「よっ、シリウス!久しぶり!」

トンクスがこちらに寄って来て、の隣にいたシリウスの背をぽんと叩いた。シリウスは笑う。

「変わっていないな」
「そう?変えたつもりなのに」

トンクスは自分のブルーの髪をつんと引っ張った。

「その性格だ」
「分かってるって」

トンクスはにこりと笑い、の前に手を差し出した。

「よろしく!シリウスとリーマスから話は聞いてるよ。、でしょ?」

ええと答え、もトンクスの手を握った。

 

94. LET'S practice
リーマスのパトローナス・レッスン

 

「知り合い?」

はどちらにともなく尋ねた。シリウスがああと頷く。

「親戚だ」
「シリウスの従姉が、私のママなの。リーマスとは、少し前に会って」

ふうん、とが呟くと、トンクスが突然大きく手を掲げ、リーマス、と呼んだ。

「噂をすれば何とやら、ね」
「トンクス、私の噂をしていたのか?」

トンクスはにこっと笑った。
    なんだろう。
は、奇妙な感覚を抱いた。何だろう。この3人の間に、私の知らない空気があるような。
シリウスはトンクスを親戚だと言った。ブラック家の血を疎む彼が、彼女に対しては嫌な顔一つしない。もっとも、トンクスにはシリウスが嫌う『ブラック家』の雰囲気が感じられないからかもしれない。シリウスは彼女を好いているんだなと、なんとなく感じた。彼女のことは、『特別』なんだ。
、とリーマスに呼びかけられ、はっとした。いつもの癖だ。変に考え込んでしまう、悪い癖。
それを振り切るように、声のトーンを上げ、ずっと考えていた彼への言葉を口にした。

「リーマス    少し良いかな。話があるの」

リーマスは一瞬眉をひそめたが、良いよと答えた。シリウスとトンクスは怪訝そうな表情を作った。

 

「ねえ。あの2人、恋人同士なの?」

とリーマスが去ってから、トンクスがそわそわと尋ねた。

    どうやらそうらしい」

えっ、とトンクスは目を丸くした。心底驚いた様子だった。

「うそ!だ、だって、リーマス、恋人はいないって!」

トンクスは項垂れ、もごもごと呟く。

「リーマス……良い人だなって思ったのになあ」
「あいつは誰にだって優しいからな」
「それが良いんじゃない!私、特定の人にだけ良い顔してる奴なんて、嫌よ」

トンクスは顔を上げた。確かにな、とシリウスは笑う。

「ねえねえ、あの2人、昔からだった?深い仲?」
「……さあ。当人たちに聞いた方が早いだろう」
「知ってるんでしょ!けちけちしないで教えてよ」

べつにそういうつもりはないんだけどな、とシリウスは言ったが、その答えを考えた。

    『少なくとも』私が囚われるまでは、違ったと思う」
「あやふやだなあ」
「諦めるのか?リーマスのこと」
「さあ、どうでしょう」

トンクスは口を尖らせるが、彼女の本心は、シリウスには伝わってきた。

 

部屋を出て、廊下を少し行くと、あの広間の空気がいかに密集していたかが分かった。は、すっきりとした    しかし埃っぽい    空気を吸い込み、口を開く。

「騎士団の連絡は守護霊でおこなうって、リーマス、知ってた?」
「ああ、もちろん」

リーマスが頷くのを見て、言葉を探しながら、は打ち明けた。

「私……その……守護霊が上手く出せないのよ。前にも言ったと思うけど……。学生の頃、防衛術の授業でやったでしょう?みんなは上手くできたのに、私はできなかった」
「そうだったかい?」
「そう。それで、少し悔しくて、その後も何度か試してみたんだけど、できなかった。前回の騎士団の時も、駄目だった。だから    リーマスに教えてもらいたくて」
「私に?パトローナス・チャームを?」
「そう。ハリーに教えたでしょう、ルーピン先生」
「そうだが、……」

