。ジェームズがいるし、リーマスもピーターもいる」
「……ああ」

逆よりもずっと良かった、と思う。両親はまともだけれども、信じ合える友人がいないという状況よりも。だから、幸せだった。が言った通りに。

「私も、そう。みんなに会えて、良かった。みんながいるから」

の表情は、シリウスには見えなかった。肩にかかった髪が、風でさらりと揺れる。
    そうだった。には、両親がいなかったのだ。親の話なんてして欲しくなかったろうに。どうして気づかなかったんだ。もうこんな話はやめようと、シリウスが口を開こうとした時だった。ぽつりとは言った。

「空って、広いよね。こうやって雲を眺めてると、世界って広いんだなって思う」

は顎を上に向ける。

「その中で私たちが6人が出逢えたのって、すごいことだよね。だって、そもそも私たちの両親が出逢って結婚してなかったら、私たちはここにはいないわけだから。     だから、シリウスの親には感謝もしなきゃ……なんて格好良すぎだね」

その通りだと、シリウスは思った。
ジェームズ、リーマス、ピーター、そしてとリリー。誰が欠けても、『違う』と思うだろう。シリウスにとっても、彼らの存在は特別だった。
ジェームズがリリーのことを気になると言い出した時、初めは納得ができなかった。けれども、今ははっきりと解る。ジェームズがリリーを好く理由。彼女の良さが。
ジェームズたちと過ごす日々は当たり前のような気もしたけれど、もしこの夏を過ごす少女2人がとリリーでなかったらどうだろう。いや。もし2人と親しくしていなかったら、出逢っていなかったら、他の女子と親しくなっていたのだろうか。考えられないな、とシリウスは思った。
    もし、隣にいるのがでなかったら。
もし、クリスマスに違う相手と過ごしていたら。
もし、チェスの勝負をするのが、違う女子だったら。
もし、がルーン文字を取っていなかったら。
もし、と出逢っていなかったら。

どうして今まで、こんな風に考えなかったんだろう。がいなかったら、と。彼女の存在は当たり前過ぎた。ジェームズと同じように、近くにいることが当然だった。でもきっと、彼女がいなくなったら、……穏やかではないだろう。
『シリウスのこと、好きだよ』。
彼女の言葉。思い出して、胸が締めつけられた。
でも、それは随分前のことのような気がする。の気持ちは変わっているだろうか。

「……どうして来たんだ?俺の家に」
「一度、やってみたかったんだ。囚われの姫を助けるナイトの役」
「俺が姫か?」

そうだよ、とは肩を震わせ、笑った。シリウスも笑顔になる。
彼女の傍では笑っていられる。穏やかになれる。楽しいと思える。
でもそれは、友達としてなのかもしれない。そうじゃないのかもしれない。分からない、わからない。
聞いてみようか。話してみようか。に、今の思いを。

「あ、シリウス!引いてる引いてる!」

の声にはっとして、身体を起こす。ぴくりと竿の糸が動き、『釣り』にかかりきりになってしまって、結局シリウスのその思いは有耶無耶になってしまった。

 

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07/10/18