去年の今ごろは、リーマスがここに赴任して来ると知って、たいそう喜んでいたっけ。
はぼんやりと思った。その彼は、もういなくなってしまった。毎朝おはようを言っていた、親友。彼の不在は、とても寂しい。
けれども、気分は晴れやかだった。たぶん、リーマスもそう感じているだろう。真実を知ることができたから。それまでのもやもやとした気持ちは、晴れただろう。
そして、シリウスが、追われる身であれ、自由であるから。彼が、この空の下で、少なくとも今までの12年間よりは、幸せに過ごしているであろうから。

 

87. the DAWN of the new time
新しい時間の幕開け

 

「みなに、二つほど知らせがある」

生徒が夏休みでホグワーツを去って、新しい学年に向けて準備が進められていた。そのある日、ダンブルドアに召集され、職員の会議が開かれた。ほぼ毎年の同じ時期におこなわれるこの会議は、日常のそれよりも、比較的重要なことが話し合われることが多い。そう。ここ数年では、新任の教師の発表が多かった。とりわけ、『闇の魔術に対する防衛術』の。

「まずは、かねてから思案中だと申しておった、トライウィザード・トーナメントのことじゃが    今年開催することが決定した」

ざわり、と部屋中が僅かに騒がしくなった。
少し前からその話は聞かされてはいたが、まさか本当に開かれることになるとは。
トライウィザード・トーナメント。ヨーロッパの三大魔法学校、すなわちホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングによる対抗試合。700年ほど前に親善試合として始まったらしいが、危険が多過ぎたため中止となっていた。しかし、魔法省の奮闘の結果、今年催されることとなった、という。そして、それはここホグワーツで開かれる。例年になく忙しくなるかもしれないので、心して欲しいということだった。

「もう一つは    察しておろうが、防衛術の新しい担任のことじゃ」

はセブルスの表情を窺いたかったが、彼はよりも後方にいたので、それができなかった。シリウスが逃亡してからというもの、彼の機嫌はあまり良くなかった。

「知っている者もおろう。アラスター・ムーディ。マッド・アイ・ムーディと呼ぶ者もおるが、彼に依頼することにした」

マッド・アイ。は胸中で繰り返した。彼とは騎士団以来会っていないが、納得できる人選だと思った。元闇祓いというだけあり、腕は確かだ。周囲もそう考えているのか、ふむと唸る者もいた。

だが、会議が終了して部屋を退出する際、ちらりと見たセブルスの顔は、快い表情をしてはいなかった。セブルスの担当は魔法薬学で合っているとは思うのだが、彼は防衛術の担任になりたいらしい。これでますます彼の機嫌が悪くなるかなと、は肩を竦めた。

 

新学期の初日は雨だった。生徒たちはずぶ濡れで広間に入って来る。途中転倒する者も何人かいて、彼らを誘導するマクゴナガルは苦労していた。
はちらりとハリーの姿を探したが、自分でも驚くほど早く見つけることができた。彼は背が伸びていて    親友のロンほどではないが    ますますジェームズに似てきたなと思った。

組み分けの儀式が終わり、宴が始まった。
『彼』はどうしたのだろう。が考えた矢先、その人物は現れた。
雷鳴が轟き、広間の戸がバタンと開く。ダンブルドアの演説の途中だったが、その音に全員が驚いて振り向いた。
黒いマント、深く刻まれた皺と険しい表情、鋭い目付き。紛れもなくマッド・アイ・ムーディだった。10年以上の月日が流れても、彼は変わっていなかった。生徒と、ムーディに会ったことがない職員は、彼に釘づけになっていた。彼はダンブルドアと握手を交わし、の隣に腰掛けた。ムーディは無言でマントからナイフを取り出し、ソーセージを切り、口に放り込む。

「『闇に魔術に対する防衛術』の新しい先生をご紹介しよう。ムーティ先生じゃ」

は手を叩いたが、ダンブルドアとハグリッドを加えた3人以外は、拍手する者はいなかった。生徒たちは、ムーディの厳めしい雰囲気に恐怖を抱いているようだった。あの人が新しい先生だって?生徒たちの囁き声が耳に届いてくる。ダンブルドアはこほんと咳払いをし、トーナメントのことを話し始めた。

