「それが、2人とも、あっさり。今までのことが、全部嘘みたいに」
一時はどうなることかと思いました、と彼女は言った。
「でも、男の子って、良いですね」
しみじみと言うハーマイオニーに、そうねとも笑った。
89. INTERMEZZO
インテルメッツオ
トライウィザード・トーナメント『伝統』のダンスパーティ。生徒たちはパートナー探しに奮闘していて、学内は奇妙な空気に満ちていた。熱気、興奮、そして探り合いをしているような、不思議な。
あの時もこうだったっけと、は思い返した。かつてダンスパーティが開催された時。ホグワーツの6年目と7年生の目の頃。でも、前者の時は、シリウスとリーマスと共に過ごし、後者の時には6人だけのクリスマスパーティになったのだった。
あの、日常を少し脱した特別な雰囲気も、何気ない日々も、今思うと
「ところで、気になっていたのですが
ある時、マクゴナガルにそう尋ねられ、は目が点になった。そう、そうだ。ダンスパーティと言えど、参加するのは生徒だけではない。自分も行かなければならないのを、すっかり忘れていた。
の様子を見、マクゴナガルはやはりという表情をした。
「……普段の服装は、不味いですよね」
「『伝統』のパーティですからね。正装をしなければ」
どうしよう。出ない、というわがままは、今回は無理。ドレスを貸してくれたリリーもいない。困惑していると、マクゴナガルは柔らかく言った。
「ダイアゴン横丁で買っていらっしゃい。これからも必要になることがあるでしょう」
「でも、……私、ドレスローブなんて……どういうものを買えば良いか」
が小さく言うと、マクゴナガルがふと優しい表情を浮かべた。偶に見せるこういう彼女の表情が、は好きだった。
「1日休みを差し上げます。あなたには見立ててくれる人がいるでしょう?」
マクゴナガルの言葉の意味が解らず、閉口していると、彼女は続けた。
「あなたの大切な友人ですよ、」
その数日後、ダイアゴン横丁へ向かった。マクゴナガルのアドバイス通り、『彼』に手紙を認めてから。ホグワーツの外に出るのは久しぶりで、ダイアゴン横丁に来ることは尚のこと久しかった。
漏れ鍋に入ると、既に彼の姿があった。コーヒーを飲んでいた彼は、の姿に気づく。
「やあ、」
微笑んだリーマスは、前よりやつれて見えたが、彼に会えたことは本当に嬉しかった。
「リーマス、お久しぶり」
「今回は抱きつかないんだね」
リーマスは笑うが、は顔が熱くなっていくのを感じた。
「あの時は、つい……」
「良いんだよ」
リーマスはははは、と声を立てる。相変わらずだなあ、もう。
「ごめんね、急に。何か用事、あった?」
が尋ねると、リーマスは一瞬瞳に翳りを見せ、いやと首を振った。やはり職探しは上手くいっていないのだろうか。
「間抜けな話よねえ、本当。正装のローブがない、なんて」
「良いじゃないか、君らしくて」
「どういう意味、それ」
「褒めているんだよ。
そうねとは頷いた。
『姫』なんて柄ではないけれど、リーマスのこういうところは、ジェームズに似ているなと思う。こういう台詞をさらりと言ってのけるところ。シリウスには絶対にないところだなと、は笑った。
ホグズミードではなく、あえてダイアゴン横丁を薦めてくれたのは、マクゴナガルの配慮だったのだろう。リーマスもそれは解っているのだと思う。彼と会えたことは嬉しい。リーマスもそう考えていてくれると良いな、……。
ドレスローブを選ぶことは苦だった。地味過ぎず、派手過ぎず、子供っぽ過ぎず。これが意外に難しかった。試着するということにも、ドレスローブを着ることにも不慣れだったは、気恥ずかしくて仕方がなかった。しかし、自分ひとりではどのようなドレスを選ぶべきか分からない。リーマスが見立ててくれるのは良いのだけれども、何処か歯痒い気持ちも感じていた。
何着目かの試着の後、試着室のカーテンを開けると、リーマスがぱっと目を輝かせた。
「よく似合うよ。そういえば、昔も黒のドレスローブを着ていなかったかい?」
「ああ、うん……あの時もそうだったけど、……」
憶えていてくれたんだ。嬉しさとくすぐったさを胸に、店の主人のマダム・マルキンに視線を移すと、彼女は大きく首を縦に振った。
「ええ、とっても!」
けれど、裾は長めだが、胸元の露出が気になる。普段あまりこういったものを着ないせいかもしれない。しかし、2人とも納得しているところを、反論ができなかった。マダム・マルキンはのもとに歩み寄り、ローブのあちこちを触ったり見たりして、ふむと唸った。
