クリスマスから2ヶ月が過ぎ、トライウィザード・トーナメントの第二の課題がおこなわれた。そこで、ハリーはまたしても優秀・勇敢な行動をし、1位に躍り出た。
最後の課題は、6月。それを聞いたハリーは、ほっとしたような表情を浮かべていた。

 

91. Melancoly
メランコリー

 

「ハリー、どうしたの?」

は、ハリーが巨大なハムを抱えて歩いているのを見、驚いて尋ねた。まさか、彼が食べるわけではあるまい。いくら育ち盛りとはいえ    いや、まさか、食の旺盛さもジェームズに似たのだろうか。
ハリーはきょろきょろと辺りを見回して、「シリウスに送るんです」と答えた。

「シリウスに?」
「はい。ホグズミードの食べものを盗るわけにもいかないらしくて」
「ホグズミード?シリウスは、ホグズミードにいるの?」

は驚愕したが、ハリーも驚いたようだった。

「はい。あの……知らなかったんですか?」

は苦々しくええ、と頷いた。

「詳しく教えてくれる?」

 

大きめのバスケットに、布のバッグ。そこに大量の食べものを詰め込み、はホグズミードを歩いていた。想像以上に急な山道に、の息は切れ切れだった。それに、荷物が重い。腕が痛かった。
でも、この先に待っているであろう人は、もっともっと辛い思いをしているんだ。こんなこと、それにくらべれば、何百分の、何千分の一だ。
長い時間をかけてその場所へ行くと、ハリーが言っていた通り、岩の裂け目があった。躊躇うことなくそこへ滑り込む。薄暗い、ひんやりとした洞窟だった。
中にはヒッポグリフがロープで繋がれており    その手前には、黒い犬が眠っていた。

「こんにちは、バックビーク」

が礼をすると、バックビークも前脚を折った。
途端に、犬がばっと顔を上げた。灰色の瞳の中には、驚きの色が混じっていた。

「こんにちは、シリウス。久しぶりね」

皮肉を込めて言ったつもりだった。そして、バスケットとバッグを下ろす。

「ハリーに聞いたのよ。あなたがいつまでも私に手紙を遣さないから」

シリウスはゆっくり立ち上がり、人間の姿に戻った。

「ああ、……すまなかった」
「いいのよ、ぜんぜん気にしていないから。ハリーとリーマスには手紙を送っておいて、私には音沙汰なし、だなんて」

シリウスはがしがしと頭を掻く。

「怒ってるな?」
「べつに」
「……悪かったよ」

はふう、とため息を吐いて、足元のバスケットに視線を向けた。

「食べもの、持って来たの。反省しているならあげる」
    反省してる」

にこりと微笑み、どうぞとが言うと、ありがとうと、シリウスは座り込んでバスケットの中身を食べ始めた。確かに、ろくなものを食べていない様子だった。以前ほど痩せてはいないけれど、それでも健康的な身体つきとは到底言い難い。本当は、彼を見た時から、怒りも一気に冷めてしまっていた。
も、彼の向かいに腰掛ける。

「ねえ。ここまで来るのに、危険だったでしょう?」
「まあ、多少は。でも、俺がアニメーガスだと知ってるのは、ごく僅かだろう?」
「確かに、そうだけど」

は、シリウスが美味しそうに食料を頬張る姿を見て、もっと持って来れば良かったと後悔した。

「そっちはどうなんだ?何か変わったことは」
「ハリーに聞いているんでしょう?同じよ」

シリウスは手を止め、顔を上げた。

。すまないと思ってるんだ。俺は、」
「解ってる」
    お前に手紙を書こうとは思った。ただ、どう書けば良いのか分からなかった。そうだろう?『こっちは元気でやっている』とでも書けば良かったのか?」
「そうね」

があっさりと答えたので、シリウスは顔をしかめた。

「もう、怒っているわけじゃないよ。別に、私に手紙を書く必要なんてないわけだしね」

どうしてこう僻みっぽくなってしまうのだろうとは思った。でも、ただ、怒り以上に、彼から便りがなくて、哀しかった。私のこと、信頼してくれていないの?


「ごめん。嫌な言い方だったよね」

シリウスは沈黙して、バタービールをぐいと飲んだ。そして、口を開く。

    ハリーたちから聞いたよ。お前のことも」
「私のこと?」
「ああ。誰が鈍かったって?」

一瞬何のことだか解らなかったが、すぐに思い出して、は笑った。

「だって、事実でしょう?」
「まあ、……否定はしない」
「それに、ハリーたちに聞かれたのよ。シリウスとリーマスの学生時代はどうだったのか、って」

シリウスは表情に翳を落としたように見えた。何か悪いことを言ってしまっただろうか。

「お前、」

シリウスは、手に持ったバタービールの瓶に目を落とした。既にその瓶は空になっていた。

「いつ、リーマスと?」

は目を瞬かせた。何のことを言っているのか、彼が何を言いたいのか、想像がつかなかった。

「リーマスと?何のこと?」
「ハリーたちに聞かれたんだよ。リーマスとは昔から付き合っていたのか、って」

『リーマスがプレゼントしてくれたのよ』、そうが答えた時のハーマオニーの様子が思い起こされた。ああ、確かに、疑われる余地はあったかもしれない。
シリウスは目を伏せたまま、の言葉を待っているようだった。さて、何と答えたものか。

