リーマス。ハリーは紛れもなく、ジェームズとリリーの子だよ、……。

 

78. DESIRE in the mirror
すつうを みぞの のろここ のたなあ

 

クィディッチの才能。人を集める魅力。周りに集まる友人たち。ハロウィンの日には、学内に入り込んだトロールを撃退した。その、勇気ある行動。どこを見ても、ハリーはジェームズとリリーの性格や才能を引き継いでいた。けれども、正直なところ、にはそのことが辛くもあった。今まで抑えてきた、2人への感情が波のように胸の中に押し寄せて来る。思わずハリーにジェームズと呼びかけてしまいそうになったこともあった。
いつまでも、生きている人の中にこの世にはいない人の面影を見ていては、だめだ。
でも、ハリーはあまりにも似すぎている。
これは、試練かもしれない。痛みを克服するために、私に与えられた、試練。

 

「これを運んでくれますか」

と、マダム・ピンスに渡されたのが、古い本が何冊も入った木箱。持ってみると、肩が抜けてしまいそうになるくらいに重かった。手で運ぶのは不可能だったので、魔法で箱を動かした。ずるずると廊下を引き摺っていくと、やがてマダム・ピンスに指示された部屋に辿り着く。
ホグワーツにこんな部屋があったんだ。
まるで物置のような部屋だが、配置や内装からして、以前は教室として使われていたのだろう。適当な位置に木箱を寄せて、は部屋を見回す。古い箒、古い椅子、古い机。本当に物置のようだ。
しかし、一つだけこの場所に不釣合いなものが目についた。大きな鏡。金の枠に、鈎爪のような2本の脚。そして上部には、文字が彫ってある。

『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おかのたなあ はしたわ』

何かの呪文だろうか。じっと鏡を見つめていると、やがて映った自分の姿の後ろに、ぼうっと人影が現れた。
    ホグワーツの制服を着た、リリー。
は驚いて卒倒しそうになった。しかし、振り返ると、背後には誰の姿もなかった。
目の錯覚か。どうして幻なんて見てしまったのだろう。それほど彼女のことを思い詰めていたのだろうか。そんなつもりはなかったのに。
肩を落とし、再び鏡に向き合うと、今度はジェームズの姿が映っていた。彼らしい、人懐っこい笑みを浮かべている。けれども、振り返ってみても誰の姿もない。だが、鏡の中には、確かにジェームズが立っている。
そうか。は、瞬時に理解した。きっとこの鏡は、自分の大切なものか、願いを映す鏡なのだ。成程、あの文字を反対から読むと『心の望みを映す鏡』とある。

気がつくと、鏡に映っている人物が6人になっていた。
自分自身と、リリーと、ジェームズと、ピーターと、リーマスと    シリウス。
その瞬間、の胸に強烈な痛みが走った。思わず顔をぎゅっと歪める。
みんな、そこにいる。笑っている。笑っていないのは私だけ。
目頭が熱くなったが、堪えた。泣いたって、余計に辛くなるだけ。

突然、はこの鏡を壊したいという衝動に駆られた。こんな望み、もう絶対に叶うことはないのに。
鏡に対して、それ以上に自分に対して腹が立った。叶うわけがないと理解しながらも、望みを抱いてしまう自分自身に。その怒りを抑えるのに、きつく目を閉じる。

しばらくしてそっと目を開けると、鏡に映っているのは3人だけになっていた。自身と、リーマスとシリウス。相変わらず胸の痛みは止むことはなかったが、は鏡をじっと見つめた。
そう。そうだ。今の私の願いは、この2人が無事でいること。そして、できることなら    いつか、再び会うこと。
幸い、シリウスが処刑されたというニュースは聞かないので、彼は無事なのだろう。しかし、アズカバンにもう10年近く。一体、どれほどの苦痛を味わっているだろうか。
そして、リーマスも。彼は手紙こそ明るい文面で書いてはいるが、仕事に就くのに悩まされているようだった。人狼の苦しみは、今も彼を蝕んでいる。
そうだった。2人に比べれば、私は何と恵まれているのだろう。

「ごめんね……」

鏡に手を伸ばし、呟いた。表面はひんやりと冷たかった。
私だけ良い思いをしてごめん。助けてあげられなくてごめん。
鏡の中のリーマスはそっと首を振り、シリウスは「謝るなよ、馬鹿」と言っているような気がして、は微笑した。

 

 

「クィレルがおかしい?」

はセブルスの言葉を反芻させながら、セブルスを見た。

「ああ。ハロウィンの夜にトロールを入れたのは、まず間違いなく奴だ」

そんな、とは苦笑する。しかし、セブルスの表情は硬かった。

「けれど、そうだとしたら、ダンブルドアが気づかないわけがないでしょう?」
「恐らく、ダンブルドアも薄々感づいているはずだ。奴が賢者の石を狙っていることは」

不老不死をもたらす『命の水』。それを生成するために、賢者の石が必要だった。その石が、学内に保管されているという。それをヴォルデモートが狙っている。あの蒼白くて、いつも怯えた様子のクィレルが、ヴォルデモートの手の者とは思えないけれども。

「それに    

セブルスは言いかけて口を噤む。

「何?」
「いや、何でもない」
「言いかけてやめないでよ。気になるでしょう」
「何でもないと言っただろう」

は眉を吊り上げたが、頑固な彼のことだ、これ以上この話題を続けても無駄だろう。

「いずれにせよ、彼を気にかけてみるのが良さそうね……」
「好きにしろ。だが、無謀なことはするな」
「あら、心配してくれているの?」
「冗談だろう?下手に動いて、相手に警戒心を抱かせては困るという意味だ」
「あ、そうですか」

は眉根を寄せてみるが、セブルスはものともしなかった。
ともあれ、平穏だったホグワーツに、徐々に何かが起きはじめていることは、確かのようだった。

 

「こんにちは、クィレル先生」

ターバンを頭に巻いた男の後ろ姿に呼びかけると、彼はびくりと肩を震わせ、振り向いた。

「や、やあ、くんか、こ、こんにちは」

たどたどしく語るクィレルの様子を、はじっと見つめた。
先日のセブルスの話を思い出す。彼が賢者の石を狙っている?こんなに怯えたようすの彼が?そんな風には見えない     いや、何だろう。彼と向かい合わせていると、何だか……胸の中が、ざわつく。

「クィレル先生、」
「し、失礼、……よ、用事があるので」

が強く呼びかけた途端、彼は踵を返し、早々と去って行く。
なんだろう。頭の中に、小さな波が打ち寄せてくるような心地。ざわりざわりと何かが騒いでいる。
もう一度、彼と面と向かって話をしてみよう。
けれども、その決意は実行されることはなかった。

 

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08/1/11