「よくお似合いですよ。肌の色が白いから、黒のローブとのコントラストが素敵で」
「……そうですか?」
「そうそう。それに、ほら、恋人も似合うと言っているんだし」
マダム・マルキンは囁いた。恋人というのがリーマスを指しているのだと気づくのに時間がかかった。
「え!?あ、いや、彼はそうではなくて」
「照れることはないでしょう。それで、どうします」
は頭に血が上ったせいか、何だかどうでも良くなってきて、これにしますと答えた。
もとの服に着替えて外に出ると、マダム・マルキンはローブを受け取り、手際よく包み始めた。べつに袋に入れてもらうだけで良かったのだが、彼女は綺麗な包装紙にローブを包んでいた。
「あの、おいくらですか?」
「お代ならもう受け取りましたよ」
「えっ?」
「ほら、外で待っている、あなたの恋人から」
混乱していたは、もはや訂正することを忘れて呆然としていた。
「お似合いですよ、このローブも、あなたと彼も。良いですね、幸せでしょう」
その言葉にどう応えたのか、は憶えていない。
「リーマス、ローブのお金、」
店の外に出、待っていたリーマスに言うと、彼は首を振った。
「いいんだよ。クリスマス・プレゼント」
でも。それ以上、言葉が出なかった。嬉しい、……でも、申し訳ないとも思ってしまう。
「私、そういうためにリーマスを誘ったわけじゃ」
「解っているよ」
「それに、私、ホグワーツで生活してるから、お金も使わないから余ってるし」
「名目が大事なんだよ。クリスマスのプレゼントだ、っていう」
でも
「それなら、後で半分をシリウスに請求しておこう」
リーマスがおどけて言ったので、も笑みを浮かべた。ああ、そうだ、シリウスといえば。
「リーマス、私、話したいことが」
「ああ。私も、聴きたいことがたくさんあるよ」
長い時間留まっても差し障りがないように、カフェではなく漏れ鍋へ戻ることにした。ここならば、バーも食堂もある。
「リーマス。私、『犬の足跡のついた』便りは、貰っていないのよ」
席に座ってから、はすかさず言った。すぐにでも言い出さないと、切り出すのが困難になりそうだった。リーマスはえ、と目を丸くさせた。かなり驚いているようだった。
「まさか、そんな」
「そのまさかよ」
は今まで溜まっていたことを吐き出すように、強く答えた。
「ねえ、薄情じゃない?リーマスには手紙を書いたのに、私には音沙汰なし、なんて」
「ああ、まあ、……」
「せめて、一通くらい」
は口を尖らせるが、リーマスは歯切れの悪い相槌を打っただけだった。
「シリウスの気持ちも、解らなくもないな」
「えっ」
は声を荒げた。リーマスは賛同してくれると思ったのに。
「いや、ね」
目を見開かせるに、苦笑してリーマスは続ける。
「正直に言うと、君と10年ぶりに会った時
は黙った。リーマスの言う通りだった。リーマスと再会したあの時、嬉しさで一杯だったが、気詰まりを感じたのも事実。たしかに
「まあまあ、そんなに気難しい顔をいないで」
ははっとして、ぎゅうと寄せていた眉をもとに戻した。
「私がシリウスに伝えよう。が拗ねている、って」
「やめてよ」
口に含んだ紅茶を、慌てて飲み込んでは言った。リーマスはくつくつと笑う。冗談だよ、と。
「ともかく、彼なりに理由はあるのだろう。君の気持ちも解るがね」
「
「ああ、そうそう、マッド・アイはどうだい?ハリーの勇姿も聞きたいな」
は気を取り直し、紅茶のおかわりを頼んで、洪水のように勢いよく語り始めた。
ナイトバスに乗り込み、は振り返った。
「今日は、楽しかった」
私もだ、とリーマスは微笑んでくれた。
「リーマス、……これ、本当にありがとう。大切にするからね」
赤いリボンの巻かれた包みを抱き締めが言うと、リーマスはああ、と答えた。彼は手を振り、バスから一歩下がる。
「恋人との別れは辛いねえ」
車掌のスタンが言ったが、は半ば面倒だったので否定はしなかった。リーマスの耳には聞こえていたのか否かは分からなかったが、彼も否定はせず、「また」と言った。扉が閉まり、バスが発車する。
「オグワーツ、だったな。アーン、出してくれ」
スタンの声をぼんやりと聞きながら、は席に座った。最後にリーマスに手を振ろうと思ったが、発車したバスからはあっという間に彼の姿は遠退いて行った。
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08/1/16