「私、……リーマスのことは、昔からずっと、大好きだよ。それをどう捉えるのかは、ハリーたちの自由でしょうね」

これでリーマスとの仲を勘違いされるのは3度目だったので、は半ば面倒だった。それ以上に、自棄になっていたのかもしれない。

「それに、付き合うっていうのがどういう行為なのかも問題よね。手紙のやり取りをしたり、お茶をしたり、一緒に買い物をしたり、そういうことが『付き合っている』っていうことだったら、間違いなく私とリーマスはそういうことになる」

捲くし立てるに、シリウスは眉をひそめた。
『どうせシリウスは、ハリーのことしか考えていない。現に、彼はそのためにここにいるのだ』。
その考えは、単なる僻みでしかない。間違っている。でも、どうしてもそう考えてしまって、胃の辺りがぎゅうと熱くなった。

「リーマスに聞いてみて。私からは、何も言えない」
「やっぱり、怒ってるだろう」
「何に対して怒れっていうの?」

ああ、私、本当にいやなやつ。

    ごめん……久ぶりに会ったっていうのに、ね」

シリウスは押し黙った。呆れただろうか。も気まずさに閉口した。バックビークは静かだったが、流れる空気にどこか違和感を感じたのか、きゅうと鳴いた。

。一つ、言っておこう」

やがて、シリウスが静かに口を開いた。

「昔にも言ったと思う    その指輪を、渡した時に」

シリウスはちらりとが首から提げているものを見やった。本来は、首から提げるべきものではない、そのものを。

「俺の気持ちは、その時から変わってない。今も」


なんだって。
なんだって?
なあに。シリウス、いまのことばは、なあに。

はそれまで考えていたこと    嫉妬や歯痒さや悔しさや羞恥心や後悔といった感情が、全て消え去った。頭が真っ白になる。

「ただ、リーマスなら……仕方ない、とは思うな」

否定することも、疑問を投げかけることも、にはできなかった。見えない何かに縛られたようになって、動けなかった。ただ目を瞬かせることしかできなかった。喉がからからに渇いていく。
あの時と変わっていない?それは、    

「……シリウス、」

は、自分の想いを口にすることができなかった。それはあまりに複雑だったし、頭が混乱していた。思考が止まっていた。まさか、シリウスが、そう言うとは思ってもみなかった。
何て言おう。何て返そう。何と答えれば良い。
わたしはどう思ってるの?わたしはどうしたい?
わたしのきもちがわからない。

その時、ばさばさと羽音がして、ふくろうが2羽、洞窟に入ってきた。どさり、と包みと紙の切れ端をシリウスの前に落としていく。シリウスは紙切れにちらりと目を通し、畳んで、ポケットにしまった。

「ハリーから?」
「ああ」

ようやくの思考は動き出す。あの包みは食料だろう。
ハリーは優しい。それに、シリウスを慕っている。そして、シリウスもハリーを大切に思っている。そう、そうだ。そのことには、何の疑いもない。

「対抗試合が終わるまではここにいるんでしょう?」
「ああ」
「よくこんなところを見つけられたのね。昔から知っていたの?」
「いや。ダンブルドアが教えてくれた」

ダンブルドア。彼とも連絡を取っていたのか。

    すまなかった。今度はちゃんと、手紙を書くよ」

は笑みを作って頷いた。

「今度はお腹が空いた時にでも送ってくれれば、また食料を届けに来るから」
「ああ、でも、……重かっただろう?」
「ううん。でも、頻繁に来るのも不味いかな。叫びの屋敷にでも置いておくようにする。出歩くこともあるんでしょう?」
「ああ、……ありがとう」

は腰を上げ、空になったバスケットと瓶を拾い上げた。
    何か忘れていない?
いいえ、何も。

「それじゃあね」
「送って行く」
「大丈夫」

はそう答えたが、シリウスは既にアニメーガスの姿に変身していて、そそくさと洞窟の上へ駆け上がって行った。も慌ててその後に続く。
村が遠くに見えてきて、が「もうここで大丈夫」と言うと、シリウスは頷いた。は腰を折り、がしがしと強く犬の頭を撫でる。

「やっぱり、大きい犬って良いね。ずっとその姿でいたら?」

シリウスは目を細め、笑った    ように見えた。そして踵を返し、もとの道を駆けて行く。
黒い犬の姿が見えなくなってからも、はしばらくその先を見つめていた。

 

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08/1/16