一目で判った。彼が『その子』だということは。

 

77. PROMENADE
遊歩道にのりだすひとびと

 

「グリフィンドール!」

組み分け帽子の甲高い声を、は呆然と聞き入っていた。眼鏡をかけた少年も、ぼんやりとした表情でふらふらと寮の席へ歩いてゆく。
湧き上がる歓声の中、ふんと隣のセブルスが鼻を鳴らし、は彼の方を向いた。

「やはりな。父親と同じ道を辿るか」

彼は小声で吐き棄てる。はこほんと咳払いをし、言った。

「私もリーマスもリリーもグリフィンドールだったんですけれども」
「知っている。グリフィンドールには野蛮人が多いからな」

セブルスの言葉に思い切り顔をしかめ、は再び眼鏡の少年に視線を戻した。
最初に彼の顔を見た時は、心臓が飛び出すかと思った。リーマスと、そして自身が想像していた通り、黒髪で、細くて、眼鏡をかけている。けれども一つだけ違うのは     グリーンの目。懐かしい瞳。まさに彼は、ジェームズとリリーの息子なんだ。
彼が無事成長していてくれて嬉しいと思う反面、何処か胸に苦しさも覚えていた。
まるで、ジェームズとリリーがそこにいるかのような。
いけない。こんな風に亡くなった人の面影を重ねることは、よくない。ハリーはハリーなのだから。
でも。
     ハリー・ポッター。
彼の入学によって、何かが少しずつ少しずつ変わってゆくような予感がした。

 

「セブルス。あなたのスリザリン贔屓も、今年は甚だしいのねえ」

腕を組み、廊下で彼を待ち構えていたは、声を大きくして言った。セブルスはそれには目もくれず、歩き続ける。はその後を追い、横に並んだ。

「分かっている?ハリーはハリー。ジェームズとは関係ないのよ」
「何の話だ?」

セブルスの歩みに合わせ、は足を急がせる。

「惚けないでよ。随分とハリーに冷たく当たっている、と聞きました」

セブルスは僅かにぴくりと片方の眉を上げた。彼は初回の魔法薬の授業から、ハリーを質問攻めにして困らせたという。

「心外だな。教師として、出来の悪い生徒を正すのは義務だと思うが」
「教師として、ね」

は歩くペースを落とし、去ってゆくセブルスの後姿を見つめた。
ハリーはハリー。ジェームズやリリーとはちがう。
そう言い聞かせる必要があるのは、彼だけではない。
私にも、だ    

 

それからほどなくして、ハリーがクィディッチの選手に選ばれたという話を聞いた。
あの年で。誰もが愕然としたように、も驚いた。けれども、それ以上に、父譲りの才能が嬉しかった。容姿だけではない。ジェームズの素質も受け継いでいるんだ。
リーマスに知らせなければ。は羽根ペンを持って、気がついた。
容姿と才能。ハリーが両親に似ているところは、それだけなのだろうか?彼の性格は?一番大切な、ハリー自身の人となり。なんとなく伝え聞いてはいるけれども、実際に彼と面と向かってみなければ分からない。
ハリーと話をしたい。
そうして、その機会が予想しなかったところでやってきた。

 

地下室の扉を開けると、思いがけない人物がいて、は息を呑んだ。
一人は、セブルス。彼がここにいるのは至極当然のこと。しかし、もう一人。

「何か用か?」

セブルスの問いに、はたじろぐ。汚れた布で必死に机を拭いていた少年は顔を上げた。
と視線がぶつかる。その緑の瞳に囚われそうになり、は慌ててセブルスに目をやった。

「セ    スネイプ先生、スプラウト先生がお呼びです」

が渇いた喉で言うと、セブルスは少年をちらりと見やり、分かったと答える。

「いいかね、ポッター。私が戻って来るまでには終わらせておくように」

セブルスは彼の返事は待たずに、の横を通り過ぎて行った。
少年    ハリーはセブルスが去って行くのを見届け、ため息を吐き、再びボロ布を持った手を動かし始めた。はその様子をしばらく眺めていたが、やがて尋ねた。

「何をしているの?」

ハリーは上目遣いにちらとを見、右手を動かし続けながら答えた。

「スネイプ先生の質問に答えられなかったので、罰則を受けたんです。ピカピカになるまで磨け、って」

セブルスらしいと苦笑しつつも、どうせ難題を問いかけたのだろうと思った。それに、問いに答えられなかったくらいでこれほどの厳しい罰なんて。あいかわらずだなあ、セブルス。

「ハリー。ちょっと退いてくれる?」

が言うと、ハリーは驚いたような表情をして顔を上げた。少しの間躊躇ったが、ハリーは手を引っ込め、机から一歩遠退く。は杖を取り出し、その机に向けた。「スコージファイ」と唱えると、たちまち机の汚れが消え、表面が不自然な輝きを放った。地下室内で、この机一つだけがやけに目立っていた。