リーマスは腕を組んだ。こんなことは他には頼めないし、彼が適任だと思ったから、断わられたらどうしようとははらはらしていた。

「私は構わないが」

リーマスは笑ったが、彼の言い方は何処か歯切れが悪かった。

「お願い。リーマスの手は煩わせないようにするから」
「いや、そういうことではなくて」

リーマスは考え込んで、続けた。

「私が思うに……君は呪文全般に関して不得意ではなかったね?    やってみてくれないか」
「今、ここで?パトローナス・チャームを?」

リーマスはああと答える。少々途惑ったが、は杖を取り出し、こほんと軽く咳払いをし、「エクスペクト・パトローナム」と唱えた。しかし、しゅっ、と、ほんの一瞬、杖先から光が放たれただけだった。

「きちんと手順は踏んだかい?幸せな思い出を、集中して頭に描くんだよ」

リーマスが本当に『先生』のような口調で言ったので、は笑みが零れた。

「ねえ、でもそれって、いちいちそうすべきもの?」
「初めは誰でもそうさ。慣れてくると、無意識にできるようになる」

無意識にね。は呟き、目を閉じ集中した。幸せな思い出    幸せ?

「エクスペクト・パトローナム」

再び銀色の光が現れたが、消えた。

「……ちなみに、何を思い浮かべたんだい?」
「今日の夕食のこと。さぞかし美味しい食べものが出るのかな、って」

リーマスは噴き出す。は目を開けた。

「君がそんなに食に拘る性格だったとは、知らなかったな」
「そう?でも、食事どきって、誰でも幸せに感じるものでしょう?ジェームズみたいに。リーマスは違う?」
「確かにそうだよ。でも、ジェームズのケースは顕著すぎる」

リーマスは笑うのを止めたが、笑みは浮かべていた。

「でもね、そういう『誰にでも』幸せなことではなくて、『君が』幸せに感じることだよ」

そう。それは、解ってはいるんだ。

「幸せって……嬉しいとか、楽しいっていう感情とは、違うものなのかな」
「そうだね。私はそう思うよ。嬉しいと思うことはよくあることだが、幸せと感じることができる時は、あまりあるものではないだろう?幸せだと感じた時が、幸せなんだろうね」

『幸せ』。

「それなら、私、今だって幸せよ    リーマスがいる。シリウスがいる」

2人が『いてくれること』。それだけで。

「私もそうだ。だが    あるだろう?もっと、無条件に、幸せだった時間が。今のように、暗い闇などなかった時代。恐らく、君と私は同じはずだ」

リーマスは優しい口調だった。そうね、と答えては目を閉じた。
幸せだった、あの頃。隣にはリリーがいて、ジェームズが笑わせてくれて、リーマスの優しさに温かくなって、ピーターとの会話が弾んで、……シリウスを無心で好きでいられた、あのころ。

「エクスペクト・パトローナム」

しかし、結果は同じだった。光が僅かに放出されただけだった。リーマスはうーむと唸る。

「これは……やはり、君に原因があるわけではないのだろう。恐らく杖か」
「杖?」
「ああ。その杖を買った時に、オリバンダーに何か言われなかったかい?」
「オリバンダー?そうね    彼は、この杖が、闇の魔術に適している、と言っていたかな」
「他には?」
「たぶん、の血筋の魔法使いは、この杖に似た構成をしていたんだと思う。血は争えない、って言っていたから」

そうか、とリーマスは言った。

「パトローナス・チャームは、闇の魔術とは対照的なものだからね。もしかすると、そこに原因があるのかもしれない。ダンブルドアかオリバンダーに、聞いてみるのが良いだろう」
「そんなことがあるのかな。杖によって、使える呪文と使えない呪文がある、って」
「確証はないが、あるかもしれない。得手不得手があるのだからね」

そうか。ジェームズの杖は、変身術に最適だと言われていたっけ。

「そうする。ありがとう、リーマス」
「いや、結局は役に立てなかったがね」

リーマスは苦笑いを浮かべた。

「そんなことはないよ。私一人だったら、この結論には達してなかったと思う」

そうかな、とリーマスは言い、今度は彼らしい笑みを浮かべた。悪戯っぽい笑み。

「でも、いずれにせよ、パトローナスを唱える時に夕食のことを考えるのは、力不足だと思うよ」

 

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59話の『Wand at ready』とこの『Let's practice』は、映画アズカバンのルーピンの台詞なんです。使えて良かった(笑) 08/1/18