「リーマス……大丈夫?」

が恐る恐る尋ねると、ベッドの中で蹲っていたリーマスは、顔をこちらに向かせた。明らかに顔色が悪かったが、彼はかなり強引に笑みを作って、ああと答える。

「何か    私にできること、ある?」

リーマスはゆっくり首を横に振る。

「大丈夫。楽なものだよ。こうして、事務室に閉じこもっていれば良いんだからね」

独りにしてくれと彼の瞳が物語っていたので、は何かあったら呼んでねと言い残し、部屋を出た。

 

83. the Big Band Wolf
脅威

 

セブルスの脱狼薬のお陰で、リーマスの満月の夜の苦痛は多少ではあるが和らいだようだ。しかし、それでも『その日』が近づくと辛いようだった。ああして自室に閉じ篭り、独りで苦しみに耐える。
どうにもならないと解ってはいたが、は自分の無力さを嘆かずにはいられなかった。
リーマスも、そしてシリウスも、戦っているのだ。独りきりで。

 

年が明け、ハリーとの特別授業のことを、リーマスから聞いた。ディメンターの影響を人一倍受けてしまう、ハリーからの依頼らしい。奴らを追い払う術が欲しい、と。

「パトローナス・チャーム、か。私はあまり得意じゃなかったなあ。上手く守護霊が形にならなかった」

紅茶をすすりながら、は苦笑した。リーマスも笑う。

「それにしても、ハリーの成長は目覚しいよ。ボガートとはいえ、ディメンターを追い払えるほどになった」

『ディメンター』。その言葉に、は思い出した。ダンブルドアに注意されて以来、『日刊預言者新聞』を読むようにしていた。先日、そこに書かれていた記事。魔法省が、シリウスを見つけ次第『ディメンターのキス』の執行を許可した、ということが載っていた。
ディメンターのキス。ある意味、死刑よりも酷な刑。それを受けた者は、魂が抜き取られ生きた屍のようになる、……。
しかし、はそのことを口にしなかった。リーマスも知っているのだろうが、彼もそうはしなかった。なんとなく、2人の間では、シリウスの話題はタブーとなっていた。

一方で、校内はシリウスの話題で持ち切りだった。教師たちも生徒たちも、脱獄犯が襲ってくるかもしれないという不安に怯えていた。

 

そして、再び事件が起こる。グリフィンドール塔に、またシリウスが現れたというのだ。ネビルが一週間分の合言葉を書いた紙を失くし、シリウスがそれを見つけ侵入したらしい。ロンがシリウスの顔を見た、という。シリウスは、ロンのもとに現れた。ハリーのもとに、ではなく。
何故だろう?ハリーを狙っているという一般論が本当なのだとしたら、何故シリウスはロンのところへ行ったのか。シリウスが、ハリーを見間違えるはずはない。親友の息子を判らないはずがない。あんなにジェームズにそっくりな、彼を。
は様々な疑問を巡りめぐらせたが、結局は堂々巡りに終わってしまった。

 

私、ここの教師じゃなくて良かったかもしれない。きっと、今のこんな不安定な気持ちだったら、授業どころじゃなかったなあ。
たくさんの疑問。不安、憤り、    そして、ほんの少しばかりの希望。今、自分のこの頭の中を割って見てみたら、きっと複雑な思考回路をしていることだろう。
は、自室でぼんやりと窓の外を眺めていた。真冬の、風の強い夜だった。厚い雲に月が覆い隠されている。外はさぞかし寒いことだろう、……。
コンコン。ノックの音に、どきりとして振り向く。それほど遅い時間ではなかったが、夕食後の訪問者は珍しかった。はいと答えると、私だという返事が返ってきた。    リーマスだ。
急いで扉を開けると、彼は苦笑いのような笑みを浮かべていた。その手には、羊皮紙が握られている。

「どうしたの?」

彼がこんな時間に突然やって来るなんて、初めてのことだった。共に夕食を取ったことはあるけれども、それは事前に約束をした時だった。

「少し、話があるんだ。いま、いいかい?」
「もちろん」

はリーマスを中に招き入れる。

「紅茶でも飲む?」
「いや、いいよ」

リーマスは首をそっと横に振る。本当に、彼は『何か』を話しに来ただけのようだった。心なしか、彼は興奮しているように見えた。いつも蒼白い彼の頬は、僅かに紅潮している。
は戸を閉め、立ち尽くすリーマスを見つめた。

「ハリーから、これを没収した」

リーマスは手に持っていた羊皮紙を広げ、に見せた。しかし、そこには何も書かれていない。ただの古びた紙だった。どうしてこんなものを、ハリーから没収しなければならなかったのだろう。
はその古びた羊皮紙を眺めた。だが突然、頭の中で何かがぱっと閃いた。以前見たことのある、あの紙を思い出す。昔、この紙を初めて見た時も、同じように考えた。『何、これ。ただの羊皮紙じゃない?』。

「これ、まさか    
「そのまさか、さ」

リーマスは、が思い出したことを喜んでいるように見えた。悪戯っぽい笑みを浮かべている。学生時代の彼が、たまに見せた笑み。リーマスは杖を出し、その先端を羊皮紙につけて言った。懐かしむように、ゆっくりと。忘れてはないなかった。思い出すことはなかったけれども、きっと、一生、憶えているであろう言葉。

「われ、ここに誓う。われ、よからぬことをたくらむ者なり」

白紙だった古びた羊皮紙は、たちまち地図に変わる。ホグワーツの敷地と、そこにいる者が全て詳細に描かれた、完璧な地図。

「忍びの地図、……」

も懐かしむようにぽつりと言った。

「でも、どうしてハリーが?」
「私も驚いたよ」

リーマスは苦笑した。教師としては、ハリーがこの地図を提出しなかったことを残念に思ったが、かつての悪戯仕掛け人の一員としては、ハリーがこれを手に入れたことを嬉しくも思ってしまっていた。きっと、ジェームズは喜んでいるだろう。

「確か、ジェームズはこれを、『わざとフィルチに掴ませる』と言っていたよね。本当にそうしたの?」
「ああ、した」

リーマスは何処か遠い目をして、柔らかな表情を浮かべている。

「そして、恐らく『誰か』がフィルチのところから盗んで、ハリーに渡したのだろう」

あの双子だろうなとリーマスは思った。彼らを見ていると、かつてのジェームズとシリウスを思い出した。
ふうん、と呟いて、は地図を眺める。
ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ。彼らのあだ名。懐かしさが込み上げてくる。彼らが互いにあだ名で呼び合わなくなったのは、卒業をしてからだった。学生時代と決別するためにそうしたのだろう。彼らに確かめたわけではないけれども、はそう思っていた。『大人』になるために。

「これは、しばらく私が預かっておこうと思う。ハリーに持たせていても、無茶をし兼ねないからね」

今の状勢でなければ良いかもしれないが、と付け加えてリーマスは苦笑した。そして、杖先を再び地図につけ、言った。

「いたずら完了」

 

グリフィンドールがクィディッチで優勝杯を獲得。
試合で大きな活躍を見せたハリーに「おめでとう」とが声をかけると、「ありがとう」と彼は満面の笑みを浮かべた。
は、ふと思った。ハリーが幸せなら、きっとジェームズもリリーも、シリウスも……幸せだろう、と。そして、ハリーはきっと今、幸せを感じていると思う。そう、信じたい。
は去って行くハリーと、両隣の親友の背を、いつまでも眺めていた。

 

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08/1/13