「はい、これで罰則は終わり」

驚いて目を白黒させているハリーに呼びかけると、彼はでも、と口ごもった。

「大丈夫。スネイプ先生にはよーく言っておくから」
「あ、ありがとうございます、……」

戸惑いながらも、ハリーは罰から解放されて清々しそうな顔つきだった。素直だなあ。

「どういたしまして」
「あの……先生の担当の教科は何ですか?」

『先生』という言葉に噴きき出しそうになったが、は平然と首を振った。

「私、教師ではないの。ホグワーツの事務をしていて、まあ、ハグリッドの仕事と似たようなことかな」
「そうだったんですか。ごめんなさい、僕、知らなくて」
「まだ新入生なんだから。仕方ないでしょう?」
「僕のことご存知なんですか?」

は苦笑した。

「それは、もう。だって有名人よ、ハリー・ポッターは」
「そうなのか、自分でもよく分かりません」
「そうでしょうね、……」

ヴォルデモートから生き残った少年。ハリーは英雄扱いされているとは言え、ほんの赤ん坊の頃のできごとなのだから。

「いえ、それもあるんですけど……そうじゃなくて……先生は、僕の名前とかではなくて、僕のことを知っているような気がしたんです。声とか、表情とかで。あの、なんとなくなんですけど」

上手く言えないなとハリーは頬を掻く。
先生、か。そんな柄じゃないんだけどなあとは笑った。けれど、なかなかの洞察力をしている。それとも、私が分かりやすすぎたのだろうか。

「確かに、そうね。よく知ってる……ううん、知ってた、かな」

語るを、ハリーはぽかんとした表情で眺めた。
本当に、ジェームズによく似ている。初めて彼と会った日のことが、蘇ってくる。『やあ。君も箒を見に来たの?君もクィディッチをやるの?』    ううん。ジェームズの方が少し声が低かったかなあ。

「私、ね    あなたの両親の、友人だったの」
「え、……でも……先生は    僕の両親よりも若い、ですよね?」

たどたどしく尋ねるハリーに、は苦笑した。

「ハリー。その、先生と呼ぶのは止めて欲しいな。何だかこそばゆい」
「でも」
「私は、。できれば、名前の方で呼んでもらえればありがたいです」

でも、とハリーが再び抗議の声を上げようとしたので、は手で制した。

「ハグリッドのことは『ハグリッド』と呼ぶでしょう?私も、先生ではないから」
「……分かりました。努力します」
「ありがとう。ああ、それで    そう。私は、ジェームズとリリーの同級生で、ふたりは親友だった。それは、冗談ではないのよ」

ハリーは信じられないというように、を眺めた。同級生?有り得ない。彼の胸の内が手に取るように分かる。

「私、ね……『ちょっとした事故』で、年を取らない身体なの」

え、とハリーは固まる。は苦々しい笑みを浮かべながらハリーを見やった。この事実を口にするのは、何年ぶりだろう。
ハリーはそうなんですか、と視線を下げたが、やがて顔を上げた。

「あの……辛くは、ないんですか?」
「えっ?」
「もし僕が、先    さんのようだったら、良いこともあるだろうけど、辛いこともあるんじゃないかなって思います」

鋭いなとは舌を巻いた。普通、この年の子供が『老いない身体』と聞いたら、良い面を思い浮かべるだろう。『年を取らないなんて凄いですね!良いですね』。そう言われるだろうと思っていた。

「そうね……辛かった、とても。私一人だけが、変わらない姿のままで、周りのみんなは年を取っていってしまう。でも、ジェームズとリリーが……ハリーのお父さんとお母さんが、私の傍にいてくれたから。傍にいたいって、言ってくれた」
「そう、なんですか……」

ハリーは目を伏せたが、やがてはっと覚醒した。

「あ!僕、ロンと約束があったんだ!」

急いで机の上に並んだ教科書を掴んで、ハリーはぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございました!失礼します!」

ハリーはに背を向け駆け出したが、出口で振り向いた。

「あの……良かったら、今度、父さんと母さんのこと、聞かせてくれますか?」
「もちろん。私も、ハリーともっと話をしてみたい」

ハリーはにこりと微笑み、もう一度礼を述べて、去って行った。
ねえ。ジェームズ、リリー。見ている?あなたたちの大切な息子は、良い子に育ったみたいだよ。

 

。生徒への罰則を手伝うとは、どういうつもりだ?」

その後、戻ったセブルスに責め立てられたことは言うまでもない。

 

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08/1/11
セブルスの一人称は原作に合わせて『我輩』にしていたんですが、『私』に変えました。