「マッド・アイ」

がそっと呼びかけると、ムーディは青い目玉をぐるりと横に向けた。

「お久しぶりです。私のこと、憶えていらっしゃいますか?」
「ああ」

ムーディは短く答え、視線を目の前の料理に移した。

だな」
「はい」
「やはり姿は変わらんか」
「……ええ」

こういうことをさらりと言うのはムーディらしいと思った。苦笑いを浮かべ、僅かに目を伏せるを見て、ムーディは心なしか声を落とし、言った。

「気にしているのか?」
「いえ、    

は首を振った。

「もう、今更、気に病むことはありません」
「そうか」

確かに思い悩むことはなくなった。しかし、リーマスとシリウスに会ってからは、少々思うところがあった。覚悟はしていたけれど、戸惑いは拭えない。自分だけが『変わらない』ことに。まるで自分の時間だけが、昔のまま止まってしまったかのような。けれども、そんなことを2人が気にする様子がなかったこと、2人の内面が変わっていなかったこと。それが嬉しくもあった。

そうだ。リーマスに手紙を書こう。

 

『リーマス、こんにちは。そちらはどう?
トライウィザード・トーナメントのことは耳にしていると思うけれど、新しい防衛術の担任のこと。もっとも、リーマスの後任なのだから知っているでしょう。リーマスは、彼に会った?マッド・アイは相変わらずよね。でも、私は変わらないでいてくれることが嬉しい。セブルスの無愛想ぶりも、私にとっては微笑ましい    、けれど、最近は、やっぱり眉間の皺が深くなった、かな。どうにか彼のご機嫌を取れないかなあ。それじゃあ、また。

 

それから程なく、ムーディが生徒を白イタチに変えたという話が耳に入ってきた。その生徒は、ドラコ・マルフォイ。ムーディ曰く『教育の一環』だそうだが、マッド・アイってそんなに過激だったかなとは首を傾げた。リーマスへの手紙に書きたかったな。
そして、ムーディの防衛術の授業が生徒の間で話題になり始めた頃、リーマスからの返事がやってきた。

 

『やあ、こんにちは、。私は……今は職探しに追われているよ。
残念だが、私はマッド・アイと直接会ってはいないんだ。書簡でやり取りをしただけでね。最近では滅多に外に出ることがなくなった彼が、この話を引き受けたことは驚いたが、ダンブルドアの依頼なら頷ける話でもあるね。ともかく、マッド・アイがどういった授業をするのか興味があるよ。今度、彼の様子を教えて欲しい。
    ところで、。君も『犬の足跡』がついた手紙を受け取ったと思うが、『彼』は北へ……そちらへ向かっているようだね。ハリーのことがあるとはいえ、少々危険な気もするよ。だが、じっとしていられないのだろうね。それでは、また。
リーマス』

 

直接名前は書かれていないが、    『彼』とはシリウスのことだろう。
シリウスがここへ向かっている?ハリーのことがある?一体どういうことだろうか。
リーマスは、もシリウスからの手紙をもらったと考えているようだけれど。
    私、もらっていない。
はふうとため息を吐き、肩を落とした。自分一人が蚊帳の外にいるような気がした。
シリウスの薄情者。私にも教えてくれて良いでしょう。親友なのに、……。

ははっとした。シリウスに親友という言葉を使うことに、違和感を覚えた。昔からそうだ。親友というと、リリーとジェームズ、リーマス、……ピーターで、シリウスは、確かに親しかったけれど、親友という言葉はしっくりこない。それはきっと、シリウスが『特別』だったから。一人の人間として。男性として。

はベッドに倒れ込み、うつ伏せになって顔を枕に埋めた。
今は    今でも……私は、シリウスが、好き、……?
今まで、そうした特別な感情は取り上げないようにしていた。それを抱けば抱くほど、虚しい思いに駆られることは目に見えていたから。だから、ただ、リーマスと同じように、『大切な人』として『会いたい』という思いだけを持つようにしていた。かつて抱いていた、彼への気持ちは封じ込めていた。だから、今再び、それを洗い出そうとするのは、難しい。
けれど    シリウスはどうなのかな。
逃亡中に素敵な女性を見つけたとか、そういうことはあるのだろうか。そうだ。ハリーが、シリウスと暮らすって喜んでいたっけ。そう。シリウスが一番大切なのは、ハリー、……。

そこまで考えて、は顔を横へ向かせた。
馬鹿、何考えているの、私。当たり前じゃないか、シリウスがハリーを大切に思うのは。一番の親友の息子で、名づけ親なのだから。そして、ハリーもシリウスのことが    

もやもやとした気持ちが溢れてきて、は再び大きなため息を吐いた。
駄目だな、私は。
    ともかく、ハリーにシリウスの話を聞いてみようと思った。

 

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08/1/16